5 妖魔の憑依
それからは期末試験前ということで、すべての部活が活動休止となった。
超古代文明研も一応は正式なこの学校の部活なので、例外ではないだろう。
それからしばらくは、放課後になったらまっすぐ帰宅する毎日だった。
チャコは部活がなくても熟には通っているらしく、下校時で見かけることはなかった。
そうして試験も終わった。
結果はさんざんだった。
それもそのはずで、特に論理国語や文学国語や古典など国語関係、それから英語コミュニケーションも前の学校と教科書が違えば載っている単元も違うから、俺は授業を受けていない状況で試験を受けたことになる。
それは仕方がないことだから大目に見ると、青木先生も言ってくれた。
そして答案返却も終わって夏休みまでの特別日課になると、すぐに俺は部室に顔を出した。
そこにはいつメンのほかにも結構大勢の人が来ていて、珍しく大テーブルの椅子に座りきれないくらいだった。
だが、そこにいる人々はいつも入れ替わりで顔を出している人たちなので、だいたいが顔見知りだ。
まだ、全員の名前を憶えているわけではない。
俺が入るとちょうど、チャコがみんなに話していた。
「あの三村神社の隣の森、あそこやばかったよ、かなり曇りが深い土地だった」
試験前に俺と帰ったときのあの森の話をしているようだ。
「やはり妖魔がいたのか?」
島村先輩が興味深げに聞く。
「いたなんてもんじゃなくって、もうめっちゃすごかったですよ」
俺はまたここで、妖魔という名前を聞いた。
今まではチャコの口からしか聞いていなかったのでチャコの妄想の産物かと思っていたけれど、島村先輩もさらりとその名称を口にした。
「やだ、怖い」
ピアノこと一年生の竹本ひろみが身を縮めた。
「だいじょうぶ。浄化しておいたから」
「まあ、チャコの能力なら何とかなったかもしれないけど、決して勧められることじゃないね。一人じゃあぶない。そういう本当に曇り深い場所には、大勢で行った方がいい」
「あのう」
俺は思わず島村先輩の話の腰を折ってしまった。
「妖魔っていうのはそんなに危ないんですか?」
「あ、そうそう、康ちゃんもいたんだよね、あの時」
島村先輩よりも先に、チャコが俺を見て言った。
「でも……」
俺は自分には何も見えなかったことを言うべきか、話を合わせるべきか悩んだ。
この人たちは妄想ごっこを楽しんでいるのかもしれないから、俺が本当のことを言ったら空気ぶち壊しかもしれない。
裸の王様が裸であることを指摘して王様に恥をかかせた小生意気なガキにはなりたくない。
この人たちが妖魔は存在するというのなら存在するのだろう、この人たちの中では。
でも俺の中には妖魔は存在しない。
何も見ていない俺が話を合わせるには、嘘をつかなくてはならない。
「康ちゃんは無理しなくていいよ」
A組の美貴が、まるで俺の心の中を見透かしたように言う。
「でもまあ、少し妖魔のことについて教えてください。チャコは決して悪霊や邪霊ではないって言ってたけど、そんなに恐い存在なのですか?」
あらためて島村先輩に聞く。
「本質はそんなに怖いものじゃあないよ。たしかに悪霊でも邪霊でもないし、妖魔とはいうけれども妖怪でも悪魔でもない。でも、今は彼らは堕ちた存在だ。だからいろいろと障ってくるから用心しないといけない。基本は特殊な能力者以外には、ふつうは目に見えない存在だ」
「障ってくるとは?」
「外から攻撃をしているのではなく、完全にターゲットに憑依してくるからね。しかも一般の人は憑依されたことも認知しない」
そんなことが実際にあるのかなあと思う。
妖魔に憑依されている人なんて、いるのだろうか?
「憑依されたらなんか自覚はないんですか?」
「ないよ」
島村先輩はさらりと言う。
「だって、今の時代の人々は、少なく見積もっても百二十パーセントの人が妖魔に憑依されている」
百パーセントを超えているということは、つまり複数の妖魔に憑依されている人もいるってことか?
太った悟も横から口を開いた。
「だいたい今の世の人々の不幸現象、難病奇病や交通事故、殺人などの犯罪の八割は妖魔の仕業だよ」
そこにいるみんながうなずいている。
「例えば、自分で考えて自分の意志で行動していると思ってやっていることが、実は妖魔に操られているなんてこともあるあるだね」
「そうだな」
島村先輩がそれを受ける。
「この世の中、目に見えるものがすべてじゃない。目に見えないunseenの世界からの働きかけの影響下にあると言ってもいい。不可視の世界と密接にかかわっているんだ」
これらはみんなこの人たちの妄想の話なのか、それにしては互いの話が一致しすぎてる。もしかしたらみんなで一斉に見たアニメかラノベの話でもしているのだろうか……。
つまりは、いつもの中二話なのか?
「その、妖魔というのはなんでそんなこの世を狙っているんですか? 不幸を起こさせるんですか?」
「それはまあ、妖魔様にもそれぞれの事情、言い分があるだろうね」
なんだか深刻な話なのに、島村先輩もほかの人たちもさらりと言いすぎる。この謎の自信は何なんだ?
おまけに「
「でも、島村先輩は前に、すべてのことは必然であって偶然はないって言いましたよね? 妖魔によって不幸になる人も、偶然ではないってことですか?」
「いやそれはだね」
太った悟が横から口を挟む。
「仏教にも因果ほうおうって教えがあるように」
「それ言うなら因果応報でしょ?」
「ああ、そうともいう」
美貴の突込みに悟がとぼけて切り返したので、みんな一斉に笑った。俺も一緒に笑ったが、すぐにその笑みは消して島村先輩を見た。
「そもそも、その妖魔というものの正体はなんなのですか?」
島村先輩は笑った。
「それをここで話すのは簡単だけど、君は僕らが話したことをすぐに信じられるかい?」
「さあ」
それが正直なところだ。
「そうだろ? それを一方的にこうなんだと君に話して、それが真実なんだから信じなさいなんて言っても、それじゃあ宗教のマインドコントロールと同じじゃないか」
たしかに。
「だから、焦らなくていい、ゆっくりと君自ら体験することによって知っていってほしい。ひとから聞いた話では信じられなくても、自分で体験したことは絶対だろ? だから、ぜひとも体験を積んでいくことだね」
それは確かにその通りなのだけど、どう体験を積めと言うんだ? さすがそれを口にして聞くことはできなかった。
「ところで、話変わるけど」
島村先輩の口調が変わって、楽しそうに明るく全員に向かって語り掛けた。
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