6 現研の正体
「そういえば朝倉さんは」
「チャコでいいよ」
そうはいうけど、今日が初対面の人にいきなりそれはと思う、ましてや相手は女子だし。
「ってか、なんでさっきあそこに来たの?」
呼び方はごまかして、俺は気になっていた疑問をぶつけた。
「ああ、だって山下君、現研の人たちに連れて行かれるのを見ちゃったんだもん」
そこにいた人たちが一斉に眉を動かした。
「あそこはまずいよね」
A組の美貴と呼ばれていた子が、つぶやくように言った。
「やっぱ宗教なんだ」
「うん」
チャコがうなずく。
「現代文化研究会、略して現研っていうのは偽装名で、ハッピー・グローバル教団っていうのが母体」
「そこ、そんなやばいの? カルト教団とか?」
俺の質問には、島村先輩が変わって答えた。
「別にカルトというほどでもないけどね」
「でも、やばいんですよね?」
「少々勧誘が強引なだけで、社会的にはまともな教団だと思う、表向きにはね。でも、やばいというのは霊的にやばいんだ、まだただのカルト教団の方が可愛いものだよ」
あくまでも口調も表情も穏やかだけど、この先輩の言っていることが俺には何だかよく理解できなかった。
「だいいち、宗教なんかで人を救ったり世界を救ったりできるわけがない」
ちょっと熱くなったような口調で太った悟も言う。島村先輩はまあまあって感じでそれを抑えた。
「僕はむしろどんな宗教も排除したり攻撃したりはしない。みんなそれぞれ必要性と役割があってこの世に降ろされたんだ。だから否定しない。でも、間違いがあれば間違いとして正していかないといけない」
さっきまでの和やかな雑談ムードが、少しだけ熱っぽくなってきたぞ。
今度は俺のそばの美貴だ。
「でもやはり、変な宗教は多いですよ」
「や、変な宗教があるんじゃなくて、宗教自体が変なんだ。俺はどんな宗教をも否定する」
悟がつぶやくように言う。
そもそも、俺があのハッピーなんちゃらっていう宗教に勧誘されそうになったってことから話が始まったのに、その俺をそっちのけで話は弾んでいる。
それは仕方ない。俺は部外者なのだから。
「だいたいあちらの世界では宗教なんてものは存在しない。伝統的なキリスト教や仏教でさえ、イエス様やお釈迦様の時からあったわけじゃあない」
話が飛躍するなあと思うけど、やはりここは超古代文明研究会なんだなと思いながら、太った悟が熱く語るのを俺は聞いていた。
「イエス様は弟子たちに教えを伝えただけで、キリスト教なんて宗教は作っていない。キリスト教なんてものができたのは、イエス様よりずっと後だ。仏教だって然り。お釈迦さまは仏教など作ってはない、後世の人が勝手にキリスト教とか仏教とかいう宗教にしてしまっただけだよ」
「まあまあ、そのへんにして。それより山下君を連れて行ったあの二人、なんで山下君が転校生だってわかったのかな? それに顔も知ってた」
チャコが不審そうに言うが、俺はそれがもっと不思議だった。
「だって、あのなんだっけ、小川だったかな、同じクラスだって言ってたけど」
「ちがう、ちがう」
チャコは自分の顔の前で手を横に振った。
「あの人はうちのクラスじゃあない。うちのクラスにあんな人いないし、小川なんて名前の人もいない。あの人たちはね」
島村先輩が、ふっと笑った。そしてチャコの言葉を受けて続けた。
「あいつらは僕と同級生だ」
すると、あの小川って人も先輩ということになる。つまり、俺を信じさせるために同じクラスだって嘘ついたんだな。
今日来たばかりの俺には、クラスの人たちの顔を全員覚えているわけないから。
「じゃあ、なんでチャコさんの」
「チャコでいいってばば」
「じゃあ、チャコの言う通りに、俺が転校生だって知ってたんだろう?」
ふと俺は思った。クラスメート以外に俺が転校生であるという情報を知っていて、また上級生ともふつうに接することができる存在といえば……
「まさかと思うけど、担任の先生?」
「「「それはない、それはない」」」
みんなが一斉に同じ反応だ。
「だって、青木先生はこの部の顧問だもの」
チャコの意言われてそうなのかと思う。でも、少し意外だった。
「やつら、現研は結構会員がこの学校にいる。君のクラスにももしかして信者がいて、この学校内でのリーダー格の小川に情報を伝えたとも考えられるな」
すると、今後も俺の行動がやつらに筒抜けになるということか……。気をつけなきゃな。
それにしても青木先生って理科の先生だよな。今日も青木先生の化学基礎の授業があった。それがなんで超古代文明研究会の顧問なんだ? こういうのはたいてい地歴の先生が顧問でしょ、ふつう。
超古代文明ということになると、もうひとつ実はさっきから気になっていたことがあった。この部室の中にある本棚だ。それと壁に貼られている数々のポスター……。
少なくとも「超古代文明」とは関係なさそうなものばかりだ。
でも、俺は嫌いじゃない……俺が嫌いではないそんなものたちだから、俺は気になっていた。
だとしても、俺は多分もうここに来ることもないだろうから追及するのはやめにして、そろそろ帰ろうかと思った。
そう思うのに、なかなか切り出せない。なぜかここにいたい。そして、もう二度と来ないなんてことはないんじゃないかという予感めいたものすら感じている。つまりは、居心地がいいのだ。
「ところで、僕らのことを山下君にも話しておこうか」
にっこりと笑って、島村先輩が言った
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