5 超古代文明研究会
痛む足を引きずって、俺は歩いた。
「だいじょうぶ? 肩貸すからつかまっていいよ」
そうは言ってくれるけれど、まさか女子の肩につかまって歩くわけにもいかない。学校からは下校の生徒がどんどんこっちへ歩いてくるので、それらとすれ違う形だ。
だから俺は自力で、なんとかびっこを引きながらも歩いた。
彼女が歩いて行くのは校舎のはずれで、そこに部活の部室だけが集まったような平屋の建物があった。
そこの手前から二つ目のドアには、「超古代文明研究会」という木の札が下がっていた。
待てよ待てよ……
さっきは「現代文化研究会」ていってたけど、間違いなくあれは宗教の勧誘だった。
そんな俺の内心の心配を、彼女はまるで察したかのように俺に微笑んだ。
「だいじょうぶ。ここは宗教なんかじゃないよ」
彼女について入ると、そこにはあまりきれいではない木の四角いテーブルに五人ほどの生徒が座っていた。
男子が三人、女子が二人だった。
いちばん奥の眼鏡で髪長めの細身の男子が、俺たち二人を見た。
「あれ、チャコ、どうしたの?」
「この人ねえ、うちのクラスに今日転校してきた山下君。そこで派手に転んで足をけがしたみたい」
「え、まじ? だいじょうぶ?」
いちばん入り口に近い席にいた女子が立って、俺に椅子を進めてくれた。
「チャコ、回復魔法!」
――え? 回復魔法?
俺が呆気に取られていると、奥の男子に言われて俺をここに連れてきた女子――チャコと呼ばれていた――がまたさっきと同じように俺の足元にかがみこんだ。
でも今度はごにょごにょと何か唱えている。もしかしてまさか詠唱?
そう思っていると、またさっきと同じように両手を俺の痛い部分に当てがった。
少しするとまた同じように熱くなってくる。彼女の手は俺の足には触っていない。
これ、回復魔法?
彼女の手の先を見てみても何も見えない。でも、もしかしたら彼女には青い光の束がその手から俺の足に放射されているのが見えているのかもしれない。彼女の妄想の中で。
すると三分くらいしてから、チャコは手を放した。
「どう?」
また同じように聞く。俺は首をかしげるしかなかった。
「あのう、ここは?」
とにかく俺にとってはわけもわからずにつれてこられた部屋だ。
だけどその状況は、ここにいる人たちにとっても同じだろう。見ず知らずの俺が、突然舞い込んできたのだ。
「君は転校生だってね。僕はこの部の部長の島村だ」
いちばん奥に座っている眼鏡が、穏やかに笑みを含んだ顔で言った。
「あ、はい。山下です。あのう、ここは?」
俺はもう一度同じ質問を繰り返した。
「看板にもあったように、超古代文明研究会……というのは表向きで」
――え?
俺は一瞬表情を硬くした。部活組織に表と裏の顔があってその裏が実は宗教だなんて、さっきの現代文化研でこりごりだ。
しかも現代文化と超古代文明……正反対ではあるけれども対になるから、なんか怖い。
「まあ実質上はただの雑談部だよ。帰宅しない帰宅部みたいなものだね」
島村は少し苦笑した。
「先輩、また初めて来た人にそんなこと」
さっき、俺に椅子を勧めてくれた女子も笑う。
この島村という人は先輩なのかと思うけど、この女子も一年生か二年生かはわからない。
俺はチャコと呼ばれて自分のクラスメートに遠慮がちに島村という人を示して、小声で聞いた。
「先輩?」
チャコはにっこりとうなずいた。
島村は少し眼鏡を直して、笑顔のまま俺を見た。
「この部で唯一の三年だ。君のそばの筒井美穂とこっちの佐藤新司の二人が一年。あとは君と同じ二年だよ」
筒井と佐藤と紹介された二人が、俺にやはり笑顔で会釈する。
「俺、松原悟」
でっぷりと太った、体格のいい男子。
「私、幸野美貴」
セミロングの女子。
この二人とチャコが俺と同級生のようだ。
チャコが言う。
「悟はC組、美貴はA組」
俺とチャコはB組だ。
でも、いきなりこんなにばんばん名前言われても、数分後の俺はどうせ覚えてないだろうけど、
「チャコは同じクラスだっていうからよく知ってるよな」
「いや……」
島村先輩はそう言うけど、この子だって今日が、今日の朝が初対面なんですけど……。
「山下君は今日転校してきたばかりですよぉ」
チャコが突っ込む。
「あ、そうか」
島村先輩も笑う。そしてあらためて俺の方を見る。
「じゃあ、一応紹介しとこう。君と同じクラスの朝倉由紀乃」
「え? なんでそれでチャコ?」
「あ、あのね」
チャコが自分で話しだした。
「名字が朝倉だからあさ子とか呼ばれてて、それがアチャコになって、いつの間にかチャコになってた」
そういう変遷を経ての名前なのか……。俺はてっきり本名が「あさこ」か「ひさこ」とかかと思ってた。
「部員はこれだけですか?」
「いや、あと二人ほどいるけど、今日は来ていないな」
島村先輩はそう説明するけど、あと五人もこの部屋に入ったらかなり人口密度が高くなるだろうと思う。だいいち、いすがないじゃないか……。
「で、超古代文明って、どんなこと研究しているんですか?」
「ああ、まあそれは……顧問の先生がそういうのが好きで時々話題にもなるけどね。たまに現れてはそんな話を先生はしていく」
それで研究していることになるのだろうかと思うけど、口に出してはとても言えない。
本当に雑談だけをする部活なのかなあって思う。
でも、なんか部外者の俺が堂々と同じテーブルについているのに、この人たちは何の違和感も警戒心も持っていない。
それどころか、俺自身もさっきの宗教のビハーラとかいうところにいた時の違和感やイライラとは正反対に、なんかものすごく心が落ち着いていて、安心感に包まれている。
ここにいる人たちはみんな初対面なのに、なぜか不思議な懐かしささえ感じていた。
だけど、まずはそんな自分に戸惑っていた。
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