4 さらば青春の闇

 俺が座るとすぐに、先ほどの岐部という人が現れた。


「まずあなたのことをよく知るために、ちょっとした心理テストをやってもらいたいんだ」


 そう言って岐部は、俺に数枚の紙が閉じられた書類のようなものをくれた。


 表紙には「心の美容室」と印刷されていた。


 俺がそれを開こうとすると、岐部はそれを手で制した。


「あ、ちょっと待って。まずは動画を先に見てもらうことになってるんだ。心理テストはそのあとで」


 そう言って岐部は部屋を出て行き、ドアは閉じられた。


 狭い部屋に、俺一人残された。

 すぐに部屋の電気が消えて真っ暗になったけれど、またすぐに天井のプロジェクターが操作されたようで、前方のスクリーンに光が投影された。

 始まったのは実写の映画のようだった。

 このサークルのプロモーションビデオかと思っていたけれど、どうも劇場でもそのまま公開できそうな本格的なものだ。

 本編というよりも予告編という感じだけど。

 タイトルは「さらば青春の闇」……え? なんか似たような名前のお笑いコンビがいたけど……。

 でも、それとは関係ないようだった。


 大学生が卒業してオフィスに就職して、そこである女性と恋をして……そんな青春ラブコメ? 主演俳優は知らない人だったけど、相手役の女優はどっかで見たことがあるようなないような……。


 でもすぐに話はなんだかオカルトじみてくる。ホラー映画っぽくなってきたぞ。こんな映画を見たことを題材に、あとで心理テストがあるのかなあ。

 そんなことをぼんやり考えながら見ていると、主人公の部屋に夜、突然閃光が走ってその中に人影が……


 ところが、そこで映像はプツっと切れた。

 あれ? 機械の故障かな? なんて思ってるとすぐに、スクリーンに全体がまばゆい光を発し始めた。映像を投射しているのではなく、スクリーン自体がサーチライトのように光っている。


 そしてその中に、人影があった。

 その人影は、ゆっくりとしゃべった。さっきの動画の音声が流れていたスピーカーからではなく、部屋全体にいきわたる声だ。


 ――人間の魂は永遠です。それを自覚したときに、あなたの人生は変わります。


 なんだなんだなんだ? 俺はただ、呆気に取られていた。


 すぐにまたプロジェクターから映像が投影されたけど、もう動画ではなく「今の映像と体験をもとに、心理テストに挑戦しましょう。あなたの幸福は約束されました」


 映像は終わって、室内の照明が灯される。なんだか頭がボーッとしている。

 俺は慌てて手元の心理テストの冊子を開いた。中は細かい字でいろいろと質問事項が書いてあったが、最後に名前と住所、電話番号、メールアドレス、そしてLINEのIDまで書くようになっている。しかも「必須事項」という赤い字も書かれていた。


 ――マズイ、宗教だ!


 ここに入った時からなんだか違和感を覚え、心がイラついていた。

 ここは俺がいるべき場所じゃない! 

 そう思ったらもう心理テストなどやる気にはなれなかった。

 帰ろう! と思って立ち上がった。

 実際は帰ろうなどという生易しいものではなく、ここから逃げ出そう、脱出しよう、それ一途だった。


 幸い、ドアに鍵はかかっていなかった。

 部屋の外の机が並んでいるオフィスのようなエリアでほかの人と話をしていた岐部が驚いてこっちを見た。


「あれ? もう終わったの? 早いね」


 不審そうに首をかしげる。


「いえ、いいです。帰ります!」


 俺は入口の自動ドアの方へ向かったけど、その間を岐部をはじめほかの数人の音が行く手をふさぐように立った。


「せっかく来たんだよ。こんなチャンスないよ。今日から君の人生が変わるんだよ、魂の次元で」


「はいはい、だいじょうぶですから」


 俺は彼らを押しのけて自動ドアの外に出た。その階段の上に当たるところだったけれど、また先回りした男たちともみあいになった。


 その時、階段の下から何かがものすごい勢いで駆け上がって来たかと思うと、俺はいきなり手首をしっかりとつかまれた。

 驚いて見てみると、駆けあがってきたのは今朝登校途中に曲がり角でぶつかった、あの同じクラスの女子だ。


「行こう!」


 彼女はそういうと、思い切り俺の手首を引っ張って階段を下りた。

 あまりにも強い力で引っ張られたので俺はバランスを崩し、ふらふらしながらも何段か飛びで踊り場までは下りた。

 でも、折り返して下る階段ではとうとう足を踏み外し、俺の手を引っ張っている女の子を巻き込む方たちで下まで転がりながら落ちた。


「だいじょうぶ?」


 俺は彼女の上に重なる形に倒れたので、慌てて気遣って離れた。

 だがその時、足に激痛が走った。

 彼女の方が先に立ち上がり、俺を引き起こしてくれた。

 階段の上からは、もう人が追ってくる様子はなかった。


「山下君こそ、だいじょうぶ?」


 いや、俺はあまりだいじょばなかった。

 立とうにも足が激痛でなかなか立てない。骨が折れてるのではないかとさえ思う。


 彼女が支えてくれて何とか立ち上がった。歩けそうだったけれどもかなりきつい。


「なんで君がここに?」


「そんなことより、足、だいじょうぶ? 歩いて帰れる?」


「わからない」


「どこがいちばん痛いの?」


 俺が右足のすねを指すと、彼女はそこにかがんで、両方の手で俺の足を包み込むように、でも足からは少し手を放して当てがっている。

 何のおまじないだろうと思っていたけれど、今度は痛みに増してその部分が熱くなってきた。だが、なんとなく心地よい熱さだ。

 ほんの数十秒そうしてから彼女は手を放し、立ち上がった。


「どう?」


 どう?と言われても、痛いものは痛いけど、ほんの少し楽になったかなとも思う。でも、気のせいかもしれない。


「とりあえず学校に戻ろう。私の部活の部室においでよ」


 たしかにこんな状態で家に帰れるかどうかわからなかったので、学校に戻ることにした。

 でも、保健室じゃなくてこの子の部活の部室?

 とにかく、いろんなことがありすぎる一日だ。その一日は、まだ終わってはいない。

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