3 ビハーラ
俺たちは、学校から駅の方に向かったところのマグロナルドに入った。
それぞれ注文したハンバーガー類や飲み物をトレイに乗せて、俺と女の子とが先に二階の客席に上がった。
彼女が先にほかの客席とは高い仕切りで仕切られているボックス席に入ったので、俺も続いた。
初対面なのに屈託のない笑顔を見せる彼女と二人きりというのが、どうにも緊張してしまう。
なにしろまだ全く知り合いもいない新しい町で、初めての登校早々にこうして知り合ったばかりの人と対座しているのだから、どうにも不思議な感覚だ。
「あ、私、城田佐江」
とにかく超絶美少女なので、ますます全身が固くなる。罪悪感さえ覚える。
「山下です」
「小川君から先に行っててって言われたから、ちょっと待ってて。あ、ハンバーガー、先に食べていいよ」
とにかく、何から話をしていいのかわからない。
「今日、転校してきたのよね。どう? この学校」
「ん、まあ。まだなんとも」
「そうよね」
しどろもどろの俺に、城田さんは満面の笑顔でどんどん話しかけてくる。話しながらも、あのクラスにこんな美少女がいたっけかなあって、俺は思う。
いたら意識するはずだけどと思うけど、でも、まだ全員の顔を見渡したわけではない。
あの小川だって、いたようないなかったような……。
だいぶたってから、小川もトレイを持って上がってきた。その後ろに大学生風の男も続いて上がって来たけど、驚いたことに四人がけのボックスに小川が入って来たのに続いて、その男も一緒についてきて座ったのだ。
俺が「え?」って顔をしたので、小川もにこりと笑った。
「こちらは同じサークルの岐部さん」
「岐部です」
やはりにこやかに、岐部という男も俺に会釈した。でも、どう見ても高校生には見えない。
「実は僕らのサークルは柏木南高校だけの組織じゃなくて、いろんな大学や高校にまたがって活動しているんだ」
岐部は言う。
――学校の部活じゃないんだ?
俺は少し不思議な気持ちだった。やはり栃木と違って東京に近い分少しだけ都会なのかなと思う。でも、ここも十分田舎だけど。
「このサークルの目的は聞いていると思うけど、ボランティアやイベントを通して地域社会とのコミュニケーションを図ろうって趣旨なんだけど、」
気が付くと小川も城田さんも黙ってしまっていて、この岐部という少し大人の人が一人でしゃべっている。
「ボランティアの根本にあるものは、山下君、何だと思う?」
いきなりそんなこと言われても、ボランティアんなんてしたことのない俺にわかるはずがない。
だから首をかしげた。
「さあ」
岐部は笑った、
「愛を与えることだよ。そして多くの人の悩みや問題を解決してあげられるような知恵を持つこと。究極はこの世をユートピアにすることだよね」
「はあ」
なんだか話が漠然としていてよくわからない。
「君はこんな時期に突然この町に転校して来たってことは、それなりに複雑な事情があったんだろう?」
「まあ、いろいろと」
俺もクラスの鈴木や上田にも話さなかったいきさつについては、ここでも話すつもりは最初はなかった。でも、なんだか聞き方が上手で、気が付いたら両親の離婚、父の転職のこととかも全部話してた。
人生相談もやっていると言っていたから、話の聞き方や引き出し方もプロなんだなと思う。ボランティアはプロではないけれど……。
「君がもし入会してくれたら、君もこうしていろいろな悩みを持つ人に寄り添ってそれを解消してあげる立場になれるんだけど、その前段階でまずは君自身の問題を解決しておく必要があるね」
――別にもういろいろ吹っ切れているし、悩んじゃいないけど……。それに、俺が他人様の悩みや問題を解決してあげるなんて、はっきり言ってガラじゃあねえよな……。
そんなことを考えていると、まるで見透かされたように岐部は笑った。
「最初からすぐに、え? ボランティア? じゃあ、やります! なんて人はいないよ。僕だって最初は抵抗があった。なあ」
岐部は俺の隣にいる小川に相槌を求めた。小川は微笑んで大きくうなずいた。
「私も」
城田さんも同調する。
「まあ、ここじゃあ、周りの人の耳もあるし、立ち入った話はできないだろう。このすぐそばに僕らの活動拠点であるビハーラと呼ぶ施設があるんだ。詳しくはそこで」
岐部の話がそこまで行くと、小川はすっと立ち上がってどこかへ行ってしまった。トイレにでも行ったのかと俺は気にしていなかったけれど、小川はすぐに戻ってきた。
「じゃあ、岐部さん、行きましょう」
小川に言われて岐部が立ち上がるので、俺も結局は行く羽目になりそうだった。
たしかにそれは、歩いて二、三分のところだった。独立した建物かと思っていたけど、一階に弁当屋が入っているような普通の五階建ての雑居ビルの中にあるようで、その二階と三階がそのビハーラだという。
外の看板には現代文化研究会なんて文字はなく、「ハッピー・ボランティアセンター」とだけあった。
階段を二階に上ると中が見える自動ドアがあり、それを入るとまず受付のようなところがあって、そこにいたのは中年のおばさんだった。
「まあまあようこそいらっしゃいました」
おばさんもやけに愛想がいい。
決して事務的ではなく、親近感を覚えるような笑顔を向けてくる。
その後ろはオフィスのような机が並んでいるエリアもある。
いわゆる会社の事務所と同じような造りだけど、会社というのとは雰囲気がだいぶ違った。
そこにいたのは大学生や高校生ではなく、もっとずっと大人の人たちもいた。もちろん若い人も大勢いて、いろいろと動き回っている。
初めて来た俺には、彼らが何をしているのかなど全くわからない。
ただ、俺が入るとみんなが一斉にこっちを見て、笑顔で明るく「こんにちは!」と大きな声で言うのだ。そんなことに不慣れな俺は、ただ軽く会釈をしただけだった。
そのエリアの向こうには研修室のような部屋があるようで、俺はその中の一つに通された。
狭い部屋で、なんだか塾の教室のように机といすが六つばかり並んでいる。
正面には黒板ではなくスクリーンがあり、天井にプロジェクターがついていた。
俺はそのスクリーンの近くの机の席に案内された。
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