■ 4人目
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「警察官2人が斬殺……ですか?」
「ああ、ほんの数時間前にな。まだ聞いてなかったか? しかしありゃ、斬殺なんて生易しいもんじゃねえよ。俺も
顔を露骨に顰めながら、
「バラバラどころか、全身を隈なく輪切りだぜ? 正気じゃないよまったく。あれじゃまるで、人間のスライス――おっと」
唾を飛ばしながら詳細に話しかけた柳だが、檜来の隣にいる僕を見て慌てて口を噤んだ。
「失礼。部外者に詳しく聞かせる話じゃあ、ねえな。……その子は?」
刑事の鋭い視線を向けられ、思わずビクリと身体を縮ませる。この刑事は別件でここにいるようだから、別に警戒する必要は……いや、まだそれはブラフでこっちを探っている可能性だって……。
そんな自分とは対照的に、檜来は平然と答える。
「自分が保護した一般人です。本件には無関係かと」
「ああ、山で保護した迷子か? ご苦労さん。悪いね、お疲れのところ邪魔しちゃって」
「いえ」
何ら疑うこともなく、あっさりと檜来の言う事を受け入れる刑事。やはり警察同士、特に警戒していないからだろうか。
……いや、無理もない。実は目の前の警官が狂った連続殺人鬼で、今も山の上で人を殺して埋めて来たところだ、なんて……とても想像すら出来ない話だろう。
「一応、聞いておく。この辺で、長い剣を持った不審な男を見かけなかったか? ああいや、剣はどこかで捨ててるかもしれねえけど……いや、多分まだ持ってるな」
「いいえ、ずっと山の中にいたので。その男が、警察官を?」
「そうだ。警察官2人を惨殺した容疑者……というか、この件に関しちゃほぼ確定だな。詳細な目撃証言が上がってる。顔色の悪い若い男性、ブツブツと何かを喚き散らす尋常じゃない様子、革のような服を着ていて、長い剣を引っ提げてる」
「革の服と長い剣……ですか」
そう考え込むような檜来に、柳が大袈裟に頷く。
「ああ、おかしな格好だろ? ファンタジーの装備みたいな格好だったなんて言う奴もいてな。それだけなら冗談みたいな話なんだが、実際、剣の腕と切れ味はとんでもない。ああも簡単に、人を輪切りに出来るんだからな。まったく……どこの何者なんだか」
また警察官達の遺体の様子を思い出したのだろう。柳は眉間に皺を寄せながら、そんな風に語った。
「ここにも怪しい熊の死体があるって言うんで来たみたんだが、こっちは別件だろうね。確かに妙な死体だが、剣で斬られたような跡はない。野犬か何かの仕業だろうし……これは保健所か猟友会の領分じゃないか? なあ?」
「……他に、その男に関して情報はありませんか? 例えば、他に
「あー、そうだな。ひとつ大事なことを言い忘れてた。これはまだ不確定な情報で他所には漏らさないで欲しいんだが……」
檜来の問いに、ポリポリと頭を掻く柳。グッと声を落とし、顔を近づけて囁くように答える。
「どうもその男、何か特殊な防弾ベストのようなものを着ているらしい」
「防弾ベスト……ですか?」
「ああ」
柳はゴソゴソと何やら懐を探しながら話し続ける。
「殉職した警察官2名の内、1人の拳銃は――装填数5発、その全てが発射されていた」
「全弾発射済み……ですか?」
「そう、通常ありえないことだ。警察の拳銃は通常牽制目的、しかも滅多に発射される事はない。適切ではない発砲があれば、たちまち大問題になるからな。それが、全弾発射済み。それだけでも異常だが、もっとヤバイのは……あった、これだ」
そう言って、柳は懐から1枚の写真を取り出した。
「結論から言えば、その発射された銃弾が誰かを傷つける事はなかった。この写真を見てくれ」
「これは……」
そこに写っていたのは、潰れてひしゃげたようになっている――銃弾の残骸、とでも言うべきものだった。
「何かにあたって、潰れたような状態ですね。……これは、どこに?」
「遺体近くの地面に落ちていた。ご丁寧に発射された5発分全部、そっくり同じような状態でな。しかし――」
ふうーっ、と大きく息を吐き。片手で頭を掻きながら、柳は大きく頭を振った。
「どうにも不可解なんだよなあ、これが。銃弾があたったらしき物は、何も見つかっていない。だから例の容疑者とやらにあたって、その状態になったと上は踏んでる。当然生身の体にあたって、銃弾が潰れるわけはない。だから特殊な防弾ベストって話になるわけだが――」
「現存の防弾ベストで、そこまでの防弾性能があるものはありません。こんな風に、銃弾を完全に潰して、地面に落とせるような物は――皆無です」
「そうそう、そういうこと。俺も防弾ベストって説には懐疑的でね。実は鉛の板でも持ってたのか? っとも思ったが、いやそれでも再現できるかどうか……まあなんにせよ、現状よくわからないってのが、正直なところだ」
そう言いながら、やれやれ、とばかりに肩を竦める。
「………異世界人。剣。銃弾の無力化。無力化、無効化、無敵…………まさか」
檜来の小さな呟きが、隣にいる僕の耳には聞こえた。
その声は、心なしか……緊迫した響きが、こもっている気がした。
「……ああ、そうだ。目撃証言の中には、こんな与太話もあった。発射された銃弾は容疑者の目の前でひとりでに停止して、地面に落ちた――ってな」
「……!」
ハッと、弾かれたように顔を上げた檜来が、珍しく大きな声で問い返す。
「その話、本当ですか!?」
「ん? ああ、いや……流石になんかの見間違えだとは思うよ。ただまあ、中にはそう言う目撃者も――」
「……情報ありがとうございます。そうですか。それは――」
最後、檜来が何を言ったのかは良く聞き取れなかった。ただ、僕にはそれが……「まずい」と、そう呟いたように聞こえた。
そして今度ははっきりと声を出して、檜来が言う。
「すみません、柳さん。自分たちはそろそろ……」
「おお、すまない。すっかり時間をとらせてしまったね。じゃあ、くれぐれも気をつけて。何か少しでも不審なものを見かけたら、すぐに情報を上げてくれ。間違っても、1人で容疑者を確保しようなんて無茶はしないように」
「はっ、了解しました」
再び見事に敬礼で答える檜来。その様子に満足したのか、柳は笑顔で僕にも話しかける。
「君も疲れただろう。今日は帰って、ゆっくり休みなさい」
「はっ、はい。ありがとうございます!」
柔らかい表情とともにかけられた言葉に、胸を撫で下ろす。なんだ。こっちが勝手に警戒していただけで、いい人じゃないか。
「何している。急ぐぞ」
ほっとするのも束の間、既に歩き出していた檜来が前方から急かしてくる。
「あっ、はい。あの、失礼します」
「ああ、気をつけてな」
ひらひらと手を振る柳に一礼して、小走りで檜来に追いつく。
檜来の歩調が、これまで以上に速い。ただでさえ大柄な檜来は歩幅が広い。ここまで速い歩調で歩かれては、追いつくだけでも息が上がってしまう。
「檜来さん、もう少しゆっくり――」
「すぐにここを離れるぞ」
そう言ったきり、檜来がペースを緩めることはなかった。やっと一息つけたのは、檜来の車――パトカーの助手席に座った時だった。
すぐさまエンジンをかけ始める檜来に、声をかける。
「檜来さんって本当に……警察官、だったんですね」
柳さんの前では言いにくかったことを、ようやく言えた。
「見ればわかることだ」
にべもない返事。たしかに、檜来の格好を一目見れば警察官であることは明らかだ。警察章をあしらわれた制帽と水色のシャツ、紺色のズボン、腰には警棒や拳銃を納める
見た目だけでいえば、彼が警察官であることは疑いようがない。
でも、僕は信じていなかった。いや、信じたくないと願ってすらいた。
だって……僕は彼が、冷酷な殺人鬼だと知っていたから。本物の警察官があんな悍ましい犯行を繰り返しているなんて、思いたくなかった。そしていつの間にか……彼が警察官であるという認識を、頭の中から締め出していた。
「そんなことより……」
スン。
窓を少し開けた檜来が、鼻を鳴らす。
「……まずいな」
「何がですか?」
問い返しながら、嫌な予感が込み上げてくる。不自然な檜来の急ぎ具合。車に乗った後も、その様子に変わりがない。まるで何かに、追い立てられるような――。
「俺の予想が正しければ、今回の異世界人は最悪の相手だ。そして今、奴は――」
檜来の手が素早く動く。サイドブレーキを外され、ギアが切り替わる。
「――すぐ近くまで来てる」
アクセル全開。車は、全力の急加速で走り始めた。
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