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「うん、大丈夫。大丈夫だから……うん、そう。今日もお友達の家。うん、泊まってく。大丈夫、明日には帰る。うん……大丈夫だから……」


 本当、だろうか。明日、僕は帰れるだろうか。

 どこに……家に? 日常に?

 今までと同じように。何事も、なかったかのように。

 ……僕は、帰れるだろうか。


「うん……おやすみなさい、お母さん」


 スマホを切り、大きく息を吐いた。

 

「連絡は済んだか?」


 檜来ひのきの声に、無言で頷く。


「……続きを掘ります」


 髭男の骨を埋めるために。

 僕はまた、裏庭に穴を掘っていた。 


「さっきも言ったが……昨日の穴を掘り返したほうが、手間はかからない。土が柔らかくなっているからな。それなら、今日中に帰れる」

「……いえ、もうひとつ掘ります」


 それは、リラの骨と一緒に埋めるということだ。

 それだけは、嫌だった。彼女の骨が、他の物と混じるなんて……イヤ、だった。


「そうか」


 一言、それだけ言って。

 檜来は、一緒に穴を掘り始めた。


「…………」


 掴めない男だ。

 何を考えているのか、理解できない。


「あなたは、これからも……」


 言いかけて、やめた。

 意味のない質問だ。男はこれからも、異世界人を殺し続けるのだろう。



 † † †



『――両親の復讐。そのために、異世界人を殺すんですか』


 昨夜の会話を思い出す。

 檜来の両親は、異世界人に殺された。そう聞いて、僕は当然そう思った。

 異世界人を殺すのは――復讐のためなのだ、と。


 対する檜来の答えは、予想外のものだった。


『……復讐? ああ、考えたこともなかった』


 檜来の声はどこまでも平坦で、限りなく――人間味が薄かった。


『そうじゃない。が何をしたとか、が何をするかとか……そういう話じゃないんだ』


 だが、いや、だからこそ。嘘や冗談を言っているようには、全く聞こえなかった。


『もっと、シンプルな話だ。例えば……真っ白なシャツに汚れがついたら、どう思う? 飲もうとしていたスープに虫が入っていたら、どうする? 綺麗に掃除した床にゴミが落ちていたら、どうしたくなる?』


 気持ち悪かった。当たり前のように話すその男が、ただただ気持ち悪かった。


『誰だって、綺麗にしたくなる。汚れを、虫を、ゴミを……消し去ってしまいたくなる。そうじゃないか?』


 ぞわり、と鳥肌がたった。

 この男には、どう見えているのだろう。異世界人が、リラが……に見えているのだろう。


『異世界人は、だ。この世界に混ざった、不純物だ。本来、存在しないものだ。だから殺す。殺して、消して、にする』


 わからなかった。なぜ、そう思えるのだろう。人のカタチをした相手を、どうしてそんな風に、区別できるのだろう。 


『だから――異世界人は全員殺す』


 ……この男が止まることはない。それだけが、僕にわかったことだ。



 † † †



 二人とも無言のまま、穴を掘り進める。

 いま手に返ってくるのは、シャベル越しに感じる固い土の感触。


 でも、僕の手は覚えている。死肉を握った感触を。肉を切り崩す感覚を。髭男の死体を、解体した記憶を。

 瞼の裏に、あの惨状が焼き付いている。血に満ちた浴室が、肉と骨の散らばる床が、赤白く流れるペーストが。


「…………っ!」


 死んで欲しいと思った。僕はあの時、たしかに髭男の死を願った。

 怖いと思った。危険だと思った。相容れないと思った。


 ……そういうことなのか? それが、世界のということなのか?

 いや、でも。リラにはそんなことを考えなか――。


『君も『魅了』にかけられていたんじゃないか?』


 不意に、檜来の言葉を思い出す。

 ……いや、違う。その言葉は、ずっと僕の頭の中で、回り続けていた。忘れようとして、でも出来なくて。僕はずっと、考え続けていた。どっちなのだろう、と。どっちが……本当なのだろう。


 そして。

 今も答えは、出ていない。


 リラ、君は何を考えていた?

 リラ、君は何を思っていた?

 リラ、君は……。


『――ありがとう!』


 彼女を思い出す時、脳裏に浮かぶのは。

 なぜか決まって、彼女の笑顔だった。


「……決めたよ。リラ、僕は……」


 思考とは無関係に、身体は穴を掘り続けている。

 昨夜でコツは掴んでいる。効率良く、的確に掘り進める。

 ……そろそろ、良いだろうか。深さを確認するために、穴を覗く。


 穴の中は、暗かった。

 僕の目には――どこまでも、漆黒の闇しか見えなかった。

 

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