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髭男だったモノ。慣れた動作でその衣服を剥ぎながら、
「死肉はすぐに腐敗を始める。特にこの季節は、腐敗の進行が早い。小動物くらいの大きさならまだいいが、人間サイズとなれば腐臭の量も半端ではない。滅多に人が寄り付かない場所にあっても、何かの拍子で発見される可能性は高い。だから、何らかの方法で死体の処理をする必要が生じる」
また、この光景だ。
檜来の家の浴室。そこにまた、死体が転がされている。
「手持ちの薬剤は昨日で使い切った。続けて大量に購入すれば怪しまれる。だから、今回は別の方法で処理する」
髭男を殺害した後。
檜来は素早く死体を回収し、車に運び込んだ。飛び散った脳漿や肉片は、猫の死体に混ぜてカモフラージュしただけだ。猫の死体だけなら、見つかっても問題にならないと踏んでいるらしい。
そして自宅に運び込み、こうして処理を始めようとしている。淡々と、『必要だから』と、それだけの理由で。
「まず、全身を
関節に鉈が叩きつけられる。皮膚が裂け、血が噴き出す。嫌な音を立てながら、肉が切り分けられる。切り分けられた箇所から、ドクドクと血が溢れ出す。ヌラヌラと光る断面からは、新鮮な筋繊維の束が覗いている。
「異世界人の基本的な身体構造は、一般的な人間のそれと酷似している。皮、脂肪、筋肉、骨、それらをつなぐ腱、各種の臓器、脳、神経。全て同じだ。それに、エルフやドワーフのような特徴のある種族だけではない。種族によっては、一般人と見た目上の差がない異世界人も存在する」
腕を、脚を、首を。手際良く、各部を分離していく。腹を裂き、内臓が掻き出される。無造作に放り出された臓物が、ビチャリ、と床にぶつかる。あばらが外され、背骨が叩き分けられていく。外しにくい関節は、捻りながらブチリと引きちぎられる。叩き切り、捻りちぎり、全身の節々が次々に解体されていく。
その作業にはもはや、人間の尊厳は存在しない。ここに在るのは物言わぬ肉塊と、そしてそれを機械的に処理する、人のカタチをした何かだけだ。
「パーツ毎に分けたら、次は肉を削いでいく。大事なのは、肉と骨を分離することだ」
話しながらも、檜来の手が止まる事はない。ぶつ切りにされた人体を手に取り、骨に沿って刃を滑らせる。ボタボタと切り分けられた肉片が落ち、後には血に濡れた骨だけが残る。そうして、各パーツを肉と骨に綺麗に分けていく。
「骨以外の肉類は比較的簡単に処理できる。ミキサーで細かくして、少しずつ下水に流せばいい。一気に大量に流そうとするとパイプに詰まることもあるから、そこは注意が必要だ」
肉片を、内臓を、脳髄を。ミキサーに突っ込み、スイッチを入れる。ガーっという音と共に、それらはたちまち粉々に砕かれる。そうしてすっかりペースト状になった赤白いモノを、シャワーに当てて水に溶きながら、徐々に下水に流していく。
「骨は血を洗い流して、干しておけば良い。後で裏庭に埋める、昨日みたいにな」
淡々と、手際良く解体を続けいく。人の身体を、人間だったモノを、ひたすらに分解していく。分離して、粉砕して、無意味なペーストに変えていく。そのペーストすらも、溶けて、流れて、消えていく。
「この処理方法は、多少手間がかかる。だがその分、確実性は高い。それに、特別な薬品や道具も必要ない」
どこまでも平坦な、男の声。彼にとっては、目の前の惨状も日常の一部に過ぎないのだろう。
真っ赤に染まった浴室の中。見る見るうちに、死体はカタチを失くしていった。流しっぱなしのシャワーの音。赤白い渦が、排水口に流れていく。
それは、一種の儀式にも似ていた。生命という何かを、ただの物質に還す。そんな儀式のようにすら、思えた。
「やはりドワーフは小さくて、処理しやすい。これなら、今日中に片付けられそうだ」
狂っていた。何もかも、狂っていた。
肉を切る音が室内で反響した。嗅覚はとっくに麻痺していた。咽せ返るような血の臭いを、もう感じていなかった。視界の赤さに目が慣れ始めていた。ブヨブヨと、肉の感触がした。
返り血を浴びながら、作業は続いていた。
だから。
檜来の手は、真っ赤に染まっていた。
「ああ、そんな感じだ。うまく肉と骨を解体出来てる。その調子で頼むぞ、葵」
「……はいっ、檜来さん」
僕の両手も、真っ赤に染まっていた。
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