番外 僕と昴とその後のおはなし

後日談|昴への贈りもの・上

 もう何十分経っただろうか。僕は色とりどりの宝飾品を前にして立ち尽くしていた。


 週明けの水曜日に、昴と会う約束をしている。そこで僕が居候させてもらっていた間に使った食費、その他諸々の清算をする予定だ。金額がいくらになるかはわからないが、お金のことは早く解決すべきだ。幸いにして、僕にはA社で働いていた時の給料が残っている。きっと自力でまかなえるはずだ。

 そんなわけである程度の現金と、不足時にすぐにおろせるようにキャッシュカードを用意してから、何か手土産を持参したいと思い立つ。久しぶりに顔を合わせるのだ。ただ事務的な手続きをするだけではもったいない。少しでも、彼女にお礼の気持ちを伝えたい。


 とはいえ何を買うか全くあてがなかったので、とりあえずショッピングセンターに向かうことにした。以前、昴と一緒に赴き、渉さんに会った場所だ。ほんの数か月前のことだが、ずいぶん前のことのように感じられる。

 一階の食品売り場から店内に入ると、レジ付近に手土産コーナーが並んでいた。マーマレード類の洋菓子や、寒天系の和菓子、それにチョコレートなどが美しく陳列されている。


――お菓子は手土産の定番、だけど昴の家にお菓子が置いてあった印象は無いな――


 彼女は主食や主菜を仕送りでまかない、決して多くはないお金をやりくりしながら生活する苦学生だ。ゆえに嗜好品を買う余裕がなかったのかもしれない。だとするとちょっといい菓子類を渡すのはありだ。しかし、単に甘い物が好きではないという可能性もある。後者ならばミスチョイスになってしまう。


――贈答用のお菓子は一旦保留にして、もう少し見て回ろうか――


 幸い、今日は特に予定がないし、昴のためを思って過ごす時間は惜しくない。僕はショッピングモールの奥へと進み、左右のテナントに目を走らせながらゆっくり歩いた。


 衣類、はサイズがわからないからパス。革小物、はおしゃれで悪くはないけど、昴は良いものを大事に使いそうなタイプだ。長持ちする小物を買うなら彼女と一緒に、「今本当に必要な物」を選びたい。

 ハンカチ、は定番だけどもうちょっと上等なものにしたい。家具、はプレゼントにしては大仰すぎる。本、たとえば料理本なんかいいかもしれないけれど、好みが分かれそうだ。普段レシピを見ずに料理をしている彼女からすると、むしろ邪魔かもしれない。


 なかなか決めきれないままエスカレーターで二階に上がる。すぐ右手に、アクセサリーショップがあるのが目に留まった。無意識のうちに胸元のペンダントに手をやっていたことに気づき、誰にも見られていないのにひとりで赤面する。


――ペンダントのお礼という名目で、アクセサリーを贈るのはありかもしれない――


 昴にもらった猫のペンダントは、人間の姿を取り戻してからというものほぼ毎日身につけている。これをつけていると、彼女とのつながりを感じていられる気がするからだ。僕からも、普段使いができるアクセサリーを贈れば、几帳面な昴はいつも身につけてくれるかもしれない。そうすれば、僕のことを忘れ去られずに済むかもしれない。

『心配しなくても、これからもずっと、ハチとはかかわっていくような気がしてる』


 昴が電話越しにそう言ってくれたのを忘れたわけじゃない。でも、少し前までほぼ毎日一緒にいたのに、数週間物理的に離れているのだ。彼女が僕のことを忘れる瞬間があっても不思議じゃない。いや、四六時中僕のことを考えていてほしいなんて、贅沢なことは言わない。彼女は真面目な大学生なのだから、勉強する時間や、友だちと話す時間も必要だ。でも、そうではないとき……ほかに重要な考え事がないときは、僕のことを考えて欲しい。そう思うのはわがままだろうか。


 そんなことをぐだぐだ考えながらも、足はアクセサリーショップのほうへと向かっていた。チェーンの雑貨店よりは少しリッチで、ブランドものの宝飾店よりは少しカジュアルな雰囲気の商品が陳列されている。とはいえショッピングモールでこの価格帯のアクセサリーを買う人は珍しいのか、日曜日の昼下がりにもかかわらず、店内は空いていた。


 ――とはいえ昴って、あんまり宝飾品を身につけているイメージはないな――


 普段つけているイメージがないからこそ、自分が贈ったものを身につけてくれていたら嬉しくなるに違いない。とはいえ、彼女が邪魔に思いそうなものは避けたい。例えばブレスレットや指輪。よく水仕事をしている昴にとって、洗い物をするたびにいちいち外さなければいけないアイテムは面倒に感じるだろう。確か、腕時計はしていたが、実用性重視で防水機能がついたシンプルなものだった気がする。


――だとすると、ネックレスかイヤリング、かなーー


 昴のことだから、ピアスホールも開けていないだろう。となるとハードルが低いのはネックレスあるいはイヤリングになる。僕はまず、ネックレスのコーナーを見て回ったが、なかなかピンとくるものがない。目線を少し下に向けて、所狭しと並べられているイヤリングを物色する。


――あ、これ、昴に貰ったペンダントに似てる――


 猫のデザインをしたイヤリングに視線が吸い寄せられたのは、やはり猫=昴と出会ったときの僕を想起させるからだろうか。彼女は僕に似ているからという理由で、猫のペンダントを贈ってくれた。ならば僕も同じ理由で、猫モチーフのイヤリングを贈るのはありな気がする。


――でも、さすがにあからさますぎるかな――


 贈る相手に似ているモチーフを選ぶのと、贈り主に似ているモチーフを選ぶのとでは意味が異なる。まだ恋人ですらない僕が、かつての僕に似ているからといって猫モチーフのアクセサリーを贈るのはちょっと、重くないだろうか。

 しかし、もし昴がこれを付けてくれたら、僕のペンダントとお揃いになる。いわゆるリンクコーデというやつだ。僕と昴のつながりを感じさせてくれそうで、間違いなく満足感が高い買い物になる。いや、やはりリンクコーデなどを彼女に強いようとしている時点で考えが重い。


 視線を右に向けると、白いガラス玉を用いたイヤリングが目に留まった。大きなガラス玉と小さなガラス玉の間に、紺色のリボンが蝶結びで留められている。質素だが耳元で揺れるだろうから地味過ぎず、それでいて色々なコーディネートに合わせられそうだ。


――これ、昴に似合いそうだな――


 白系のブラウスに紺色のロングスカート、といういで立ちが多い彼女の姿に、紺と白のイヤリングはしっくりはまった。服装の邪魔にもならず、ふだん顔周りに装飾品をつけない昴にはいいアクセントになりそうだ。


――でもなあ――


 僕は未練がましく猫のイヤリングのほうへと視線を戻す。三日月にちょこんと座った猫がしっぽを振っているデザインは、僕が持っているペンダントの猫に比べるとほっそりしていて、なんとなく雌猫っぽい。僕が雄猫、昴が雌猫の意匠のアイテムをつけていたら、やっぱり嬉しい。


「大切な方への贈り物ですか?」


 突然左側から声をかけられて、僕は飛び上がった。横を向くと明るいベージュ色のエプロンを付けた女性店員さんと目が合う。おそらく僕は短くない間、二種類のイヤリングを見比べていた。彼女がしびれを切らして声をかけてくるのも無理はない。


「……はい。何かお礼がしたくて」

「よろしければ、ご相談に乗りましょうか?」


 僕が一人でうんうんと考えていたら、あと数時間かかっても結論が出る気がしない。ここは店員さんのお言葉に甘えることにした。


「その人は普段アクセサリーを身につけないんですけど、このイヤリングは絶対似合うと思うんです。あまり服装の邪魔にもならないですし」


 店員さんの方を見ずに、僕はガラス玉でできたイヤリングから猫の意匠のイヤリングのほうへと指を向け直す。


「でも、猫のデザインも捨てがたくて。僕は以前、その人からこのペンダントを貰ったんです」


 僕が首元から猫のペンダントを出してみせると、店員さんはぱっと笑顔になった。


「可愛いですね! よくお似合いです」

「ありがとうございます。……それで、猫のデザインのものを贈ったら、お揃いになっていいかなと思って。でも、本当にどちらも捨てがたいんです。やっぱり似合うのはリボンのほうだと思うので」


 どっちつかずの僕の言葉を、店員さんは頷きながら聞いてくれた。そして、僕が示した二つのイヤリングを見比べた後、再び営業スマイルを見せる。


「では、こうされるのはいかがでしょうか?」

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