20 猫の性、人の性・上

 目が覚めた時、僕はすでに人の姿になっていた。

「おはよう」

 身体を丸めている僕の肌には直接バスタオルがかけられていて、思わず昴の顔を見る。

「……見た?」

 主語が無いが、彼女には伝わったらしい。

「まさか。8時になっても起きてこなさそうだったから、猫でいる間にタオルをかけておいた。ぎりぎり、布の範囲内におさまったみたいだね」

 ほっと胸をなでおろし、昴が後ろを向いたことを確認してから浴衣を羽織る。なんだか全身がだるくて、きっちりした洋服を着るのが億劫だった。

「一応、朝ごはんは冷蔵庫に入ってる。レンジで温めて食べて。上の方に、漬け物もあるから」

 冷蔵庫を開けて指し示す昴の右手が視界に入り、僕はハッとした。

「昴、手首ケガしてる?」

 手を上にあげた時、袖からちらりと覗いた白いものは、包帯だ。昨日の夜、話をしていたときにはなかったはずだ。

「……ちょっと、果物ナイフでね。深い傷じゃないからすぐ直るよ」

「昴、右利きだよね」

 一気に目が覚めて指摘すると、彼女はふい、と横を向いた。いつも率直に言葉を紡ぐ昴らしくない言動に、嫌な予感がした。彼女にこんな態度をとらせてしまう原因として、考えられるのはひとつ。

「もしかして……僕が猫のとき、何かした?」

「じゃれあいみたいなものだよ。傷が浅いのは本当だから。普通に大学行けるし」

 僕は唇をかんだ。覚えてはいないが、噛みつくか引っかくかしたのだろう。

「そんな顔しなくていいって。……ちゃんとご飯食べなよ。じゃあ、行ってくる」

 ぎりぎりの時間だったらしく、心配そうにこちらを伺い見つつも彼女は玄関を抜けていった。


 鍵が閉まる音がして、僕はがっくりと頭を抱え椅子に身体を沈めた。

 昴に、家族みたいだと言われたばかりなのに。人の意識が無いときとはいえ、彼女を傷つけてしまった。本当に大切な家族なら、そんなことをしない、いやできないはずなのに。

 落ちる気持ちをひっぱたき、薄いノートを開く。やはり、記憶を取り戻すための鍵は僕の本名にしかなさそうだ。

 ひとつ息をつき、真っ白なページを1枚破る。紙を横向きにして、なるべく丁寧に、大きな文字でメッセージを書いた。

『じぶんの名前を探しに行きます。 思い出したら、必ずもらったものは返しにいきます  ハチ』

 昴にもらった品々がまとめられている一画に向かい、少し悩んでスマホを手に取る。これも必ず返さなければいけないけれど、今は持っていないと不安だ。

 服装は浴衣のままだが、決心が鈍る前に出ていきたくて、着替えるのはなしにした。スペアの鍵で扉を閉め、ポストに入れる。

 ――無意識に昴を傷つけてしまうくらいなら、この家にいないほうがいい――

 いちど扉を振り返ってから、外への一歩を踏み出した。

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