14 潜入計画
「僕は、“とっておき”に昴が行くのは心配」
開口一番そう切り出すと、彼女は感情が読めない顔でじっと、僕を見上げる。
「さっきのサークル、話を聞いただけでは“人以外の存在に変化する”要素は見いだせなかった。たぶん、姫継さんが言う“とっておき”が鍵になってる。だったら、それを確かめないと接触した意味がない」
「それは、そうだけど。でもいきなりおかしなことをさせられたり、変な人たちと関係を持ったりする可能性もあるから。危ないのが目に見えてるのに、このまま送り出すことはできないよ」
本音は行ってほしくないが、そもそも昴がサークル「変幻自在」に接触したのは、僕の記憶喪失と猫変化の手がかりを探すためだ。それを考えると、“行かないで”とはっきり言えないのがもどかしい。彼女もそんな気持ちは見通しているのか、僕の言葉に頷いた。
「もちろん、丸腰では行かない。何か対策をとる必要はあると思う。例えば、これ」
昴はテーブルの上に、手のひらに収まる大きさの丸い物体を置いた。銀色に光る金属を囲うように、皮のストラップが取り付けられている。
「今回のサークルの件、渉に伝えたらコレを送ってきた。私が持ち歩けば、今いる場所が渉とハチのスマホに表示されるらしい。本当は無くしたくない小物……鍵とかに取り付けるアイテムらしいけど。その分精度はけっこう高いみたいだよ。部屋のどこにあるかまで、調べられるみたいだから」
金属に彫られていたコードを渉さんが入れていたアプリで読み取ると、確かに今いる家の位置情報が表示された。
「当日はこれを私がもっていく。ハチには、アプリで場所を見ていてほしい。もし私に何かあったら、位置情報を頼りに通報とかをお願いしたい」
「近くまで、僕か渉さんがついていったら、」
いいんじゃないか、と言いかけたところで昴は首を横に振った。
「ハチがあのサークルと、“とっておき”の場所と関係があるかわからない。顔を見られたら問題があるかもしれないから、直接行くのは無し。渉も今日の明日で移動できないだろうから、間に合わないと思う。家遠いし」
昴の“ばあちゃん”と同居している渉さんは、かなり僻地に住んでいるらしいことをこの前聞いた。電波は通じるが、昴の家までくるのは地図で見える距離以上に時間がかかるらしい。
「でも、もし本当にまずいことが起きたら、その場で昴を助けられない」
「ハチ」
金属の物体……位置情報探知アイテムをつまんでいた僕の左手が、昴の右手に包まれる。急な動きにびくっとするのも気にした様子を見せず、彼女は真っ直ぐに僕の目を見てくる。
「確かに、危ないよ。ほんとうは、学事の人に事情を話して待機してもらった方がいいともおもう。一応、友達に声かけたりして保険はかけるつもりだけど。でも、相手に警戒されないようにして突っ込んでいかないと、わからないこともある。今は特に、大学側から注意喚起が出てるから向こうもガードが堅いと思う。だったら、向こうが懐を開いた今、わたしが行くしかない」
左手を包む手に、きゅっと力が入る。目をそらさない昴の表情もあいまって、“信じてほしい”といっているように感じられた。
「……わかった。でも、これだけは約束して」
触れ合った左手に少しだけ力を込めて、僕は昴の目を見つめ返した。
「もし危ない雰囲気を感じたら、変身絡みの謎の解明より、昴自身の安全を優先して。今日と同じで、僕もスマホで会話を聞いているから。絶対に、無理はしないで」
真剣な視線が交差し、彼女は、はっきりとうなずいた。
・・・
『待っていたわ。授業が、少しのびたのかしら』
『はい。お待たせしてしまい、申し訳ありません』
『いいのよ。元々5限目が終わってからというお話だったのだから』
昴の声と姫継さんの声が問題なく拾えていることを確認し、僕はそっと、スマホをハンカチの上に置いた。
今回は、長丁場になるとわかっている。機械越しで話を聞く準備はしておいた。昴のほうもあらかじめ雑音を拾いにくいように工夫するといっていたので、昨日より人の声がはっきり聞こえる。
『それで、どこかに行くとおっしゃっていましたが。私服でよかったですか?』
なるべく、“とっておき”とやらに向かう前に話を聞く。サークル棟という、他の人の目がある場所で可能な限り情報を引き出す。事前に確認した通り、昴は早速切り出した。
『問題ないわ。パーティーみたいな、かしこまった場所じゃないから。お部屋自体は“あの方”と一対一になるし、服装を気にされることはないはずよ』
『どなたか、人に会うんですか』
『ええ。とっておきの力をくれる方よ』
『とっておきの力、ですか?』
『それは、会ってからのお楽しみね』
それ以上、この場で教えてくれる気はないらしい。
会話が途切れたタイミングで、部屋の扉がノックされた。金属がくぐもったゴーン、ゴンという重低音が響く。
『ちょうど、お迎えが来たわ』
『姫継さま、うかがっておりました方はこちらでしょうか?』
ギィと扉があくのと共に、柔らかい男性の声がした。
『はい。貴方は、“あの方”のお使いでよろしかったですか』
『おっしゃる通りです。谷口 昴さまをお迎えにあがりました』
どうやら“とっておき”に行くためには、迎えの人が寄こされるらしい。やたらと大がかりだ。
『谷口さん。この人についていけば、“とっておき”に行けるわ。わたしはついていけないけれど、必ずたどり着けると約束する』
『いつも、そんなに厳重なんですか』
『ええ。あそこは一度お願い事をしたら、二度と行けないことになっているから』
『姫継さんは、お願いをしたんですね』
『ええ。内容は、“あの方”との約束で話せないけれど。“あの方”に直接聞いたら教えてくれるかもしれないわ』
いよいよ、本丸に近づいてきた感がある。“とっておき”というのは何か、グレーな約束を交わす人がいる場所のようだ。
『では、お願いします』
『かしこまりました。こちらへ』
『行ってらっしゃい』
昴が了承の旨を示すと、柔らかな声の男性が誘導したようだ。姫継さんの見送りを受けつつ部室の扉を抜け、外の廊下を歩きだす。数歩進んでから、昴による質問が再開された。
『あなたの名前はなんですか?』
『名乗る程のものではありません』
しょっぱなから、胡散臭いかわし方をしてきた。しかしそれで諦める昴ではない。
『この大学の人では、ないですよね』
『ええ、ご明察です。わたしはお手伝いをしているだけです』
『行く先にいる人の、ですか? それともこのサークルの、ですか?』
『どちらかといえば前者、とお伝えしておきましょう』
曖昧だが、少なくとも大学の関係者ではなさそうだ。僕は警戒の度合いを一段高めた。
『目的の場所にいるのは、どんな人なんですか?』
『ひとことでは、表現しえない方です。お会いになるのが一番早いかと思います』
『特徴で、いいです。礼儀を意識すべきだとか、怖い人だとか、会うにあたって気を付けた方がいいことがあれば先に知りたいです』
オブラートに包んで誤魔化されそうなところを、昴は違和感のない範囲で突いていく。さすがにかわし切れないと思ったのか、男性の返答に間があいた。
『そうですね……礼儀よりも、正直であることを重視されるかと思います。思ったことを、そのままお伝えください。谷口さまはお客様ですから、率直な意見を言える立場でいらっしゃいます』
『お客様、ということは何らかのお店ですか? あまり、お金はもっていないんですが』
『ええ。ある意味でお店ではあります。しかしお金は必要ありませんよ。別の報酬を求められるかと思いますが、それは貴方とあの人が交渉して決めることです』
『交渉、ですか』
『ええ。……ここからは、大学の外ですので静粛にお願いします。下を向いていただけますでしょうか。横についておりますので、案内はお任せください』
『周りをみないでほしい、ってことですか』
『はい。そう指示されております』
二人の会話が途切れたタイミングで、僕は開きっぱなしのノートを手元に手繰り寄せた。
<“とっておき”の場所>
・行くのに案内がいる
・何かをくれる? してくれる?
→普通の人にはできないもの、こと
→もらうのに交渉が必要
→1度もらうともうその場所には行けない
昴と男の会話を思い返しながら、ボールペンで走り書きしていく。
文字に起こした情報を見て、思い浮かんだ人物像はひとつ。歩きながら考えていたらしい昴も同じ結論に至ったらしい。
『魔女、みたいな人ですね』
一応指示に従い、小声になってはいたが彼女の声をスマホはきちんと拾っていた。
『ええ。そう呼ぶ人もいます。その認識で相違はないかと思いますよ』
男の声は、少し笑みを含んでいるように僕には聞こえた。
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