7 ショッピングモールに行こう

 <名前など>

 ・名前=わからない →今の呼び名は“ハチ”!

 ・年齢=20代~30代? →たぶん20代

 ・家族、住まいはわからない。 →この家は新鮮。たぶん一人暮らしではなかった

 ・服の値段はなんとなくわかる。食べ物の値段がわからない

 →食材の名前もわかる。調理方法がわからない

 ・20時に人→猫、8時に猫→人になる



 <使ったもの・食べたもの>

 7/9  浴衣  5,000円?→祖父のお古だから支払い不要 by昴

 7/9  ごはん、スクランブルエッグ、キャベツをゆでたもの、ソーセージ

 7/10 ごはん、卵ときのこと小松菜の炒めもの、漬け物

 7/11 ごはん、納豆、豆苗の卵炒め、肉じゃが、漬け物

 7/12 ごはん、肉じゃが、漬け物


 ノートの内容を更新していると(昴から、食べたものは値段を書かなくていいといわれた。記憶が戻った暁に、スーパーのチラシを一緒に見て清算することになった)、昴に横から手を差し出された。プラスチックのフレームらしきものを、そっとつまんでいる。

「一応、今日ちょっとだけ遠出をするから、顔を隠すために買ってみた。もし会ったらまずい知り合いいたらあれだし……気休めだけど」

 彼女の手の中にあったのは、伊達眼鏡だった。いつの間にと思いつつ、確かに素顔をさらしたらまずい可能性もあるのかと今さら気づく。

「マスクとかもしたほうがいいかな」

「いや、浴衣に眼鏡とマスクだと逆に目立つから、そこまでしなくてもいいんじゃない?」

 即答されたので、それもそうかと薄いグレーの縁の眼鏡を手に取った。これも、後でノートにつけておかないといけない。

「うん。まあいいんじゃない」

 伊達眼鏡は、ぴったりとはまった。度の無いガラス越しに見た昴は、こちらをちらりと振り返ってからすぐ玄関に向かう。

「ハチがおしゃれな人だったら、そんな安物で申し訳ないけど。とりあえず、服買いに行こう。好きなものとか見れば、何か思い出すかもしれないし」

 いやいやいや。確かにショッピングモールに行くとは言ったけど、買うつもりはない。昴のこれまでの生活を見て何となく察している。彼女は、きっとそこまで裕福なわけじゃない。

「いや、買わないよ……? 僕今お金もってないし」

「知ってる」

 紐靴をはき終えた昴は、表情を変えずに正面から僕を見上げる。

「私は奨学金をもらって大学に通ってるから、あんまり余裕は無いけど。お金を使った方が記憶が戻りそうなら使おう。全部思い出したあとに、返してもらうし」

「ですよね……って、それでもいいの?」

「ハチの今の仕事は、記憶を取り戻すことだから。四の五の言わずに行くよ」

 いまいち腹落ちしていないが、僕が部屋を出ないと昴が鍵をかけられない。疑問は後回しにして、昴の後に続き玄関の扉をくぐった。


「この草履も、おじいさんの?」

 例のごとく、僕の服装はすべて昴から借りている。スーパーに行ったときも履いていった、深い藍色の鼻緒付きの草履を指さすと彼女は頷いた。

「そう。草履はちょっと玄関先で荷物を受け取るときとか用でもらった。長く歩くと疲れると思うけど、たぶんハチが履けるのはこれしかないから」

「いや、あるだけありがたいよ。そもそも一人暮らしの女の子の家に、僕が使えるサイズの履物があることにびっくりしたからね」

「玄関でちょっとハンコ押したりするのに、いちいち靴を履くのは面倒じゃない? 宅配便の人も待たせちゃうし。でもそのためだけにサンダル買うのも無駄だから、ちょうどよかったんだ」

 確かに、便利かもしれない。歩き回るには裸足か足袋でないと難しいが、玄関先のちょっとした用事を済ませるくらいだったら草履でもこと足りそうだ。


 電車に乗ると、案の定僕の服装は少なからず注目を集めた。僕一人ならまだしも、一緒にいる昴は半袖ブラウスにカーディガン、丈の長いスカートという“普通の”格好だから余計に不思議な組み合わせに見えるのだろう。

「女の子が浴衣で、男が私服ならまだわかるけど。その逆はあんまり見ないよね」

「確かに」

 昴は周りをちらりと見渡して、笑った。

「今日は祭りの日でもないから、そもそも和装の人いないけどね。別にパジャマとかじゃないんだから、堂々としてればいいと思うよ。あ、でも帰りは服買って着替えるのもありかもね」

「僕、わりとこの浴衣気に入ってきたんだけど」

「いや、まぁ……ハチがいいならいいけど。ただわたるが持ってきてくれる可能性もあるかな」

「わたる?」

「私のいとこ。松葉さんの前で名前を出したから、一応辻褄合わせとこうと思って、今の状況を伝えたんだ。そしたら直接事情を聞きたいって言われたからショッピングモールで待ち合わせることになった」

「ああ、なるほど」

 昴の説明で、僕はスーパーの帰り道に、松葉さんが話題に出していたことを思い出した。確か、昴がアパートに移り住むときに挨拶をしたとか。彼女の保護者的な人だと思っていたが、いとこだったらしい。

 それにしても、いきなり昴の親族にご対面とはハードルが高い。見知らぬ男が親戚の女の子の家に居候していると聞いて、よく思う人はいないだろう。

「メールでは協力してくれる雰囲気だったし、面白いことに首を突っ込みたがる人だったから、洗いざらい話しても大丈夫だと思うよ」

 しかし、昴はそういうし、そもそも待ち合わせ場所に向かっている最中でまったは言えないのだが。

「わかった。ちなみに、いくつぐらいの人なの?」

「29歳。プログラミング系のITエンジニアだけど、趣味で電子機器の組み立てとかもしてる」

 ついでに仕事のことも教えてもらい、頷く。昴の親族に会うのであれば、もう少し早めに聞いておきたかった感もあるが、どのみちショッピングモールに行くのは決まっていたことなのでまあいいかと思いなおす。


 他愛のない話をしている間に、ショッピングモールの最寄り駅についた。

 オープンに合わせて早めに向かったつもりだったが、すでに入口には家族連れや年配の方がたくさん集まっていた。こんなに朝一から来る目的は何だろうと、自分のことを棚に上げて考えてしまう。

「年配の人だと、モールの椅子で休憩しに来ている人も一定数いるみたいだよ。ほら、朝から空調効いてるから涼しいし、何かあったら警備員さんとかに声かければいいし、一人暮らしのお年寄りだったら家にいるより安全に思うんじゃない」

 僕の目線をたどった昴は、疑問を先取りするように答えてくれる。

「詳しいね」

「ここじゃないけど、前ショッピングモールでバイトしてたことがあって。研修の一環で、お店の人に教えてもらった」

「へぇ」

 アルバイトにそこまで説明してくれるとは、なかなか手厚いお店だ。

「あと家族連れの人たちは、シンプルに早めに買い物を済ませて、お昼食べて帰るパターンが多いんじゃないかな。午後のほうが混むし、特に車で来てる人だったらお昼ご飯のあとで買い物するより、逆のほうが身体も楽だろうし」

「なるほど」

 饒舌な昴に、僕は相槌を打つことしかできない。どれも言われてみればそうかもしれない、と思うことばかりだ。


 建屋の自動ドアが開くのに合わせて、僕たちは館内へと進む。フロアマップを見た昴は「こっち」と指さし迷わず歩いていく。

 僕は色とりどりの商品がずらりと並ぶ通路脇を、きょろきょろしながらついていった。

「すごいお店の数だね」

「この辺では一番大きいからね。でも全部行ったことある人はいないんじゃないかな。いろんな人が楽しめるように、ニッチなお店も一定数あるから」

「確かに……」

 サーフボードがたちならぶ店舗の前を通り過ぎながら、僕は嘆息した。中も広そうだったが、マリンスポーツのグッズはそんなに買う人が多い、というイメージが湧かない。その他にも、子供服や紳士服、婦人服などに特化したお店が続々と眼前に現れる。

「ここ」

 出入口からは少し離れたところにある、小ぶりな喫茶店に身体を向けて、昴はすたすたと近づいていく。僕もだんだん緊張してきたが、思い切って足を踏み入れた。

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