第2話 村の伝承話

 「こんにちは。森永です。」

学校からほんの数分ほど歩いたところに、ぽつんと立つ、村の中では割と大きめの建物が舞の言う公民館であった。その公民館には入ってすぐのところに受付があり、その受付に舞が声をかけた。

「まあまあ、舞ちゃん。また来たの。あら、今日は他の子も一緒?」

中から、中年ほどのおばさんが出てきた。よく公民館に通っている舞は、小学生の頃からここの職員と仲が良かった。

「ここの休憩所の席、使ってもいいですか。」

「もちろんいいわよ。もう誰もいないし、好きに使って。」

小さな食堂のような雰囲気のスペースに何台かテーブルと席があって、その奥に自動販売機が一台あった。自動販売機で何か飲み物を買おうと、どれにしようか迷っていると、財布を開いた弥子が何か物を落とした。舞が拾おうと屈むと、それは、今日もらったのであろう新品の弥子の生徒手帳であった。手渡すと、弥子はありがとうと言ってそれを財布の中にしまった。

「え、生徒手帳を財布の中にしまうの?」

舞が不思議そうに言うと、弥子は少しはにかみながら言った。

「そうなの。こういう物って、私すぐに失くしちゃうから、絶対毎日持ち歩くものに入れておこうと思って。何でも良かったんだけど、財布にした。」

ふーんと言って、自販機のボタンを押す。ガシャコンという音と一緒に、舞が選んだぶどうジュースが出てきた。弥子は、それを横目で見て、若干顔をしかめてからりんごジュースを買った。

 二人が席に戻ると、また雨が降っているのが窓から見えた。

「晴れているように見えるのに、雨降ってきたね。」

弥子が窓の外を眺めながら言った。日は傾きつつあるが、まだ空は茜色で、確かに天気がよさそうに見えた。

「こういうのを、狐の嫁入りって言うんだよね。」

舞が言うと、弥子はそうだね、と相槌を打った。

「なんでそういう言い方するんだろうね。何か理由があるのかな。舞ちゃん何か知ってたりする?」

「うん、聞いたことあるよ。小さいころおじいちゃんがよく話してたから覚えてる。本当にこの村で起こったことが由来になったんだって言ってた。」


 いつの頃だったか、村にずっと雨が降らないことがあった。このままでは作物も育たず川も枯れて飲み水も手に入らなくなる、と言って、最後の頼みの綱として、神に生贄を捧げて祈ることになった。しかし、生贄になりたい村民など一人もいなかった。仕方がなく、人に化けることができる狐の娘を生贄にすることにした。狐の娘を騙して生贄にするために、村の独身の男のもとに狐の娘を嫁がせた。しかし、次第に二人は惹かれあってしまう。娘が生贄になってしまうのを恐れた男は、娘を村の外へ逃がそうとするが間に合わず、娘は村の人々によって、人間の姿のまま神に捧げられてしまうのである。その時、晴れた空から大粒の雨が降り、生贄が神に届いて、雨が降るようになった。


「おじいちゃんは、その時降った雨は神からの恵みではなくて、犠牲になった狐の娘の悲しい涙だ、って言ってた。だから天気雨の日は、狐の娘が泣いているんだ、っていつも悲しそうにしてた。」

「そんなお話があるんだね。本当にそんなことがあったとしたら、怖いよね。」

「信じないんだ。」

「だって、天気雨がどうして起こるかって、理科で教わって知っちゃったし。そもそも天気って、神様がどうこうしてるものじゃないし。私はあんまり信じてない。舞ちゃんは信じてるんだね。おじいちゃんが話してたから信じてるの?」

「それもあるけど、こういう伝承話って、語り継がれているのには何か理由があるような気がするの。だから、信じようって思う。」

「確かに、それもそうかもね。」

 そんなこんなで、舞と弥子は色々な話をした。学校のこと、家族のこと、村のこと、などを、お互いのジュースが空になっても話し続けた。

 しばらくたった時、あ、と弥子が言って、携帯を取り出し、画面を見た。どうやら、お父さんのお迎えが来るようだった。

「待ち合わせの場所があるから、そこに行くね。舞ちゃん、今日はありがとう。」

舞と弥子は公民館でわかれ、それぞれ家に帰った。


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