第3話「白雪姫の憂鬱」

 はっきり言うと悲しいが、俺はもてない。

『光司は服のセンスが全然ない。背も高いし体格いいし顔も悪くないのにもったいない』

 友人を含む何人かにはそう言われた。

「やっぱり服のセンスが駄目なのかな?」

 ユキに尋ねる。

「そんなことないよ」

 幼馴染は否定するが、ユキ以外からは服のセンスが悪いと言われる。

「でもみんな俺の服がダサいって言うんだ」

「そんなことないよ。個性的だけどコウに似合ってる。服を変えたからもてるってわけでもないんだからそのままのコウでいて」

「わかった」

 好きな人から似合っていると言われたので、服以外の問題だなと思いながら頷いた。


          *


 俺は何年か前の自分の服装のセンスについてのユキとの会話を思い出していた。

 現実逃避だ。

 理由は目の前でベッドに突っ伏している人物に起因する。

 この日。ユキの落ち込み方は尋常じゃなかった。

 パソコンのモニターには今日のある出来事が書かれている。

『上林華女流名人。女流王位戦で白峰女流二冠からストレート勝利でタイトル奪取して女流二冠へ』

 とうとうユキの持っている二つのタイトルの内の一つをアルテミスに奪われてしまった。

 家に帰って来てネットでそれを改めて確認して改めて落ち込んでいるのだ。

「憂鬱」

 聞いてもいないのにとうとう自分で声に出しているくらいだ。

 いつのなら泣き叫ぶユキが泣かずに落ち込んでいる。

 今まで見たことのない落ち込み方だ。現実逃避するくらいなんて声をかけたらいいかわからない。

「本当に腹が立つ」

 案山子のように部屋に立っている俺をよそに一人声を上げている。

「絶対に許せない」

 流石にそろそろ声をかけないといけないな。

「ま、まあ、上林先生は強かったから」

「それじゃない!」

 恐る恐る出した俺の声はユキに遮られた。

「上林先生に対しての怒りじゃなかったのか?」

 ここまでの落ち込みようはタイトル失ったせいじゃないのか。

「上林さんに対してじゃない。負けたのはショックだしネットで確認して悔しさ再認識したけどそんなのどうでもいい」

 思いがけない言葉が放たれた。

「ど、どうでもいいの?」

「だって上林さんにはいずれタイトル取られると思ってたから、それが早くなっただけ。早熟な分全盛期がすぎるのも早いと思うからそれから取り返せばいいわ」

 ポジティブなのかネガティブなのかよくわからない発言だった。

「じゃあ、なんでそんな落ち込んでいるんだ?」

 俺はわけがわからなくなってユキに尋ねた。

「同期の菅原さん。知ってるよね」

 急に共通の知り合いの名前が出てきた。向こうは多分俺の名前は知らないだろうけど。

「ああ、菅原女流一級ね。知ってるけど。それが」

 一瞬の沈黙の後、ユキが口を開いた。

「菅原さん。彼氏ができたって」

 再び沈黙が訪れる。

「それだけ?」

「大事件よ!」

 俺の問いかけにユキは起きあがってそう叫んだ。

「それも報告しなきゃとか言って私にその事を言いにきたけど結局のところ自慢なのよ」

 なんか女性特有の人間関係的な何かがあったらしい。

「菅原さんに比べて私ときたら、十九にもなるのにまだ彼氏いないし」

 その言葉は十九でまだ彼女のいない俺にも刺さるからやめて欲しい。

「好きな人に何とも言われないし」

「好きな人いたのか!?」

 衝撃的事実だ。今度は大声を上げてしまった。

「俺の知ってる人!?」

「良く知ってる人よ」

 誰だ。俺とユキの共通の知り合いの男。……該当しそうなのが思い浮かばない。

「毎日顔見ているでしょう。鏡見る時」

 ユキの言葉を聞いて脳みそが高速回転する。そしてある結論に達した。

「俺?」

「他に誰がいるのよ」

 ユキは顔を赤らめてそれを俺に隠すように枕を抱えてベッドに座りこんだ。

「ずっと一緒にいるのに。未だに告白されないし」

「ユキ。俺はお前のこと好きだよ」

 ユキの愚痴に思わずそんなことを言ってしまった。

「「!?」」

 言った俺も言われたユキも驚いている。

「もしかして慰めのつもり?後で嘘だってわかった時のが私を傷つけるわよ」

「俺をなんだと思っているんだ」

 慰めるために嘘の告白をできるほど余裕のある男ではないのだ。

「じゃあ、本当に?」

「ああ」

 俺は手を取ってベッドに座るユキを立ちあがらせた。

「好きです。付き合って下さい」

「よ、宜しくお願いします」

 改めて告白して、俺とユキは付き合うことになった。

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