3-4
首を振りつつ歩き、僕は
「それで、どうしてそんなことを知ってる? ――いや、さっきのつづきを聴かせてくれ。前回の合コンで僕はある女性と会い、しばらく一緒に暮らした。その後で、でもって言ったよな。でもなんだっていうんだ?」
「そ、そ、その女性は、い、い、いなくなった。そ、そ、そうですよね? あ、あ、あなたは、い、い、幾つかの、た、大切なものを、な、な、なくしてしまった。も、も、持ち逃げ、さ、されたんです」
僕は髪を
「い、いえ、わ、わ、私と、そ、その、じょ、女性とに、か、か、関わりは、な、ないですよ」
「どうして考えてることまでわかる? 君はいったい何者なんだ?」
「わ、私にも、よ、よ、よくわからないんです。で、で、でも、わ、わかってることも、あ、あります。わ、わ、私は、む、昔から、い、い、いろんなものが、みっ、見えるんです。ほ、ほ、他の人には、みっ、見えない、も、ものが、みっ、みっ、見えるんです」
「それで僕に起こったことも、考えてることも見えたっていうのか?」
「し、し、し、信じて、い、い、いただけます?」
「いや、信じられるわけがない」
「そ、そう、そうですか」
彼女はうつむいてる。風が吹き、
「ただ、もし本当に君がそういったのを見たってなら、他になにかないのか? 僕のまわりで起こったことで他に見えたものは?」
口は半月状にゆるんだ。僕はその顔に起こる変化を見つづけていた。そのとき感じた心の動きは自分でも不思議なものだった。
「あっ、あっ、あります。が、街灯が、と、と、突然、き、消えましたよね? そ、それは、つ、ついこのあいだ、あっ、あっ、あったことです。で、でも、それ以前にもあった。さっ、さっき言った、じょ、女性と、で、出会う前にも、あっ、あったはずです」
「その通りだ。どうしてそんなことまでわかるんだ?」
「わ、私にも、よ、よ、よくわからないんです。こ、こ、こんなに、ひ、ひとりの人のことが、み、み、見えるなんて、い、今までなかったことですので。で、で、でも、あ、あ、あなたのことは、みょ、妙にはっきり、わ、わかるんです。だ、だ、だから、ど、どうしても、おっ、おっ、お伝えしなくてはと、お、思って」
腕を組み、僕はしばらく考えた。それから静めた声で訊いてみた。
「初めて会ったとき左肩を、そのちょっと上辺りを見てたよね? もしかして、なにかいる?」
「え、ええ。い、い、います。す、すごいのが。そ、そ、それが、あっ、あっ、あなたを、わ、わ、悪い方へ、つ、連れて行こうと、し、し、してるんです」
「じゃ、街灯を消したのもそいつってわけか?」
「い、い、いえ、そ、それは違います。が、街灯が消えるのは、け、
守護霊様ね。そう思いつつ僕は左肩を見た。ここに「すごいの」がいるってわけか。そいつが悪い方へ連れて行こうとしてる?
「しっ、信じて、く、く、くださいます?」
「いや、やっぱり信じられない。だって、そうだろ? 君には見えることがある。僕を
「で、でも、か、か、感じることは、あ、あるはずです。そ、そ、その感じることに、し、し、
彼女はにじり寄ってきた。興奮してるのだろう、顔は真っ赤になっている。僕は
「わかった。わかったから。――いや、何度も言って悪いけど全面的に信じてるわけじゃない。ただ、心配してくれてるのはわかった。で、つまりはこの後も悪いことが起こるってことか?」
「そ、そ、そうなんです」
「具体的にわかるのか? なにが起こるかって」
「は、はっきりとは、わ、わ、わからないんです。た、ただ、あ、あ、あなたに、よ、よ、よくないことが、お、お、起こるのが、わ、わかるだけで。だ、だ、だけど、そ、それは前のときよりも、ず、ず、ずっとよくない、こ、ことなんです。も、もっと、ず、ずっとよくないこと」
今の状況だってあまり
は? と思った瞬間にそれは引っ張ってきた。僕は腕を伸ばし、脚をぎゅっと閉じた。そうなると腕は彼女の背中へまわり、脚もふくらはぎを挟むことになる。つまるところ僕は抱きつくことによって難を逃れたわけだ。
「ほら、」
「あ、危ないでしょう? こ、こ、こうやって、わ、悪い
「もう帰る」
首を振りながら僕は歩きだした。なににたいしてかわからないものの腹がたっていた。まったく好みでないどころか
理解できなくとも存在してるなにかへの怖れが激しく混乱させたのだ。彼女の顔は晴れやかにみえた。
「なんでそんな顔してる?」
「お、お、お伝え、し、したかったことを、い、い、言えたので」
「じゃ、こっちにも言いたいことがある。君に言いたかったことだ。姿勢は良くしてた方がいい。背が高いのを気にしてるんだろ? だけど、どんなに
「はっ、はい!」
僕はもちろん嫌味を言ったつもりだ。しかし、
「あっ、あっ、あの、こっ、こっ、これで、よ、よ、よろしいでしょうか?」
「え? ああ、そうだね」
「あっ、ありがとう、ご、ございます!」
風が巻き起こるくらいの勢いで彼女は頭を下げた。そのつむじを見ながら僕はそっと溜息をついた。
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