2-4
翌日は朝から営業先に直行だった。小林も同じだったので僕はラインにメッセージを入れておいた。訊きたいこと――というか、話したいことがあったのだ。
「なに食う?」
「ムカつくことがあったから俺は思い切り食って発散したい気分なんだ。そうだな、米がいい。米を思いっきり食いたい。それに肉っぽいのがいいな。――おっ、ここにしないか? 『実家のカレー』って書いてあんぞ。お袋の味っぽいカレーってことだろ? いいねぇ。そういうのが食いたかったんだ」
「いや、カレーはなしだ」
「ん、そうか。――じゃ、こっちにしよう。シェフご自慢のハンバーグだとよ。ビーフ百パーセント、つなぎ無し。その割にゃ安い。うん、ここにしようぜ。食いたいもんばかりが
「駄目だね。ハンバーグも
「なんでだよ?」
僕はしばし考えた。ただ、それも面倒になってきた。
「トラウマになってんだよ。カレーとハンバーグは俺のトラウマなんだ」
「カレーとハンバーグがトラウマになってる? なんだそりゃ。ちょっと前まではがつがつ食ってたじゃねえか」
「ちょっと前まではそうだった。でも、いまは違う。とにかく他を探すぞ」
「ふうん」
「なるほど」
「なにがなるほどなんだよ」
「ま、それを言ったらお前が傷つくってもんだ。そうなんだろ?」
ニヤついた顔をしばらく見つめ、僕は「ふんっ」と鼻を鳴らした。
けっきょく僕たちは中華料理屋に入った。
「で、話したいことってなんだ?」
「ん、この前、エレベーターで会った子のことなんだけどさ」
「ああ、お前を見つめてた地味な子な。でも、あんなのはタイプじゃねえだろ?」
「まあね」
肉を
「だけど、そういう話じゃないんだよ。それにあれは俺を見つめてたんじゃない。なにか違うもんを見てたんだ。実際、あの子の視線は――」
僕は左肩を指した。
「この辺に向けられてた」
「なんだそりゃ。なんでそんなとこ見るんだよ」
「知るかよ。でも、とにかくあれは俺を見てたんじゃない。昨日はエレベーターで二人きりになったんだ。そんときも肩を見てた。しかも、なぜか俺の名前を知ってた」
「そりゃ、お前に興味があるってことじゃねえのか? だって、うちの会社にゃアホかってくらい社員がいるだろ。ま、ほとんど使えない連中だけど、とりあえず頭数だけは
一息にそう言い、小林は
「で、なに話したんだ? 話しただけじゃなく食っちまったんじゃねえのか? お前は意外に手が早いからな。そのくせ長続きしねえんだ。――ん? お前、セックスがありえないくらい下手なんじゃねえか? それか持ち物がシメジくらいしかないかだな」
水を注ぎにきた女の子は
「手なんか出さないよ。ああいうのはタイプじゃない。――いや、そういう話じゃないんだって」
「じゃ、どういう話なんだよ」
僕は腕を組んだ。これはどういう話なんだ? 全体的になにかがおかしいのだ。突然消える街灯、なぜか見つめてくる犬、それに
「なんなんだよ、その顔は。パッとしねえぞ。まったくパッとしねえ。――で、お前も名前くらいは訊いたんだろ?」
「ん? ああ、篠崎カミラっていってたな」
「カミラ? ハーフか?」
「いや、クォーターらしい。お祖母さんがアゼルバイジャン人なんだってさ」
「その辺のことはもういいや。なんだか疲れた。よくわからないけどむちゃくちゃ疲れた。それでなにを言われたんだ?」
話してるうちに僕も疲れてしまった。妙な疲れ方だ。経験したことの内側に理解しがたいことが存在してるように思えたのだ。自分を
「なに固まってるんだよ。ほれ、なに言われたんだ? そのカミラちゃんに」
「よくわからないんだけど重要なことを伝えたいって言われた。面倒だから聞かなかったけどね」
「ふむ。重要な話っていったら、そりゃ愛の告白だろ? それ以外になにがあるってんだ?」
僕はいろんなことを
「うん、その、なんだ、まとめるとだな、アゼルバイジャン系クォーターのカミラちゃんはなぜかお前の名前を知ってた。で、重要な話ってのをしようとした。お前はそれを聞かなかった。ま、なんとなく気持ちはわかるけどな。それで、その不思議なカミラちゃんは俺たちよりも上の住人ってことだよな? 十三階か十四階っていうと総務か秘書だろ? ああいうのは秘書にいねえから、つまりは総務ってことになるな。――よし、同期会を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます