悲しい作業/永劫につづく罰
3-1
僕は部屋の片づけをはじめた。
それは被害状況を
そのライターは五年前までつきあってた彼女(犬に見つめられてると
休日には集中して片づけた。朝からはじめ、カップラーメンを食べてからもつづけた。三時くらいには疲れ果て、コーヒーを飲みたい気分になった。ただ、コーヒーメーカーもなくなっている。
三割ほど整理のついた部屋を
適当に文庫本を取り(それも床に放ってあったものだ)、僕はカフェへ向かった。そもそも一日で終わるような量じゃないのだ。ゆっくりやればいい。これは犯した過ちにたいする
それはなにかの罰で大きな岩を押し運ぶよう命じられた男の話だった。その男は急な斜面の頂上まで岩を運ばなければならない。しかし、運び終えた
カフェへ着くまでに僕は三匹の犬に
僕は落ち着かない気分になった。見えないなにかがくっついていて、それを見てるんじゃないか? そんなふうに思ったのだ。
馬鹿らしいけどそうでなかったらなんでこんなに見られるんだ? ほんと理解できないことばかりが起こってる。理解できないことに取り囲まれているのだ。
カフェは混んでいた。カウンター席に座り、僕は本を開いた。『ワインズバーグ・オハイオ』だった。学生の頃に一度読んだだけの、まだ持ってるとも思ってなかった本だ。適当にページを
なにかやむを得ない事情があって結果的に
僕は
「ルームメイトがいるんだけど、その子が男関係で
コーヒーを飲みながら僕は発言を洗い直してみた。その上で
「じゃ、うちに来るか?」と僕は言った。二人とも裸で、さらさらした布団にくるまりながらだった。
「そんな、悪いわ。だって私たちさっき会ったばかりじゃない」
「悪いことなんてないよ。そうしてくれた方がうれしいんだ」
彼女はじっと見つめてきた。軽くうなずき、僕は顔を近づけた。
「ありがと」
唇を離す瞬間に、彼女はそう
今となってはその名前だって本当のものかわからない。出身が秋田というのも、父親が水産加工の工場を経営してるというのも、大学生の妹がいるというのも、アパレルの店員をしていたというのも全部嘘なのだろう。だから、ストーカー男につきまとわれてるルームメイトも存在しないのだろうし、帰る場所だってちゃんとあったのだ。鍋や
本格的に泣きたくなってきたな。――いや、トラウマにとらわれていては駄目だ。立ち直るのだ。そして合コンに行き、新たな天使を見つけてやるんだ。そういった思いが強すぎたのだろう、店員が教えてくれるまで声をかけられてるのに気づかなかった。
「あっ、あっ、あの、」
「篠崎さん?」
僕は思いっきり首を上げた。彼女は「そうです、私は篠崎カミラです」とでもいうように激しくうなずいてる。
「あっ、あっ、あの、びっ、びっ、びっくりしました。だ、だって、さ、佐々木さんが、い、いるって、い、今まで、きっ、きっ、気づかなかった、も、ものですから」
「ってことは、前からいたの?」
「そ、そ、そうなんです。も、もう、か、帰るとこなんですが。きょ、今日は、せ、せ、先生と、いっ、いっ、一緒で、」
「先生?」
首を曲げると黒い幅広の帽子をかぶった太めの女が立っている。服も上下ともに黒で、持ってる財布までもが黒かった。全身黒ずくめというだけでもたんまり存在感があるのに、長いネックレスをじゃらじゃらと何本もかけていた。まったくいかにもな人物だ。宗教的な、あるいはスピリチュアルな臭いがぷんぷんしてくる。
「あっ、あっ、あの、さ、佐々木さん、こ、この前の、お、お話、で、で、できれば、は、早いうちに、お、お時間を、つ、つくって、も、もらえませんか? と、とても、じゅ、重要な、こ、ことなんです。ほ、ほ、本当に、じゅ、重要なんです」
「カミラ!」
「来なさい! 帰るわよ!」
「あっ、あの、さ、佐々木さん、」
肩をすくめさせ、僕は「呼ばれてるよ」とだけ言った。彼女は背筋を伸ばし(そうなると急に巨大化してみえた)、唇を引き
いったいなんだったんだ? なんでこんなとこであの女に会う? しかも、『先生』ってのまであらわれたもんな。
僕は首を振った。わかりにくい疑念の他にも気になることがあったのだ。それはあの女から受けた印象に原因があるようだった。しかし、そっちはすぐにわかった。――そうか、眼鏡をかけてなかったんだな。
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