第34話 戦闘メイドは伊達じゃない

「──という感じ。気付いてた?」


「……お前ってやつは」


「メイド服じゃないのは許して欲しい。着替える暇がなかった」


「別にそこは気にしてねぇよ」


 全身の痛みが吹き飛んだかのように俺は思わず笑ってしまった。比良咲の下落した想いさえも忘れさせ、彼女も目を細めている。

 張り詰めていた雰囲気も胡桃のおかげでやんわり和む。ただし敵対している四人組は逆行し、一層嫌なオーラを放った。


「俺たちを無視して呑気に世間話してんじゃねぇーよ!」


 相棒がやられて不満に思ったのか、体格が良い男が胡桃に殴り掛かる。しかし何度攻撃を繰り返しても、拳は宙を切った。それなりに様になっているパンチだが、胡桃は全て軽々しく避けていくのだ。


「目障り」


 胡桃は隙を見抜き、刃向かってくる男の腹へ発勁で打ち返した。見事に急所を貫き、男の体制が崩れる。さらに男の腕を巧みに操り、背負い投げで最後のトドメを指す。大柄な男は瀕死状態で倒れ込んだ。

 常識的に考えて、小さな身体でやって見せる技では到底なかった。


 そういえば、真由美さんがメイド修行の一環で武術も身に付けたって言ってたな。やべぇ、戦闘メイドだ。


「ちょ、ちょっと! いきなり何してくれんのよ!」


「それな〜、暴力反対〜」


 王道ギャルと清楚ギャルが胡桃の前に立ちはだかる。清楚ギャルに関してはポットでの脇役でしかないのに一番堂々としている。今まさに頭で腹を抱え、俺をぶっ殴ってた奴に言った方がいいセリフだ。


「あなたたち、いい加減したら?」


 胡桃は彼女らに鋭い視線を送りつけながら語り掛ける。明確に怒りのパラメータが増幅していた。声音にも、瞳にも、彼女の意志が取り憑いている。


「元クラスメイトの芋っ子、莉奈が羨ましいからそんな意地悪をしている。私が言ってること違う?」


「そんなわけないでしょ。こんな奴のどこが」


「ならそれは自覚していないだけ。そこの彼がほとんど言いたいことを言ってくれた。だから私からは一つ……」


 胡桃はチラッと俺を見てから会話を紡ぐ。


「あなたは嫉妬しているの。比良咲莉奈という女の子に負けを認めたくないから、昔を持ち込んでバカにする。はっきり言わせてもらうけど、あなたを含めて、全員ダサい。莉奈よりよっぽど陰気臭い芋っ子よ」


 ギャル二人は胡桃の威圧に圧倒され、言葉を失う。

 すると胡桃は今度地面に座り込んでいるイキリ野郎の近くに移動する。目の前で激怒をぶつけるように胡桃が足を踏み鳴らすと、イキリ野郎はヒィッと怯えた声を口から漏らした。


「これは私に迷惑を掛けたお返し。本当はあの時にやり返したかったけど、店のことを考えてやめておいた」


 拍子抜けを良いところでイキリ野郎は情けない表情で完全に屈している。お漏らしをしそうな恐怖が植え付けられていた。


「あなたたちに告げる。次からは容赦しない。骨を折るくらいの覚悟は私にもある。だからこれ以上、私の大切なに関わらないで」


 イキリ野郎はボソッと何かを呟く。


「……らない」


「もっと大きな声で」


「今後、お前たちには近寄らない。約束する」


 嘘を付いているようには思えない。彼の瞳の奥が服従している色に変わった。

 次は王道ギャルからの返答を待つ。


「あなたは?」


「……分かったわよ。私が悪かった」


 苛立ちと屈辱を抱き、下唇を噛んでいるものの、王道ギャルもこれ以上揉める気はないらしい。

 負けを認めた二人を筆頭に、柄悪四人組は俺たちの元から姿を消した。

 

 これで一件落着か。


 その途端、アドレナリンが急激に低下したのか、俺はバタリと地面に崩れ落ちてしまう。


「根岸くん! しっかりして!」


 比良咲の呼び声に耳を澄ましながら俺は気を失った。

 

 ***


 俺は見覚えない部屋で目を覚ました。

 まず出迎えてくれたの変哲のない天井。

 次点で気になるのが頭に当たる柔らかい感触。モチモチでひんやりしている枕として申し分ない機能を備えている何か。


「おはよう」


 突如、そう言って胡桃が俺の視界に顔を出してきた。

 俺は反射的に身体を起こしてしまい、自分のおでこと胡桃のおでこがぶつかり合う。頭が割れような痛みがガチンと走った。


「っー、頭が……」


「痛い」


 胡桃のおでこは赤く色付いている。両手で触り、正確な位置を探ろうとしている姿は素直に愛らしい。

 余談だが、胡桃は俺が寝ている間にセーラー服からメイド服に着替えていた。


「もしかして、また膝枕されてたのか?」


「これで二回目」


 デジャブというか、妙にすんなり受け入れられているのはそのせいなのだろう。この短期間で二回、要するに二回も情けない寝顔を見られてしまったというわけだ。恥ずかしいったらありゃしない。


「根岸くん、またってどういうこと? いつ胡桃に膝枕されたのよ」


 俺は今更比良咲の存在に気付いた。彼女は腕を組みながら目を尖らせる。理不尽過ぎる狂気の視線が突き刺さった。


「グーを出して、じゃんけんに勝ってれば私がしてたのに……」


 ムッと頬を膨らます比良咲は幼い可愛さ全開。改めて俺は恵まれてる環境にいるんだなと実感してしまう。


「えーっと、深い理由がありまして……」


「……胡桃があんたの義妹ってことと何か関係してるわけ?」


「は⁉︎ なんでそれを知って──」


 思いもよらない比良咲の発言に俺は慌てて反応する。けれどその瞬間、みぞおちと頬に激痛が襲い、上手く口が動かなかった。


「ちょっと大丈夫⁉︎ いきなり動いたらそうなるに決まってるでしょ!」


 いつの間にか、俺の身体にはガーゼやら絆創膏やらで怪我の手当がされていた。途端に消毒液が頬に染みる。長距離を走っている最中に発生する脇腹の痛みに近い感覚が再発した。


「公園であなたが意識を失ったから私の部屋で手当したのよ。外傷は一通り処置したけど、やっぱり相当蓄積されてるみたい。私のせいでこんな目に……何をお詫びすればいいか」


「謝る必要なんてないさ。……それよりどうして比良咲が俺と胡桃が兄妹だってこと知ってんだ?」


「私が話した」


 綺麗な正座をしたまま胡桃は比良咲の代わりに返答した。


「こんな騒ぎになったからには私たちのことを隠しておくのはおかしいと思った。ごめんなさい。和音くんとの約束守らなくて」


「いいや、俺もそろそろ潮時だと思ってから問題ない。代わりに伝えてくれてありがとう」


 いつかはバレるものだし、胡桃の意見には同感だ。比良咲を隠し事を知ったからにはそれ同等の情報を開示しなければならないと思っていた。これからも比良咲と関わっていくうえで、一つの区切りとしてちょうどいいタイミングだろう。


「二人とも、今回は本当にごめんなさい!」


 間を割り込んで比良咲は柄にもなく俺たちに頭を下げた。


「比良咲、謝る必要なんてどこにある。終わった話だろ? それに俺が怪我を負ったのは自分の弱さだ。何の考えも無しに突っ込んでいった俺が悪い」


「その通り。私もあんな人たちを懲らしめられてスッキリしている。それに感謝したいくらいだから」


「感謝?」


「……えぇ、感謝。おかけで私の本当の気持ちに気付くことが出来た」


 ドキッと心が揺さぶられる。普通に会話しているが、そういや俺は胡桃に大嫌い宣言をしていたのだ。彼女の心を傷付け、疎遠になっていたはず。


「和音くん……」


「ん? なんだよ」


 発言の責任を取らなければと思い、威厳を保った態度で示す。


「私は、和音くんに言われてから色々考えた。本当に嫌いだったらどうしよう、私のこの想いが偽物だったらどうしようって。でね、分かった。私の本当の気持ちが何なのか」


 この話の流れ的に俺の思い描く目標を達成したと見てる。寂しいような嬉しいような、今まで過ごしてきた胡桃との擬似メイド関係がフラッシュバックしてきた。


「私はあなたを愛している」


「いや〜、分かってくれて良かったわ。これでようやく──え、今なんて言った?」


 耳を疑う。俺が想定していた内容とは全く別物なのだから。


「私はあなたを愛してる。これが正真正銘、私の本物の想い」


 急に羞恥心が込み上げてきたのか、胡桃の頬がピンク色に染まっていく。こんなの初めてだ。多少の感情の露出はあるものの、彼女はどんな時でも無口で無表情。けれど今は口と身体をもじもじ動かし、完全にデレていた。


「愛してるってあんた本気なの⁉︎」


 何故か比良咲まで耳を真っ赤にしてテンションが上がっている。

 もちろん、俺も例外ではない。胡桃のひょんな変化球は目に毒だった。


「本気……何も言ってくれないの?」


「待ってくれ。あの時言ったよな? 俺はお前が嫌いだって、お前の俺に対する想いは偽物だって」


「和音くんがそんなこと本気で言わないことくらい分かってる。優しい人だから、私のために嘘を付いた」


 的を射抜いているため、言葉に詰まる。


「だったらその想いはどうなんだ。美化された偽物かもしれないんだぞ」


「偽物が本物に劣るとは限らない。偽物を磨けばいくらでも本物に変わる。ましてや、この想いがたとえ偽物だったとしても構わない。一番重要なのが私が納得出来るか。私は納得している。だからこれが私の本物」


「……俺は納得出来ねぇよ」


 こんなの許容範囲外だ。否定したところで偽物を本物呼ばわりされたら、何も言い返せない。反論されるのなんて目に見えている。


「私が和音くん以外の人を見ないことを懸念しているのなら心配いらない。私には大切な友達が出来たから」


 その友達とは言わずもがな、比良咲莉奈。


「大切な友達が出来たなら、根岸くんなんて必要ないわよね?」


 比良咲が眉を顰めながら胡桃に近寄っていく。


「いいえ、私にとって必要不可欠な存在。莉奈には関係のない。それともなに? 文句があるならはっきり言って」


 対して胡桃はその場を立ち上がり、迎え撃つように比良咲と対面した。


「そ、それは……要するにあれよ、根岸くんが嫌がることはしない方がいいんじゃないかしら?」


「嫌がることはしない。逆に望むことは何でもする。莉奈と違って、私は和音くんに全てを捧げる覚悟が出来てる」


 互いに膨れた胸を突き出し、向かい合うメイド二人。胸同士の距離は一ミリ未満。当たりそうで当たっていなかった。


「ほんとあんたは相変わらず変わってるわね」


「そっちこそ相変わらず素直じゃない。けど、容赦しない。負けない。最後に笑うのは私」


 何を求めて戦っているのかは分からないけれど、二人の意見を交わす光景はまさしく友達のあるべき形である。

 呆れ返っていた比良咲は小さな微笑みを零すと、胡桃をそっと抱き締めた。


「な、なに?」


「改めて、私を助けてくれてありがとう。私を叱ってくれてありがとう。私を守ってくれてありがとう。私を大切な友達と言ってくれてありがとう」


 比良咲は優しい力で一層胡桃の身体を包み込む。その表情は安らぎで満たされていた。


「……ちょ、離れて。あなたらしくない」


 胡桃は恥ずかしのあまり顔を紅潮させる。


「今日だけ素直になってあげるんだから。我慢しなさいよ」


 比良咲も頬を赤く染め、照れていた。

 胡桃が俺だけを見るのではなく、他人への興味も抱くようにする。その目的を二人を見て判断するなら、悲願の達成ということで良いのだろうか。

 ふと、比良咲と視線が合う。


「根岸くんも、その……ありがとう。私を助けに来てくれた時、すごいかっこよかった」


 すっかり外は夕暮れ時。カーテンを閉めていない窓からは黄金色の光が差し込んでいる。その光は目の前の少女たちへ可憐に凝縮され、いつにも増して美しく輝いていた。


「……そうか。なら、やられた甲斐あったわ」


 こうして俺たちは各々が抱えた問題を解決したのだった。

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