第33話 私の日常 佐倉胡桃side

 私は、根岸和音くんのことを誰よりも愛している。

 大大大大大大大大大大大大大大大大大好き。

 この気持ちは昔から変わらない。

 だからお母さんに和音くんのお父さんと再婚すると聞かされた時、私は嬉しかった。ようやく和音くんと会える。和音くんのメイドになれる。和音の側にずっといられる。和音くんの妹になれる。

 そして久しぶりの再会。

 和音くんは相変わらずイケメンで、優しい男の子だった。見てるだけで満足。欲望を言えば、舐め回したいくらい抱き締めたかった。

 その想いが募り過ぎて、あの日私は──。


『私の気持ち。義理の妹と同時に、私を和音くんの専属メイドにしてほしい』


 と、真っ先に言ってしまったのだ。

 本当ならもっとゆっくり歩み寄っていこうといていたのだけど、我慢の限界でつい宣言してしまった。けど元からお願いするつもりだったので、仕方ない。


 全てを捧げてるつもりで私はこうして和音くんのメイドになった。


 和音くんとの新しい生活はとにかく新鮮で、何もかもご褒美のようなものだった。

 和音くんと初めての共同で行った引越し作業。制服着替えの手伝い。朝の登校。何より朝昼晩と和音くんの食事作りが生き甲斐。私が作った食べ物が彼の体を形成していく。たまらなく興奮してしまう。これだけでご飯何杯もいけそう。

 けど、二つだけ不満点があった。

 一つ目は、和音くんが私を全く受け入れてくれないこと。

 どうして求めてくれないの? 私知ってる。和音くんが私を大好きなことくらい。メイドを服を着た可愛い女の子を好きにならないはずがない。照れたり、私との関係を他人に隠すってことはそういうことだよね? それなのに手を出してくれない。私はいつでもエッチなことしたい。ま、そういうところも可愛くて大好き。

 それでもう一つ目は比良咲莉奈の存在。

 私のライバル。あれは完全和音くんに好意を寄せている女の目。息の根を止めようとも考えた。彼に近寄る女は全て敵。排除すべき害虫。


 だというのに、和音くんはそんなライバルと友達になってと言ってきた。

 理解出来なかった。私にはあなたさえいればいい。あなた以外に何も必要ないのに。そもそも私に友達なんて出来るはずない。


 ──あなたといるとつまらない。

 ──何考えてるか分からない。

 ──ロボットだ。

 

 そんな悪口を言われるに決まってる。

 それでも私は彼がどうしてもと言うから、仕方なく友達になることにした。和音くんに嫌われたくない。和音くんが側にいてくれるなら昔のように耐えられる気がした。その一心で。

 けど、今思えば、それを断っていたらこんな想いにはならなかったはず。

 友達として莉奈と接していくうちによく分からない感情が生まれた。失いたくない、大切にしたい。そんな初めて味わう胸苦しさ。

 和音くんはそれが友達だと言っていたけど、私にはよく分からない。


 いや、今となってはもうそんなこと正直どうでもいい。


『だから俺は──お前と幼馴染になったこと、それから義理の兄妹になったことが人生最大の不幸だった』


 私の頭は和音くんのその言葉で一杯だった。


 一体あれはどういう意味? 和音くんは私のことが好きなはずなのに、なんであんなこと言うの? 


 けど、私はあの時何も言い返せなかった。

 筋は通っている。実際、私は和音くんしか見ていない。他の人の顔が野菜に錯覚するくらい意識から外している。何より、和音くんの言葉を否定しなくなかった。

 そしてその後、色々と考えた結果──。


 あ、そうだ。これは和音くんが私の愛を確かめようとしている試練なんだ。


 という結論に至った。

 誰よりも思ってくれている和音くんが私を傷付けるような行為をするわけがない。きっと莉奈のことばかり考えていた私に対する嫉妬。全く、和音くんは相変わらず素直じゃない。

 ただ、確証はなかった。もしかしたら本当に私のことが嫌いなのかもしれない。和音くんへのこの想いが偽物なのかもしれない。

 そんな思考がへばり付く。


 だから私はその翌日の日曜日から和音くんのストーキングを始めた。


 日曜日の彼の行動は、昼前に起床。朝食とランチを同時に食べると、本屋に出掛けた。帰り道にはコンビニでアイスを買い、帰宅。自室では小説を読んだり、ゲームをしたり、趣味に没頭していた。よかった、隠しカメラを設置しておいて。これで側にいられなくてもカッコいい和音くんの素顔を拝める。

 それから今日の月曜日、私は和音くんが家を出たすぐ後に登校を始め、常に遠くで見守っていた。授業中も、昼休みも。休み時間中、古島さんと話している時だってストーキングしていた。近くで見ていたらバレそうだったため、その時だけは何を話しているのか分からなかったけれど。

 一度帰宅して和音くんが玄関を開けた時見た、彼の悲しい顔を私は忘れない。本当だったら、メイドの私がお出迎えしている。悔しかった。

 そうして迎えた莉奈の元クラスメイト一味との対面。

 遅れてやってくる最高のヒーロー。頼もしい背中で彼女らの前に現れる光景はやっぱりカッコよかった。


『俺はあんたの言う芋っ子の比良咲を知らない。だけど、今の彼女は芋っ子じゃない。いい加減、俺の大切な人をバカにするのはやめろ』


 私には関係のない話だけど、その言葉はとにかくカッコよかった。これじゃあ莉奈も和音くんに惚れてしまうのも仕方ないなと思った。だってカッコいいから。あぁ羨ましい。


「……、……何が卑怯だって⁉︎」


 迷惑客だった男が私の和音くんに暴力を振る。


 あの男、許さない。


 私は憎たらしい男に殺意が芽生え、突入する覚悟を決めた。


『大丈夫、お前は手を出すな。ここで暴力を振るったらこいつらと同等のクズ野郎に成れ果てるぞ。それでもいいのか?』


 しかし和音くんの言葉でグッと心を収める。莉奈に対して言っていると分かってたとしても、私にも向けられていると思い込んでしまった。

 それに私は心の中でまだあの発言を引きずり、怖がっていた。

 もしかしたら本当に私のことが嫌いなのかもしれない、和音くんへのこの想いが偽物なのかもしれないと。

 

『適当なことを言うな……あいつは物じゃねぇんだぞ!』


 和音くんの言葉が心に響く。


『道具は道具だよ。ロボットみてーな表情しやがって、やらせてくれって頼んだら快く承諾してくれそうじゃねぇーか。メイド服だって、みんなに自分のいやらしい身体を見てほしいっていうアピールなんだろ? じゃなきゃ、あんな街中でメイド服を着るわけねぇーもんな!』


 憎たらしい男の言葉が心に突き刺さる。


『あいつを何も知らないあんたにそんなこと言う資格なんてない。少し変わってるところもあるが、あいつはどこにでもいる不器用な女の子だ。友達の作り方を分からなくて、本当の恋心を知らなくて、彼女なりのトラウマに悩んでいる。そんな普通の女の子だ』


 和音の言葉が心に響く。


『──だから、今すぐその言葉取り消せって言ってんだよ!』


 その瞬間、私の胸の奥で渦巻いていた悩みがガラスのように弾け飛んだ。


 今まで何を悩んでた。和音くんが私を嫌いだから何? 私が愛しているんだからそれでいい。見返りを求める必要はなかった。メイドは主人に尽くすもの。

 そう、私は──ただ和音くんの側にいたいだけ。尽くしたいだけだった。


 身を潜めていた場所から私は勢い良く駆け出した。

 小学生の頃、和音くんに言われた言葉を思い出す。


『そんなんだからダメなんだ。やっぱり、お前は俺が守ってあげないと心配でしょうがない』


 今度は私が和音くんを守るんだ。そのためにメイドになったのだから。


 そしてメイドの修行で身に付けた武術で、想い人を襲う男の腹を私は横蹴りした。

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