第31話 私は負けない 比良咲莉奈side②
月曜日の喫茶店。
やっぱり二人とも、今日は来ないみたいね。
私はメイド服で働いていると、ふとそんなことを思いながら出入り口を見てしまう。いつもなら到着してもいい時間帯。自分であんな突き放しといて心細くなっていいはずないけど、店の雰囲気はジメついていた。
学校で一度も話さなかったし、これでもう終わりなのかな。そんなの嫌! 変わるって決めたんだ! ちゃんと明日は謝ろう!
あれだけ二日前泣いたおかげで、思いの外心がスッキリしている。謝るなんて柄じゃないことくらい分かってる。でも、私はあの二人と仲直りしたい。私がちゃんと謝れさえすれば、受け入れてくれるはず。あの二人はそういう人たちだから。
それはそうと、どうして二人まで離れ離れになってるんだろ。何かあったのかな?
私は頬を両手で叩き、気合を入れる。
カランコロンと喫茶店の扉が開き、ホールとしての仕事を全うするため、笑顔を繕ってお客さんを出迎えに行った。
「いらっしゃま……」
だけど私はその笑顔をすぐに無くしてしまう。
「うわ、ほんとにメイド服で接客してんだ〜」
新たに入店してきたお客さんは男女四人組。
***
私は相川さんたちに連れられて、近くの公園に移動した。
根岸くんと胡桃と三人で打ち明け話をした場所だ。そこまで大きくなく、周囲に幼稚園などがないせいか、他の人に訪れている人は見渡らなかった。
私に用があるのは相川さんと若い迷惑客だけらしい。その他の二人は少し離れた位置で私たちを見ているだけ。
「話したいことってなんですか?」
ぎこちなくも私は相川さんに質問する。
「いや〜、先輩にこの前教えてもらってさ〜。ほんとかどうか知りたくて来ちゃったんだよね〜。あ、ちなみに先輩っていうのはこの人ね。今大学生の私の彼氏。で、あんたが追い返した客。覚えてる?」
「おい、誰が追い返しただ。逃げてねぇーって言っただろ」
「誤魔化さなくてもいいですって。まぁ先輩のそういうところも好きなんですけどね〜」
「俺もお前のそういう意地悪なところ大好きだぜ」
相川さんとその彼氏は腕を巻き付け合い、ベタベタくっ付く。
私は何も見せられてるんだろう。
「それだけですか?」
「いやいや、そんなわけないでしょ〜。私の彼氏をコケにした責任を取ってもらうと思って会いに来たんだよね〜」
「責任? あの時、店に迷惑を掛けてたのは相川さんの彼氏ですよ? 逆に謝ってほしいくらいです」
私は怯えながらも初めて相川さんに言い返した。
「へ〜、そんなこと言うんだ〜」
「えぇ、敬語ももうやめる。はっきり言うけど、昔の私だと思わないで」
言った、言ってやったわ。
苛立った様子で睨み付けてくる相川さんから私は逃げない。生まれたての子鹿のように身体が少し震えている。内心はちょっぴり怖いけど、真っ直ぐな瞳で迎え撃った。
変わるって決めたんだ。こんなところで怯えてたら、あの二人に顔向けできない。
「こいつから聞いたぜ。お前って元々眼鏡で陰気臭い芋っ子だったんだってな? よくもまぁそんな人間が俺をバカにしやがって」
「あなたが悪いんじゃない。それとも何? 彼女の前だから格好付けたいわけ?」
「あぁ?」
相川さんの彼氏は私を睨む。あながち間違ってなくて、図星なんだろうな。
「あなたは謝りもせず、あの場から逃げた。今更になってやり返しに来る時点でそういうことでしょ」
私が胡桃に説教し、胡桃が私に説教した文言。
──あなたらしくない。
宿命のように植え付けられたその言葉を思い出し、私はいつもの私らしく真っ向から対峙する。
「ハッハッハ! 正論言われてるじゃないですか! マジウケる〜!」
想定外にも相川さんが合いの手を重ねてくれる。彼氏に対してそんなこと言っていいのかと心配になるけど、相川さんはすぐに態度を変えた。静まり返った冷徹な視線で私を上から蔑んでくる。
「っていうか、ねぇ比良咲さん、何さっきから調子乗ってんの。その態度気に食わないし、うざいんですけど」
中学時代を彷彿とさせるような仕草。私の魂にその恐怖が植え付けられているのか、反射的に怯えてしまった。
「あんたは私の奴隷なの。勝手に反論してくるとか良い度胸ね」
「だから言ったよね? 私はもう昔の私じゃない。変わったのよ」
ううん、正確に言えば、まだ変わってないのかもしれない。これから根岸くんと胡桃にちゃんと謝るために乗り越えてみせるのよ。
「確かに見た目はそうね。見てるだけイライラしてくる陰気臭さが消えて、マシになったじゃない? メイド服も……ププッ、似合ってるんじゃん」
相川さんは改めて私のメイド姿を見ながら嘲笑う。
「けどさ、中身はぜーんぜん変わってないッ」
そして立て続けに憎たらしい表情で酷く悍ましい声音を吐き出してきた。
『あんたほんと間抜けね!』
『自分が気持ち悪いって自覚してないわけ?』
突如トラウマが蘇ってくる。貶されたあの過去の言葉が脳裏に響き渡った。
「何を言って……」
私は信念を曲げないように拳を握り締める。
「この前偶然会った時、ちょ〜びびってたじゃん。彼氏の背中に隠れて、ビクビク震えちゃってさ」
ピキッと私の胸の中で何かしらにひびが入る。同時に締め付けるような痛みが私を取り込んでいった。
「勘違いしないでほしい。久しぶり過ぎて驚いていただけ」
「へー、その割には顔真っ青だったけど?」
大丈夫。耳を貸しちゃダメ。
──何しょうもない発言を真に受けているのよ。
あの言葉を思い出せ、私……。自分で言ったんだからその責任は取るべきよ。
「おいおい、さっきの威勢はどうした? 俺をバカにメイドさんよぉ〜」
私と距離を詰めながらにやけ面が止まらない相川さんの彼氏。気持ち悪い香水の匂いが鼻を打つ。
「そもそもな話、私があんたのこと嫌いな理由知ってる? せっかくだから教えてあげる。言っとくけど、芋臭い外見じゃないから。──ボソボソしてて根暗な性格。とにかくそれが腹が立ってしょうがなかったの。要するにが見た目を変えたからって私には関係ない。相変わらずの比良咲さんで弄り甲斐がある芋っ子ってことなのよ」
二人の悪魔のような微笑みが私の体を舐め回してきた。途端に視界が薄暗くなり、どんどん負の感情へと飲み込まれていく。
ごめんなさい、私、ダメかも。
てっきり私がいじめられた理由は外見のせいだと思っていた。地味で暗い場所がよく似合う人間。
でも、現実はそうじゃなかった。
私の性格。引っ込み思案で根暗な私。克服して変えられたと思っても、どうしても変えることが出来なかった唯一の懸念点が要因だった。
一体私は今まで何をしてたんだろう。
虚しさと息苦しさが募り、私は溢れ出しそうな涙を必死に押さえ付ける。
泣いちゃダメ。一昨日たくさん泣いたはずなのに、なんで私はまた……。
今ここで泣いてしまったら、何もかも失ってしまう気がする。それは自ら負けを認めたようなもの。
ほら私、さっさと何か言い返しなさいよ!
そう意気込んだとして、やっぱり硬直して動けない。
「比良咲、俺は素直になれなくて不器用な性格がお前らしいって思うぜ」
私が俯いて傲慢に耐えていると、突然そんな声音が耳に届いてきた。へばり付いた衷情が一瞬で消えてしまうほど優しい色。
それはまるで一種の麻薬のように取り込んだだけで幸福を得てしまう。
狭まった視界が御花畑のように色鮮やかに広がり、顔をゆっくり上げる。
「バイトをサボるとか俺でもしない。さっさと帰るぞ。お前がいないと俺の仕事が増えるんだからさ」
そこには私のヒーロー、根岸くんの姿があった。
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