第30話 芋っ子だった私 比良咲莉奈side①
なんて私は醜い人間なんだろ。
私が根岸くんと
左頬が未だに痛い。触れると腫れてヒリヒリしている後遺症が残っている感触がする。
しかし私はその痛みよりも、心の痛みの方がよっぽど神経を削っていた。時間が経てば経つほど、どうしてあんなことを言ってしまったのかと、後悔の念に心が汚染されていく。
胡桃には悪気がないことくらい分かってる。
だってあの子は不器用な子だから。
人見知りな女の子。自己紹介の時に地雷を踏んだり、根岸くんから離れなかったり、ろくに笑顔を作れなかったり。私に言ってくれたあの言葉も、彼女なりの励ましなことくらい分かってる。
分かってたはずなのに私は見栄を張って、関係ない根岸くんまで八つ当たりしてしまった。
そんな私がとにかく醜い。
──しょうもない発言を真に受けているのよ。
──あなたらしくない。
まさかその言葉をそのまま言い返させると思ってなかった。でも何も言い返せなかった。実際、その通り。昔のことなんてもう忘れたはずなのに、私は変わったはずなのに。だからやっぱり私は何も変わっていないんだ。昔の芋っ子で地味で根暗ままなんだ。
中学の時、私のあだ名は芋っ子だった。
長い黒髪を三つ編みにして、丸眼鏡を掛けていた文字通りの芋っ子。当時の私が何も考えてそんな格好をしていたかは分からないけど、それが自分らしさだと思っていたのだろう。
そして友達もいない、鈍臭くて常に一人でいるそんな私に目を付けたのが、相川さん。
クラスの中心に君臨する相川さんを筆頭にした女子グループが私をいじり始めた。その果てにいじめに変わっていった。上履きを隠されたり、教科書に落書きされたり。色々か嫌がらせを受けた。
相川さんが最低だとは思わなかった。いじめをしてしまうほど私が底辺な人間だから悪い。私が芋っ子でなければ、相川さんだっていじめをしなかったはずでしょ?
だから高校デビューすることを決めた。
眼鏡をコンタクトしにして、髪を明るい色に染めて、美容の勉強して、話題作りのために今流行りの物や会話が続きそうな趣味なんかをひたすら習得した。毎日鏡の前で笑顔を作る練習もしたっけな。
私が美容院で髪を染めて家に帰った時のお母さんとおじいちゃんの驚きは今でも覚えている。
けど、性格はどうしようも出来なかった。どんだけ外見を繕っても、話の中に私だけ入れない場面も多々あった。私をバカにしているような視線が突き刺さってくる感覚に襲われる。
だから夏休みに一回だけ、私は中学時代の自分の姿に戻って、学校に登校してみた。何か変われるきっかけになるんじゃないかって期待して。
その時、私は根岸和音という男に出会った。
彼は黄金のように輝く太陽の下で校内の草をむしっていた。体操着は汗でびしゃびしゃでかなり長い時間作業しているようだった。
よし、あの人に話しかけてみよう。
自分を変えるためにそう思い、私は自動販売機で買った水を携え、彼に近づいた。
「あ、あの、よければこれどうぞ……」
「え、いいんですか?」
「あっ、はい! 間違って一本余計に買ってしまったので!」
不審者を見たような戸惑いの視線を向けられた私はうんうんと頷きながら精一杯答える。初めて会った人と話すのがこんなに大変だとは知らなかった。
「どうぞ!」
頭を下げつつ、ペットボトルを彼に差し出す。
「ならお言葉に甘えて」
彼は私から受け取ると、作業を中断してゴクリと水を一気飲みした。
「生き返る〜! ったく、なんで俺がこんな目に遭ってるんだ」
「あなたはどうして一人で草むしりなんてしてるんですか?」
「担任の先生からやれって言われましてね。無垢な生徒をこき使うとか先生のすることじゃないと思いません? ……ばっくれてやろうかな」
露骨に口を吐く彼に自由な人だなぁと心底思った。
「先生に怒られたり、クラスメイトに見下されたりするのが怖くないんです?」
「見下されるわけないですよ。だってこんなの横暴じゃないですか」
「仕事を放棄してみんなから咎められるかもしれませんよ?」
「あー、確かに、サボったら連帯責任になる可能性があるからな。……けどまぁ、俺は見下されても構いませんね」
「いいんですか?」
「自分を偽ってまで嫌なことやるなんて絶対に嫌ですもん。周りのペースに飲まれない。自分の道は自分で決める。それが俺のモットーですから」
私は彼のその言葉で救われた。感銘を受けたと言うべきか、自分が悩んでいた問題が急にバカらしく思えてきた。
そしてそれから月日が流れ、高校二年生になった時、私は彼と同じクラスになった。
名前は根岸和音。
私が初めて恋をしてしまった相手。不真面目で適当な性格で特に尖った才能がない普通な男の子。それでも誰よりも優しくて大好きな私のヒーロー。
根岸くんはあの時の出来事を覚えていないんだろうな。私だと気付いてと言う方が無理話だけど、ちょっとだけムカッとしてしまう自分がいる。
ただ、私はその想いを決して根岸くんには伝えようとは思わなかった。
昔の私を知られたくないから。
昔の私を知って幻滅されたくないから。
せめて適度な距離を保ちながら、近くにはいようという心構えで学校生活を過ごしていた。
でも、そんな平和な日常はとある人物によって壊された。
それが根岸くんの幼馴染、胡桃の存在。
羨ましかった。
根岸くんに本音を伝えられて、側にいられて。そこは私がいたいのに。
しかも同い年の義理の妹まで出来るなんて、私そんなの知らない。知りたくなかった。
だから思わずあの日を境に、根岸くんと親密になろうとしてしまった。昼飯に誘ったり、バイトに誘ったり。彼に胡桃と友達になってほしいっていう要望を受け入れたのだって、本当は私が胡桃の場所にいたかったから。
けど、羨ましくて少しだけ恨んでいた胡桃にも辛い経験があった。その経験はどこか私と似ていて、好きな人も過去も似たもの同士なんだって親近感が生まれた。
で、この末路がこのありさまだ。
二人と親密になり過ぎた結果、私の過去、昔の醜い自分を知られてしまった。
私はバカだ。
こうなるんだったら、初めから二人と仲良くなるんじゃなかった。
私の涙はどんなに拭き取っても止まらない。それはまるで二人への想いが瓶から溢れ出す勢いだった。
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