第29話 嵐の前の静けさ
エプロンを家から持ち出し、俺はバイト先であるサクラ喫茶に向かいながら頭の中で情報整理を行った。
とりあえずこの前
まず比良咲と話をしなければ何も始まらない。
中学時代の話はなんとなくいじめに遭っていたのだろうという憶測が立つ。だから俺が比良咲から聞きたいのは、本音の部分。
その辺のことを成り行きで聞きたいなぁと思っている。追い返されるかもしれないが、その時はその時に考えるとしよう。最悪強行突破に出来る覚悟で臨むまでだ。
それに現実問題、俺はバイトという雇われの身。二人も急に欠勤したら、店の営業が崩壊してしまう可能性がある。というか、真っ先に思い浮かぶのは比良咲の母親、店長の鬼のような怒った形相。今度会った時にケツバッドをされそうで怖いのだ。
兎にも角にも、気楽に行こう。
そんな感じに肩の力を抜きながら二人の少女のために働くダークヒーローとしての責務を全うするため、俺はサクラ喫茶に訪れた。
しかしその気の緩みを締め付けるような事件が俺を待っていた。
「おや、
店のキッチンには比良咲の祖父であるマスターが営業していた。
「すいません。あいつ急用が出来たみたいで来れないらしいです」
「急用か。なら仕方ない、今日は私が代わりに入るしかないようだね」
「店長はいないんですか?」
「友達と女子会をすると言って出かけたよ。しばらくの間は帰ってこないだろう」
「そうなんですね。……それより、お孫さんは?」
店長もそうなのだが、比良咲の姿が見渡らなかった。一度帰宅した時間が生まれてしまったため、てっきり先にホールの仕事をしていると思っていたのだが、店内には所々に座る客しか存在しない。
「莉奈なら、さっき四人組の男女と一緒に店を出て行ったよ」
マスターのさり気ない発言によって、俺の身体に電気を流したような感覚が襲う。
「……四人組ってまさか」
俺の頭の中に想像もしたくない光景が焼き付いてくる。確実性はもちろんない。それでも四人組の男女と聞いて、思い浮かぶ人物は彼ら彼女らしかいなかった。
「根岸くん心当たりがあるのかい? 君と違って少し派手というか、柄が悪い人たちで。莉奈はその人たちを友達と呼んでいたんだが、少し心配だね」
比良咲なら言いそうな誤魔化しで、より信憑性が高まっていく。
「マスター! どこに行くって言ってました⁉︎」
「さぁ、そこまで遠くにまでは行かないと思うが……」
「すいません! ちょっとあいつのこと迎えに行ってきます!」
鞄を店の邪魔にならない場所に投げ込み、俺は急いで辺りを捜索しようと身体の向きを変えた。
考え過ぎかもしれないが、どうしても最悪な状況が払拭出来ないのだ。
胡桃にいちゃもんを付けたイキリ野郎と比良咲の元クラスメイトの王道ギャル一味。
テンプレ的に性格が悪そうなあいつらだったらやりかねない行為だからだ。
「根岸くん、孫のことを頼むよ」
ドアノブに手を掛ける寸前で、マスターに激励の言葉を伝えられる。俺の焦り具合から只事ではないと察したのか、その表情からは不安が溢れていた。
「任せてください。必ず連れて帰ってきますから」
自分に目標を言い聞かせるためにもそう宣言すると、俺は店内を飛び出す。
エプロンを忘れさえしなければ、俺もその場にいたかもしれない! やっぱり俺はとことん出来損ないな人間だ!
この時は誰かから逃げるためではなく、誰かを探すために全力で街中を走り抜けていった。
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