終章 連れ子の少女は無口で無表情なメイド

第28話 初めて変わるメイドとの風景

 週を明けた月曜日。

 俺たちのクラスはまた一段と変わった空気が流れていた。殺伐とした息苦しさが辺りを漂う。それなりに平和な教室が異様な静かさを纏っているのだ。

 しかも教室の中心にはほとんどのクラスメイトが着席していない。みんな円状に並んで立ち、端に集まっていた。

 ただしそんな中、椅子に座って黙り込んでいる生徒が三名だけいた。その三名とは俺、胡桃くるみ比良咲ひらざき。このメンバーである。

 また、クラスメイトの不安そうな視線がその三名に集中している状況だった。


「三人とも今日一度も話してないよね? 何かあったのかな?」

「喧嘩とか? でも喧嘩にしてはすごい空気が重いよね」


 女子生徒の会話がちらほら耳に入ってくる。


 喧嘩なら、どんなに楽だったことか。


 周囲の環境を再認識したところで、俺はそんなことを思いながら吐息を漏らした。

 クラスの雰囲気が殺伐としている元凶は、紛れもなく俺たちにあるのだろう。見る限りでは、俺を含めて胡桃も比良咲も、誰一人としてこの前起きた出来事をクラスメイトに暴露していなかった。

 つまりクラスメイトは俺たちの様子を察して何かあったのではないかと予想を立てているのだ。毎日騒いでいた三人組が途端に話さなくなったとなれば、誰が見てもそう考えて当然なのかもしれないが。

 ちなみに男子に至っては──。


「ざまぁみろ。こうなる運命だったんだ」

「呪った甲斐があったぜ」


 などなど、平常運転で刺々しい言葉を呟いていた。しかし口ではそう言っているものの、どこか心配そうな瞳で俺たちを眺めている。決して仲が悪いではない。こう見えても歴とした友達だ。彼らなりの励ましなのだと思う。


 まぁ、二人と破局状態になってしまう展開になるとは薄々感じていた。

 比良咲が俺と胡桃に向けた絶交宣言。それから俺が胡桃に向けた存在否定。それぞれの関係を断ち切った結果、こうなるはずだろうと想定済み。

 案の定、胡桃とはあの日以降、家の中でも一切会話をしていない。そもそも胡桃自体を見かけた記憶がないほどに疎遠になっている現状だ。


和音かずね、今日の昼飯どうするんだ?」


 正面に座っている俺のメガネ親友──斗真とうまは相変わらず能天気に話を振ってきた。

 彼も俺たちの状況に気付いているはずなのに、まだ何も質問してこない。あえて触れないようにしている心優しい奴なのか、それともいつものように単純にこの状況を楽しんでいるのかは分からないけれど、今はその何気ない態度が嬉しかった。


「その前に次の休み時間、相談したいことがあるんだけどいいか?」


 思い切って聞いてみると、斗真は少し驚いたような表情をするが、すぐに笑ってお茶を濁す。


「お、いいぜ? 恋愛相談ならどんと俺に任せておけ!」


 こういう時に頼りたくなる相手ってのが、親友みたいなところでもあるんだろう。


 ***

 

 そうして授業が終わり、やってきた次の休み時間。俺と斗真は号令が終わったと同時に教室去り、人通りが少ない渡り廊下へ足を運んだ。


「で、何があった?」

 

 斗真は開けられた窓枠に身を乗り出すように寄りかかりながら聞く耳を立てる。そこにはおちゃらけたいつもの斗真らしさはなく、真剣な仕草で俺を見ていた。

 そんな彼に、俺は隣で快晴の青空を眺めながらこれまでの経緯を話し始めた。

 今回の騒動だけではない。

 胡桃との関係性諸々、全て暴露することにした。

 父親が再婚した相手の連れ子が胡桃で、義理の兄妹になったことから、専属メイドにしてほしいという衝撃的な発言。そして今までどんな生活を送ってきたか断片的に切り取り、最後は先日の騒動を詳しく説明する。

 こんな事実を平和な日常の中で伝えたら、彼はきっと他のクラスメイトに面白おかしく伝えるはずだ。俺で話のネタを作り、苦しむ俺を笑う。いつものようにだ。

 しかし今回はそんなことをしないという確証があった。

 古島斗真はメリハリがはっきりしている人間なのだ。俺が落ち込んでいる時は元気付ける言葉をかけてくれたり、真剣になって考えている時は寄り添って相談に乗ってくれたり。こう見えて頼りになる存在だ。

 実際、俺が話している間は真面目な表情で聞いてくれていた。


「──ってなわけで、俺は今二人と話しずらい関係になってるんだ」


「……お前、青春送ってて羨ましいな」


 長ったらしく一人で場を繋げ終わった後、斗真が放った一言目は涙を浮かべているような話し方だった。


「羨ましいって……結構本気で相談してるんだけど」


「悪い悪い、恋愛に音沙汰なかった和音からこんな話されると思ってなくてさ」


 ヘラヘラと笑い飛ばす斗真の信用を他の底へ落としてやろうかと思ったが、一先ずそれは置いといて──。


「ていうか、驚かないのか? 俺と胡桃が義理の兄妹だったことに」


「いや別? だって驚くも何も、前々からそうなんじゃないかって疑ってたし」


「……え?」


 軽いノリで白状する斗真の言葉に、俺の声が裏返る。


「まさかお前、気付いてなかったと思ってたのか?」


「いつからだ?」


「初めからだよ。佐倉さんが転校してきた初日から。お前は佐倉さんとは違う妹が出来たって言ってたけど、どう考えてもタイムリー過ぎるだろ。……ただ、一番の決め手は弁当だ」


「弁当?」


「転校初日の昼休み、お前弁当だったよな? その時、自分が誰に作ってもらった弁当だと言ったのか覚えてるか?」


 確かあの日は下駄箱で胡桃から弁当を受け取ったんだっけな? それで俺は──。


『弁当? なんで突然また……あ、分かった。もしかして新しいお母さんの手作り弁当だな〜。羨ましい羨ましい。愛されてますね〜』

『うるさい。だから今日はここで待ってるから、一人で買ってきてくれ』


 案外覚えているもので、パッと頭の中に情景が浮かぶ。すると同時に斗真が言わんとする内容が駆け巡った。


「お母さんの弁当だと突き通した」


「そう。けど、あれはお前の母親が作った弁当じゃなかった。なぜならそれは──」


「中身が違うから」


「ビンゴ」


 斗真はピシッと指の摩擦で音を鳴らし、正解の合図をする。


「嘘を付くってことはそれなりの理由があるはずだろ?」


「盲点だった」


 俺の弁当は二種類ある。胡桃が作った栄養バランスを考えられた理想的な弁当と、真由美さんが作ったザ・男子高校生的な大雑把弁当。

 そのことを斗真は知っている。

 最近自分を偽って色々なことを騙していたせいですっかり忘れていた。


「とはいえ、専属メイドは流石に驚いたぞ。なんだその漫画みたいな話。よく佐倉さんのペースに飲まれなかったな。俺なら正直、アウトなライン超えてたかもしれない」


「お前の言う通りだ。思春期真っ只中の高校生には耐え難いアプローチだったよ」


 腐っても俺は思春期の男子高校生。それから腐っても相手はスタイルが良い美少女。童貞を守り切ったことは褒めてくれてもいいのではないのだろうか。


「まぁ、そんな毎日はもう帰ってこないと思うけどな」


「後悔してんのか?」


「後悔はしてないさ。俺にはこうすることしか出来なかったから」


 俺がもっと器用な人間なら、他にも選択肢があったのかもしれないが、俺はそこまで頭が働く人間じゃない。手っ取り早く効力が凄まじいという、一点突破な策しか思い付かなかった。


「依存ねぇ……佐倉さんの気持ち、少しだけ分かるよ。この人しか考えられないっていう恋心は、一生降り掛かる呪いだと俺は思ってんだよね。忘れたくても忘れられない。その想いから逃れられない。それが想いを寄せる相手への依存であり、自分に対する束縛にもなり得る。だからお前の選択は、個人的な意見としては正しいんじゃねぇーか? 関係ない俺に言われて何様って思うかもしれないだろうけど……」


「いいや、そう言われるだけで間違ってなかったんだってホッとするよ」


 説得力がある斗真のセリフは心に開いた穴を埋めてくれるような気がして、少しだけ安心してしまう。


「でさ、比良咲は良いとして、結局はお前は佐倉さんとどういう関係になりたいんだよ」


「俺は……」


 言葉に詰まった。

 俺は胡桃とどうなりたいのか、これまで一度も考えたことなかった。いつも受け身として胡桃との関係を築いていたからだ。

 幼い頃からは幼馴染として面倒を見て、再会してからはメイドとして付き纏われる。胡桃から迫ってくるばかりで、俺から寄り添ったことが今まであるのだろうか。

 考えるまでも、それはない。

 本当にこんな最低な奴を好きになるとか、胡桃が逆に可哀想に思ってしまう。

 けれど悩んだ末、しっくりする願望が思い浮かんできた。


「斗真、ありがとう。お前に相談してよかったわ」


「お安い御用だ。頑張って青春を謳歌しろよ」


 見守る、見守られる。仕える、仕えられる。

 なんていう上下が生まれる関係を俺は望んでいなかった。

 おそらくこの気持ちは昔から変わらない。

 胡桃とは斗真や比良咲のような──対等な関係になりたかったんだ。


 そして時は流れ、ホームルームが終わり──。


「やべぇ、バイトのエプロン忘れた」


 今日は月曜日。

 鞄の中にエプロンがないことに今更ながら気付いた。放り投げたエプロンをそのままにしていたらしい。

 俺はその理由で一度家に帰宅し、玄関のドアを開ける。

 しかしそこにはいつもならいるはずの『和音くん、おかえり』と言って出迎えてくれるメイドの姿はなかった。

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