第25話 芋っ子とギャル

「あれ〜? どこの芋っこだと思ったら比良咲ひらざきさんじゃん〜。ちょ〜久しぶり〜〜」


 突如、俺たちの目の前に現れた少女の声音によって打ち消された。


「……ッ」


 比良咲はガクガクと身体を揺さぶる。まるでそれは怯えるような仕草で、彼女の瞳が恐怖に侵されていた。顔色は青ざめ、今にも泣き出しそうなほど恐れおののいている。

 二人組の女子。

 声を掛けてきた少女はいかにもギャル要素が詰まった外見をしていた。ザ・JK。くるりとウェーブが巻かれた明るい茶髪。マニキュアを塗ったピンクの爪。周囲に自分の身体を見せたいと告白しているような露出度が高い服装。俺のクラスには確実にいない陽キャである。


相川あいかわさん……」


 搾り取ったカスのような声音で比良咲はそのギャルに返事する。


恋子こいこどうしたん? 知り合い?」


「そうそう、中学の同級生。懐かし過ぎて思わず話しかけちゃった〜」


 ギャルに質問するその少女もまた、ギャルだった。

 けれど前者を王道ギャルと言うならば、後者は清楚系ギャル。蔑むようなクールな目元。おでこを出した黒髪ロングストレート。両耳に付いているハートの耳飾りが異様に目立っていた。見た目だけなら彼女の方が性格悪そう。


「比良咲、そうなのか?」


「……うん。まぁ一応」


 確認として念のため本人にも聞いてみると、比良咲は重々しく答える。

 その会話を見て、比良咲と俺が関係者だということを察したのか、王道ギャルと目線が合った。


「もしかしてあんた、比良咲さんの彼氏的な人? こんな芋っ子に彼氏いるとかまじで驚きなんだけど〜」


「……いや、別にそういうわけではないんですけど」


 見下されているような感覚で俺の前に立ち塞がる王道ギャル。


 やばい。何こいつ、感じ悪いなぁ。見てるだけで無性にイライラしてくるんだが……。というか、さっきから言ってる芋っ子ってなに? 比良咲と何か関係あんのか?


「否定しなくたっていいよ。地味で芋っこな比良咲さんとはお似合いだから。クラスの端っこにいそうな感じ〜」


「それ褒めてないないでしょー。ちょーかわいそうー。でも確かにモテなさそうな見た目してるよね。なんの取り柄もなさそうでなんか笑えるー」


 何もしていないのだが、俺はギャル二人から一本笑いを取った。けれどケラケラとする二人からは悪意しか感じられず、胸糞悪さが一層募っていくばかり。


「今の言葉、取り消して」


 と、そこへ割り込むように胡桃が会話の中に乱入した。


「どうして? 事実を言っただけですけど〜。っていうか、あんた誰? しかもこんなところでメイド服って、頭バッカじゃないの。こっちの方が笑えるわ〜」


「えぇー、いいなぁ。コスプレじゃーん。可愛いから私もちょーやりたーい」


 こちらもまたバカにするような笑うギャル二人。ギャルという生き物は常に人を貶すことしか出来ないのだろうか。少し会話をしただけで彼女たちの外見通り、性格の悪さが滲み出ている。とにかくうざい。


「けど、平凡な男とメイド服で可愛く見せている女。芋っ子の比良咲さんにはちょうどいい友達じゃん」


「さっきからなんだよお前ら。初対面でその言い方はないじゃねぇーか?」


「うわ〜、こわ〜い。怒ってんの? ごめんなさい。私思ったことすぐに口にしちゃう乙女なの〜」


「恋子そりゃないわー。乙女じゃなくて悪魔だわー」


 話が通じないとはこのことだ。いいや、話は通じているのかもしれない。ただ、それを聞いても聞く耳を持たない。これがギャルや陽キャの習性というものか。


「あと、さっきから比良咲を芋っ子呼ばわりしているが、どこが芋っ子なんだよ。こいつはクラスで人気な学級委員だぞ」


「根岸くん、もういい。ほっといて行くわよ」


 王道ギャルに強く言い返すと、比良咲は俺の袖を引っ張ってきた。唇の血の気が引き、か弱いその手は震えている。


「お前が良くても俺は良くねえーんだよ。こんな見るからに性根が腐ってる奴らに悪口言われる筋合いはない」


「は? 誰が性根が腐ってるって?」


「かっちーん。それは温厚な私でも看過出来ないんですんけどー」


 比良咲に向けられていたギャルたちの蔑む視線が俺に集中する。普段なら女子にこういう視線を浴びるのも悪くないのだが、今回はそうもいかない。吐き気がする。喧嘩腰になっても仕方ないだろう。


「あ、ひょっとして比良咲さん、中学生の頃の話を彼氏さんにしてないの?」


「なんの話だ?」


 王道ギャルは俺の返答に意地汚く目を細める。


「相川さん、やめて……」


 そして比良咲の拒否反応をもろともせず──。


──……。中学時代はこの子、メガネを掛けた薄汚い地味子だったんだよね? ね、比良咲さん?」


 比良咲は下を向いて黙り込んでしまう。俺の袖を掴む彼女の手は全身に電気が流れるような勢いで強く力が入った。助けを求めるようにすがり付いてくる想いが伝わってくる。

 衝撃のあまり、俺の思考は一度静止した。

 俺は比良咲の中学時代を知らない。だからこのギャルが嘘を付いてる可能性もあるのかもしれないが、比良咲の反応から察するにこれは紛れもない事実だ。

 こんな弱った比良咲を俺は初めて目の当たりにした。

 

「お前ら、いつまで待たせるんだ」


 比良咲が絶望に暮れていると、またしても俺たちの元へ次なる刺客が現れた。

 めんどくさそうに近寄ってくる二人組の男。

 一人は俺より一回りを体格が良い男。スポーツを明らかにやってそうな見た目をしており、とてもじゃないが高校生とは思えない身体付きと雰囲気をしている。

  もう一人はワックスで固めた明るい茶髪で、柄の悪さが目に見えて分かる陽キャ。そしてその男は──。


「あ? お前らって喫茶店の……」


 間違いない。こんな偶然あるのだろうか。数日前、胡桃と比良咲が仲良くなるきっかけになった出来事を引き起こした大学生くらいの青年、通称イキリ野郎だった。

 

「この子の事知ってるんですか?」


「あぁちょっとな」


 イキリ野郎は王道ギャルに質問されると、多少困りながらも俺たちを睨み付けてくる。先日の問題を未だ根に持っているらしい。


「つか、そんなのに構ってないでさっさと行くぞ」


「は〜い、分かりました〜。じゃあ比良咲さん、彼氏とお幸せにねぇ〜」


「こっちはまだ話終わってないぞ」


「大丈夫……私は、大丈夫だから」


 足軽にこの場を去っていく王道ギャルを呼び止める俺を、比良咲は弱り切った声音で収める。

 俺の袖を掴んでいた比良咲の手はゆっくりと落ち、しばらくの間拳をギュッと握り締めていた。

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