第24話 比良咲との危険接近

「はぁ、疲れた。一通り買い物は済ませたことだし、休憩しましょうか」


 ショッピングモールの敷地内にある噴水付近の座り場で、俺たちは一度足を止めている。胡桃くるみ比良咲ひらざきは噴水に背を向けて石ブロックに腰を下ろし、俺は二人と向き合うような形で立っていた。


「それにしても、相当な量買い込んだな」


 改めて見ても壮観だった。

 カーテンを含め、色々なものを購入し終わる頃には紙袋で両手が塞がるほど大量の荷物を抱えていた。何を買ったのか細かい詳細は分からないけれど、日用雑貨品と衣類がほとんど締めているのだろう。それもほとんどが比良咲の所有物。夏用の新しい服を購入しただとか。で、その荷物を誰が持って移動していたというと、俺である。もはや荷物係と言わんばかりに持たされていたのだ。

 まじで腕が棒になりそうだ。俺はお前の召使いじゃねぇーんだぞ。まぁ、文句を言ったらこいつの母親に伝わって痛い目見そうだから言わないけど……。


「ちなみに胡桃は何買ったんだ?」


 胡桃も紙袋を持っており、その内容については知らなかったため、俺は単純な興味で問う。


「お母さんに頼まれた衣類の生地を買った。これで新しいメイド服作ってくれるらしい」


 胡桃が紙袋の隙間から見せてきたのはベージュ色や青色などといった様々な布。かなりの面積を購入したのか、ロール状に巻かれている。


「そういや、お前のメイド服ってお母さんが一から作ってるんだったか」


「お母さんのメイド服が一番良い。寸法を測ってくれるから身体に合う。しかもどれも可愛い」


「要するにオーダーメイド的な感じか」


 メイド服の違いなんてあまり分からないのだが、女子目線の場合、そういう細かい部分にもこだわってしまうのだろう。再会した日、胡桃は「カチューシャがお気に入り」と言っていた。それこそ良い例である。俺にはその辺に売っているようなカチューシャにしか見えなかった。

 ただ一つ気になる点としては、家事が全く出来ないくらい不器用な真由美まゆみさんがどうしてメイド服を作れるのかって話だ。もしかしてメイド服を作る能力にパラメーターを全振りしてるのかもしれない。

 

「へー、奇遇ね。私が普段着てるメイド服も、お母さんが作ってるのよ?」


「え、ほんとに?」


「信じてないわけ? 根岸くんが着てるエプロンだってお母さんお手製よ。刺繍も含めてね」


 あの乱暴なそうな店長が刺繍だと⁉︎ 想像しただけで似合わない!


 電撃がほとばしる。真由美さんにしろ、店長にしろ、俺は人は見かけによらないという至極古典的な衝撃を受けた。


「でも、今日はおかげさまで助かったわ。久しぶりに歩き疲れちゃった。ありがとう」


「……お前って素直に感謝出来たんだな」


 らしくもない比良咲の礼に俺はポカンと口を開けた。本来ならここでも遠回しに貶すような言葉を放ってくると思っていたのだが、比良咲は物言いたげな瞳で睨んできた。


「バカにしてるの? 私だってそういう礼儀はしっかりしてるつもりなんだけど……。だからさ──」


 すると比良咲は数ある紙袋の一つを手に取り、その中をゴソゴソと漁り始める。そして袋の中から用紙に包まれた二種類のマグカップを俺たちに手渡した。胡桃には黒と白色、俺には青と白色。色違いのマグカップである。


「なんだこれ?」


「今日付き合ってくれたお礼よ。店でコーヒー飲む時はそれを使いなさい。いい加減店のやつじゃなくて、自分専用の欲しいでしょ?」


 比良咲はさらに橙と白色の同じく色違いのマグカップを取り出した。


「私のはこれ。どう? お揃いのマグカップ。他にも色々悩んだんだけど、一番これがしっかりきたの」


「お揃いか。……なんか、俺たち三人で付き合ってるみたいだな」


「……つ、付き合ってる⁉︎」


 深い意味はなかったものの、比良咲は要らぬ余計な考えを抱いてしまったのか、ポッと頬を染める。


「だってカップルってよくお揃いとかしたがるだろ? 正直、バカだろと思うけどな。もし別れたらどうすんだよ。ゴミとして思い出ともに捨てれば良いのか?」


 しかし言葉を放った人間が俺であると再認識した途端、頭を抱える比良咲。


「どうしてあんたはそんなに捻くれて、腐ってるのよ。いちいち考える必要ないでしょ。考え方が青春に後悔があるおじさんみたい」


「莉奈、和音くんは昔からこういう人だから諦めるしかない」


「そこは大人みたいだと言ってくれ」


 おじさんみたいだと言われて嬉しい若者はいない。何気にグサッと心に刺さる。せめて男らしい大人。カッコいい大人。それならまだいくらでも胸を張れる。


「けど、私までいいの? 事前に聞いてない」


「当たり前でしょ。プレゼントは基本渡す時までは内緒なの。何のために買ったと思ってるのよ」


 どこか納得していない胡桃から視線を外し、比良咲はツンとした態度でそっぽを向いた。

 胡桃は比良咲から受け取ったマグカップをじっと見つめる。何かしらの想いがあるようで、大切そうに取手を握っている。

 この時、俺は比良咲の『どこをどう見ても喜んでるでしょ』という発言の意味を理解出来た気がした。

 綻んでいない目元、上がっていない口角、赤く染まっていないマシュマロのように白い肌。慣れ親しんだ表情が乏しいいつもの胡桃だが、なんとなく『あ、喜んでるな』と思ってしまった。感覚的なもので、説明しょうがない。

 沈黙が走る。

 けれどこれは不穏な空気ではなく、恥ずかしさのあまり発生した気まずい距離感。俺が邪魔者かのように胡桃と比良咲の微笑ましい雰囲気が続いた。

 いつまでも二人がこんな風に友達として仲良くしていってほしい。

 ところがその密かな願いは──。


「あれ〜? どこの芋っこだと思ったら比良咲さんじゃん〜。ちょ〜久しぶり〜〜」


 突如、俺たちの目の前に現れた少女の声音によって打ち消された。

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