第23話 私服はやはりメイド服

 早速俺たちはショッピングモールの中に入り、目に入った服屋にとりあえず足を運んだ。

 道中、やはりメイド服を着た胡桃くるみは目立つ存在なのか、行き交う人々から視線を浴びていた。けれどしばらく経過すれば慣れてくるもので、今ではすっかり三人だけの空間を形成している。


「どういう服がいいとか、何か要望はある?」


 ファッションデザイナーさながらに服を吟味しながら比良咲ひらざきは胡桃の好みに探りを入れる。


「特にない」


「……ま、そんなとこだろうと思った。あんた外見は可愛いんだからもっとオシャレしなさいよ。いや、メイド服も十分可愛いんだけどさ、女子らしくというか何というか」


 胡桃の素っ気ない態度に呆れ返っている比良咲はここでとある提案を持ち出した。


「じゃあ定番だけど、私と根岸くんで一人一着ずつ選んで、試着してみるのはどうかしら?」


「問題ない」


「それって俺も参加しないといけないか?」


「当たり前よ。甘く見ないでちょうだい。胡桃は根岸くんの服を選ぶと思っていたら大間違い。私の方が女子のファッションには詳しい。負けないわよ」


 そんなの当たり前だろと思いつつも、俺はその感情を押し殺す。

 というわけで俺たちは別々に店内の服を身始めたのだが──分からん。それがまず初めに思い至った結果だった。

 そもそもこれはどういう基準の対決なのかが不確定だ。

 胡桃の好みに合う服を出せばいいのか、胡桃に似合う服を出せばいいのか、単純にファッションコーデを選べばいいのか。それとも俺の性癖に合わせた服を選べばいいのか。

 具体的な判断が揃っていないため、どれを選ぶべきなのかさっぱり。しかも俺は男。それもいつもユニクロでちゃちゃっと買い物を済ましてるほどファッションなんか興味がない人間だぞ。女子の感性を知っているわけがないのだ。

 とはいえ、何か一つは選ばないといけなんだよな。

 なんて事を考えながら拍子抜けに店内を見渡すと、比良咲と胡桃が仲良さそうに会話している場面を目撃した。

 遠くて何を話し合っているか分からないけれど、服を互いに鏡で当てがっているところを見る限り、服の感想を言い合ってるのだろうか。

 二人を性格と関係性を知らなかったら、遊びに来ている女友達同士に見えてしまう。

 思わず頬を緩め、胡桃に比良咲を紹介して良かったと心底思った。

 そして俺は流れ作業で店内を周回している時、一つの服が目に入った。他の服よりも異様にオーラを放ち、手に取ってしまうほど惹きつけられる。


「……これにするか」


 ***


 そうして始まった胡桃私服選抜会。


「胡桃〜、着替え終わったら出て来なさい〜」


 比良咲の呼び声とともに、着衣室のカーテンが開くと、最初のコーデを着た胡桃が登場した。

 肌色のニットコーデ。ロゴもない至ってシンプルな服だが、少し大きめなサイズを着ているためか、萌え袖になっている。胸の膨らみも控えめながらも表れており、胡桃のクールな装いとは一点。明るい印象を与えるような組み合わせだった。


和音かずねくん、どう?」


「無難でいいんじゃねぇーか? モテそうな大学生くらいには似合ってる」


「私が選んだんだから当然よ。胡桃ってほら、すごい綺麗な黒髪でしょ? だから黒に合う紺とか暗めの色の方がいいかなって思ったけど、ここは思い切って明るい色にしてみたわ」


「へー、比良咲ってファッションのこと案外よく知ってんだな。ちょっと意外だわ」


「まぁ昔はそれなりに勉強してたからね」


 比良咲は微かに声のトーンを下げ、懐かしい気持ちを思い返すように目を細める。

 俺はその仕草に違和感を感じたものの、「じゃあ次は和音くんの番」という胡桃の発言に遮られ、深く立ち入る隙を見失った。

 そして数分後──ついに俺が選んだ服で胡桃が着衣室のカーテンを開けた。


「根岸くん、あなた卑怯だわ」


 胡桃の服装を見て、比良咲は拗ねた子供のように頬を膨らます。


「メイドっぽい服はダメっていつから決まってたんだ?」


 そう、俺が選んだ服は色合いがメイドに似ているコーデだった。

 白いワンピース。腰まで隠している黒いスカート。それらを腰回りで締めているハーネスベルト。極付には黒いリボン。メイドと言われればメイド風、私服で言われれば私服で通用する組み合わせである。


「これ、本当に和音くんが選んでくれたの?」


「疑ってんのか? 俺だって適当に選ぶほどだらしない人間じゃない。胡桃がメイドを着たいのなら着ればいい。けど、せめて私服なら私服の範疇で。これなら目立つことも早々ないだろ」


 色々考えた結果、一番落とし込むべき要因は胡桃が率先して着てくれるような服だと俺は悟ったのだ。

 私服を購入したとしても、それを普段着なければ意味がない。だから俺は胡桃がこよなく愛するメイド風なら、受け入れてくれるばすだと、推測した。


「私、これがいい」


 胡桃はくるっと身体を回転させ、着衣室の鏡に映る自分の姿を見ながら即決する。


「え、そんな簡単に決めちゃっていいのか? 比良咲が選んだ服だって似合ってたぞ」


「根岸くん、もういいわよ。あんな喜んでる胡桃を見たら私も諦めるしかないわ」


「そうか? 特に変わった様子はないと思うが……」


「どこをどう見ても喜んでるでしょ。全く、根岸くんは相変わらずね」


 落胆するように溜息を吐く比良咲には一体何が見えているというのだろうか。笑みを溢しているわけでもなさそうで、女子だから通じ合える絆ってやつか?

 兎にも角にも、俺は自分が選んだその服を胡桃に初めてのプレゼントとして購入した。

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