第22話 メイドたるもの、メイド服が当たり前
土曜日の正午過ぎ。
待ち合わせ場所であるショッピングモールの最寄駅に、俺は集合時間よりも一足早く到着していた。
俺は思わず溜息を吐く。
何故って?
理由は簡単。休日だけあって、駅を利用しているかなりの人々が目の前を通り過ぎている。そんな通行人のほとんどから一時的に注目を浴びているからだ。珍しいものを見たように腫れ物にし、疑問と笑いのどちらかの視線を浴びていた。
しかし決してそれは俺に対してではないということを予め伝えておく。
人々の視線を釘付けしている元凶は、俺の隣に立っているメイドであった。
「
「なぜ?」
「見て分からないのか?」
平凡な街中にポツンと気品正しく直立しているメイドがいた。膝が見えるくらい短いスカートに白いカチューシャが飾られているメイドさん。周囲の環境とは分離した佇まい。まるでそこ一帯だけが別世界かのような不自然さで存在感を露わにしている。
結論、その正体は俺の義妹──胡桃だった。
「ねぇあの子可愛くない? お人形さんみたい〜」
「隣に立ってる男の子がご主人様なのかな?」
行き交う人々の俺たちに対する会話が耳に入ってくる。目立つことが嫌いな俺にとって、この状況は死にたいくらい羞恥心が込み上げてきた。
「なぁ、出掛ける時くらいはメイド服じゃなくて、私服で来てくれって家を出る時言ったよな? こうなることは分かり切ってたはずだろ」
「私服がメイド服。メイド服以外の衣類は持ってない」
あー、そういえば、引っ越し作業中他に私服がなかったような気もするな。引っ越してくる前もこんな生活だったのか?
不登校で外に出掛ける機会がなかったのかもしれないが、それでもメイド服以外の服も持っておくべきだ。今の時代、メイドという存在自体珍しい。それこそ秋葉原に行かなければ、街中でお目にできない服装だ。
こんな調子じゃ、きっと
「って、言ったそばから……」
喫茶店の中でも胡桃のメイド服に驚いていた比良咲なら間違い無いと思ってると、遠く離れた位置から俺たちを唖然とした様子で凝視している一人の少女を発見した。
栗色のツインテールヘアー。くりっとした大きな瞳。ネイビーパンツと白カットソーの上に水色の薄いストライプシャツワンピースを羽織り、ピンク色の肩掛けバックを備えている私服姿。通行人が俺たちを見終わったら、次に目線を引きつけるほどの美少女。
俺たちが待ち合わせをしている最後のピース──比良咲
比良咲に軽く手を振ると、彼女は周りの注目を避けながらも俺たちに近づいて来る。
「二人ともお待たせ。……で、早速聞きたいんだけど」
比良咲は胡桃を見ながら呆れ切った吐息を吐き、案の定メイド服を指摘してきた。
「メイド服以外に私服がないんだとよ」
「なにそれ、適当にその辺出掛ける時はいつもどうしてるのよ」
「スーパーや書店にはよく足を運ぶけど、基本メイド服で済ましてる」
「まじですかー」
包み隠さず胡桃が告白し、比良咲は目元を摘んで身体の力を抜いた。
何気ないスーパーや書店の日常の中に、メイドが一人
「冗談にしか思えない内容だけど、胡桃ならあり得そうでしっくりきちゃう。私も根岸くんと同じで、相当常識が侵食されるみたいね」
「待て、俺が非常識人って言いたいのか」
「この子のメイド服についても当たり前のように接し、教室の中であーんを受け入れる人が何を今更」
「それを言ったら比良咲だって、店で平然とメイド服を着るようになったじゃないか」
「だからそれは元はと言えばあんたのせいでしょ。何張り合おうとしてんのよ。私だって認めてるの。あんただって認めたらどう?」
ぐぬぬと、自分から放った矢がまるでブーメランのように返ってきて、俺は容易に言い返せない。
実際、胡桃と久しぶりに再開したあの日と比べると、彼女の言動にいちいち驚かなくなっていた。
メイド服を着衣し、常備していることやヤンデレ気質な束縛術なんかも、胡桃の扱い方が分かってきたと言っても過言ではない。
少し前の俺ならこの状況でさえも、全力で争っていたはずなのだ。
「まぁそれはさておき、とりあえずショッピングモールに行ったら服屋行くから」
「あれ? 今日って店のカーテン買うために来たんじゃないのか? 自分の服選びなら一人で行ってこいよ」
「あんたバッカじゃないの。この子の私服を買うために決まってるでしょ」
「私の?」
比良咲の発言に胡桃は首を傾げた。
「今日は良いとしても、今後もし私と出掛ける時はメイド服で現れるのは禁止。いい? 禁止よ」
「なぜ?」
「恥ずかしくて一緒に歩けたもんじゃないからよ。……あと持ってないなら、一着くらいは備えておくべくよ。どこかしらで使うタイミングが来るかもしれないじゃない」
比良咲の提案には俺も同感だった。家の中でならまだしも、公共場では流石にヤバい。隣にいたら、現状のように注目を浴び、よからぬ被害妄想をされかねないのだ。
「必要はない。私にはメイド服さえあればいい」
「いいや絶対よ。こればっかりは私も譲れない。私まで変な人だと思われる」
「俺も比良咲に賛成だ。お金のことなら心配するな。バイト始めたんだからそれなりに買えるだろ」
「──もしかして、私にプレゼントしてくれるの?」
胡桃はキラキラとした愛らしい瞳を向けてくる。餌を待ち侘びる子犬のような可愛さ。胡桃の所持金が溜まっているだろと説得したつもりだったのだが、俺の言い方が悪かったのか、胡桃は俺が買ってくれると勘違いしたらしい。
「も、もちろん。なんでも買ってやる。ドンっと任せておけ」
冷や汗を出しながら胸を叩く。そんな態度を取られたら胡桃の脅迫に恐れ、後戻りは出来なかった。
「じゃあ買う、選ぶ。早く行こう」
胡桃は出発しようと意気込むと同時に──むにゅ。俺の右脇に腕を通り、抱え込むように平均以上に膨らんだ胸を当ててきた。
「ちょっ! 胡桃あんたいきなり何してんのよ!」
比良咲の驚嘆の叫びに俺は続く。
「おい、どうしてくっつくんだ。離れろ」
「和音くんが迷子になるか心配。これなら離れ離れにならなくて済む」
「俺は幼稚なガキか」
抜け出そうにも抜け出せない。やはりメイドの修行で武術を習っていたからか、胡桃の拘束はあまりにも頑丈だった。
しかしその矢先──むにゅにゅ。空白の左脇に突如新たな腕が巻き込まれ、胡桃以上に柔らかい感触が全身を駆け巡った。
「………ッ!」
「お前までする必要なんてないだろ!」
左側では顔を真っ赤にしながら全力で俺の腕にしがみ付いている比良咲の姿があった。
「し、仕方ないでしょ! 私だけ除け者にされてるみたいじゃない! わざと腕を胸に当ててきたら問答無用で殺す!」
もうさっきから当たってるんですけど!
胡桃よりも大きいサイズの胸。自分でもその間合いを見極め切れていないようで、さっきからずっと彼女の胸が接着し続けている。腕に絡んでいるのだから、接触しない方が無理な話な気がするが、童貞の俺には今にも昇天しそうな環境である。
なんつっー状況だ。
周りの視線がさっきから心にグサグサと刺さっていく。
無愛想に腕を組んでくる胡桃。耳の先まで赤色に染め上げ、胡桃と競い合うようにしがみ付いている比良咲。
比良咲の場合、そこまで頑張ってまでも除け者として認知されたくないのかと思うが、彼女なり考えがあるに違いない。それにしても、もう少し違ったやり方があっただろうに。
両側から異なる甘い香りが鼻に付く。
胡桃側からは透き通る清楚な匂い。
比良咲側からは明るく優しい太陽のような匂い。
そんな匂いを変態さながら堪能しつつ、俺たちはショッピングモールへ移動した。
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