第21話 地獄と天国の境はメイド
昼休み。
というわけで
だが、ランチタイムは学校の中で最も平和な時間であるはずなのに、本日の俺たちのクラスはまさに戦場と化していた。
「なぁ、教室じゃなくても良かったんじゃないのか?」
後方の中心に俺と比良咲と
そんな俺たちを境にクラスが二分割されていたのだ。
言わずもがな、それは男子グループと女子グループ。男子の張り詰めた視線と、女子のほんわかし、時には男子に向けて殺意の視線が激しく交差する。激戦区であった。
「仕方ないでしょ、他に食べる場所がないんだからッ」
比良咲はクラスメイトの視線に、どうにか精神を保ちながら耐えているらしい。
「今日は食堂が使用出来ない日。食堂が使えれば、私だってこんなところで食べなくないわよ」
「……もしやお前、忘れてたな?」
図星なのか、比良咲は肩をビクッと動かし、明らかに目線を俺から逸らした。
「まぁまぁ
無作為に散らばる茶髪メガネ少年こと斗真はニヤニヤと口元を緩めながら肘を机に付いている。いかにもこの状況を他人事のように楽しんでいた。
「お、もしかして今日は佐倉さん特製弁当か?」
隣同士に座る俺と胡桃が弁当箱の蓋を開けると、斗真は食い付くように中身を確認してきた。
「そう、私が和音くんのために用意した弁当」
「え、ちょっと待って。根岸くんってここ最近毎日弁当よね? 胡桃が全部用意しているの?」
胡桃の返事に真っ先に反応したのは斗真ではなく、比良咲だった。
「いいや、こいつの新しい母親と交代交代で作ってもらってるらしいぜ。な、和音?」
「あぁ、毎日好きなものを食べられる学食生活が恋しいよ全く」
斗真の言う通り、俺はここ最近胡桃の影響で全日弁当の日々に明け暮れていた。しかし胡桃との約束は週三であり、彼女もそれを守ってくれている。
じゃあ何が一番問題なのかというと、その約束を耳にした胡桃の母──
『うちの娘が週三なら、他の日は私が作ってあげるわ。任せない! これでも和音くんのお母さんなんだから!』
と、威勢の良い宣告をされた。
余計なお世話だと一瞬断ろうとも考えた。けれどウキウキに支度を始める真由美さんを見ていたら急に申し訳なさが込み上げ、結局渋々受け入れてしまったのだ。
「ちなみに見分け方は、佐倉さんの場合はおかずが一緒。で、お母さんの方はその逆で二人の弁当の中身が別々」
雄弁に語る斗真は登校中に購入したであろうコンビニおにぎりの袋を破っていく。
「よく知ってるな」
「
「それについては何も言い返せないわ」
家事や料理が出来ない真由美さんの弁当はとにかく簡単なレシピでしか作られていないのだ。カレーやシャーハン、唐揚げなど、白米+αで基本成り立っている。
対して胡桃の弁当は栄養バランスを考えられたおかずが並べられ、色差豊かな中身で形成されている。
一眼見ただけで、どっちが作った弁当なのか分かってしまうほどその差が激しかった。
特に一番印象に残ってるのは、オムライスの砂糖と塩を間違えてた日だな。正直あれは気持ち悪かった。吐きそうだった。
そんな最中、正面の比良咲は風呂敷に包まれた弁当を二つ机の上に取り出していた。
「比良咲って案外食べる方なんだな」
「あっ……うん」
比良咲は目の光を薄らと消え、落ち込むように弁当を軽く握り締める。
その様子を見て、俺は思った。
「てっきり一口二口くれるだけだと思ってたんだが……もしかして、その一つが俺の分か?」
「えっと……えぇ、そのつもりだった。けどよくよく考えてみれば、根岸くんが弁当を持ってくることくらい予想出来たはずよ。心配しないで、私このくらいなら一人で食べられるから」
何気ない事に比良咲は深く落ち込んでしまう。単純に忘れていたのか、それとも弁当を作る行為に集中した故に頭から抜けていたのか。物覚えがいい比良咲らしくはない失態だ。
ふと、弁当に触れる比良咲の指先に
「比良咲、俺に弁当くれないか?」
「でも胡桃が作った分があるじゃない」
「俺を誰だと思ってる。思春期真っ只中の男だぜ? 弁当の一つや二つ、変わらねぇーよ」
苦しい戦いになるだろうが、せっかく俺のために用意してもらったんだ。ちゃんと頂かなければバチが当たる。
申し訳なさそうに渡してくる比良咲から弁当を受け取ると、俺は胡桃の弁当の横に並べて蓋を開けた。
まず一口目は比良咲の弁当に入ってる手作りハンバーグからパクリ。染み込んでいるデミグラスソースと合わさり、肉のジューシーさが口に広がっていった。
「うめぇ、やっぱり普段から店で料理してるだけあって流石だな」
「ふんっ、当たり前よ」
比良咲は顔周りを火照らせながら弁当に手を付ける。
どうやら俺用に作った弁当と中身は同じようで、机の上には二種類の弁当とコンビニ飯が並ぶ。それぞれの昼飯が出尽くし終わった。
「和音くん、はい、私のも食べて」
比良咲のハンバーグを食べ終わると、隣に座る胡桃が特製卵焼きを箸で俺の口元に運んできた。
俺は卵焼きを平然と口の中に入れ、味を噛み締める。ちょうどいい砂糖の甘みと卵の風味が鼻の奥まで届き、やはり胡桃は料理が美味い。良いお嫁さんになりそうだ。……まぁ、俺は絶対嫌なんだけど。
「いつも通り美味しゅうございます」
「──って、なんであんたそんな当たり前のように口に入れてるのよ!」
飲み込んで感想を述べた途端、比良咲は両手で机を叩きながらその場を立ち上がった。
「莉奈うるさい、静かにして」
「胡桃も胡桃よ! 根岸くんを甘やかさないで!」
「比良咲、誤解してもらいたくなんだが、一回は大人しく食べないとしつこくこいつが迫ってくるんだ。だからこれは仕方ない。仕方ない事なんだ」
流されるまま受け身を取らなければ、俺の身体がどうなるか分からない。要するに義務なのだ。決して清々しいとかそういう感情はないんだからね!
「そんなに許せないなら比良咲もやれば良いんじゃねぇーの?」
斗真が横槍を入れてくる。
「お前までいきなり何言い出すんだよ……」
余計な言葉を放つ斗真に睨みを効かせていると、目の前にフォークで刺されたハンバーグが押し寄せてきた。
「そうね。……そこまでしてほしいなら私が代わりにしてあげるわよ。ほら、あーん」
もちろん、そのフォークの持ち主は比良咲。異様な圧力を掛けながら全開姿勢で迫ってくる。
「いや、別にしてほしいってわけじゃ……」
「え、なに? 胡桃は良いのに私は嫌っていうの? 良いご身分だわ」
「和音くん、次はこの唐揚げを食べて」
これを修羅場と言うのだろうか。ケラケラと嘲笑う斗真の一方で、クラスの男子は相変わらず悪の造形を浮かべ、女子は頭の中がお花畑で微笑ましくなっている。
しかしこの中でただ一人俺だけが居た堪れない心の傷を負い、比良咲と胡桃の順番におかずを口に入れる。
その後、俺は二人分の弁当をたらふく食べ、吐き気に襲われながら午後の授業を受けた。
次回 デート当日
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