第20話 メイドはたとえデートでも付いてくる


「友達って具体的に何をすればいいの?」


 下駄箱で上履きに履き替え、教室に向かいながら廊下を歩いていると、胡桃くるみがそんな質問をしてくる。


「難しい質問だな」


 いざこう問われると、答えるのに時間が掛かるベストスリーには入ってもおかしくない問題である。

 人によって友達の形は様々なのだから、これといった模範的な解答が思い浮かばない。

 とはいえ、自分なりの結論を出すとするならば──。


「バカなことをやるってところかな。一緒にバカやっても良し、悪戯でバカやっても良し。とにかく気軽に何事も出来る関係だと俺は思う」


「例えば手錠を掛けて監禁するとか? カッターで脅迫するとか?」


「他の人がやるならバカの部類かもしれんが、お前の場合は絶対に違う。くれぐれも俺以外の人にそんなことやるなよ」


「もちろん。そもそも私だってやりたくてやっているわけじゃない。和音くんが素直になってくれないから」


「勘違いするな、あの態度が俺の本音だよ」


 時には女の魅力で俺を惚れさせ、時には依存度の束縛で恐怖を味合わせてくる。自覚はないだろうが、飴と鞭を使い分ける偉業がまた意地汚い。

 会話している合間にも俺たちは教室に到着した。扉を抜けてすぐ、女子同士で会話していたグループの中から薄茶色のポニーテールの少女が駆け寄ってくる。

 学級委員長の比良咲ひらざき。少し前までは硬派なイメージがあった彼女だが、今では可愛らしいメイド服が似合う乙女にしか俺は見えなかった。


「根岸くんと胡桃おはよう」


「おはよう」


「おはよう比良咲、何か用か?」


「うん、ちょっとお願いしたいことがあって……」


 よほど周囲に聞かれたくない内容なのか、比良咲はいくらか周りを確認し、小さく囁くように身体を寄せてくる。


「今週末、何か予定とか入ってたりする?」


「特に用事はないけど……」


「なら一緒に買い物手伝ってくれない?」


 休日に女の子と買い物に出掛ける。


「要するに……デートのお誘いってこと?」


「は⁉︎ そんなんじゃないから!」


「──うげぇ!」


 ジョークのつもりだったのだが、比良咲は顔を赤面させる。そして極付にはドスッと不気味な音を鳴らすほどのストレートパンチを俺の腹に入れ込んできた。


「お、お前、いきなり何すんだよ……」


「あんたが変なこと言うからでしょ! ちょっとこっち付いてきなさい!」


 彼女の大声でクラスメイトの注意が俺たちに集まる。比良咲に一矢報いて無視しようかと思ったけれど、こんな状況なら話は別だった。

 心が痛む前に大人しく比良咲の背中を追っていき、教室から多少離れた人影が皆無な廊下に移動した。ちなみに胡桃も何故かこっそり同伴している。


「で、一帯何の用だ?」

 

 すりすりと腹を触りながら俺は比良咲に成り行きの事情を問う。


「莉奈、デートってどういう意味? 私を置いて約束するなんてずるい。莉奈より先に私とデートするべき」


「ねぇ、あんたのせいで胡桃が変な勘違いしてるじゃない」


 粘りつくような視線を向ける胡桃に比良咲は呆れた吐息を漏らした。


「すまねぇ。……けど、流石に殴らなくても良かったんじゃないか?」


「私は謝らないから。根岸くんが誤解されるような言い方するのが悪い」


 謝罪するべきところを比良咲は胸を持ち上げるように両手で組み、目線を逸らす。


「ただ買い物に付き合ってほしいってお願いしただけ。カーテン選び。ほら、今私ん家の喫茶店って色々変わってるじゃない。それで昨日お母さんとカーテンの色気分転換に変えてみないかって話になったのよ」


「カーテンか。確かにメイド服を着た店員が接客するならもっと明るめの方がいいのかもしれないな」


 現状取り付けているサクラ喫茶のカーテンの色は緑色だった気がする。派手な印象が強いメイド服に比べると、地味というか、相性的に悪い寄りなのだと思う。それこそ明るい色、例えば白やピンクといった色彩ならよりメイド服の際立ちが増すのだろう。


「分かった。今週の土曜日でいいか?」


「えぇ、詳しいことはまた連絡するわ。もちろん、胡桃も来るんでしょ?」


「言われずとも」


「でしょうね。分かってた、分かってました」


 横で話を聞いていた胡桃の素っ気ない一言で、どこか残念そうにする比良咲。けれどふと何かを思い出したのか、目元を大きく開けた。


「あ、そういえば根岸くん、今日持ってきたわよ」


「何を?」


 比良咲は頬を微かにピンク色に染め、もじもじと身体を左右に揺らす。


「べ、弁当……」


「弁当?」


 聞き取れにくかったため、念のため確認すると、比良咲が激しく高揚する。開き直った態度で人差し指を俺に向けた。


「この前私が作った弁当食べてみたいって言ってたでしょ。だから今日作ってきたって言ってるのよ」


 教室の隙間から漏れ出す生徒たちのはしゃぎ声を遮って、彼女の声音が身体に響き渡っていく。

 まさか本当に作ってくれるとは思っておらず、俺はしばらくの間硬直してしまった。

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