第18話 メイドの不登校時代の思い出

 俺たちはサクラ喫茶付近にある公園へ移動した。店内に戻ろうとも考えたけれど、店長やマスターなどといった他の人には盗み聞きされては困ると思った。三人だけの秘密の会話。この時だけは三人だけでいたかった。


「ほらよっ」


「ありがと」


 公園のベンチに腰を下ろすメイド二人の前に到着すると、自動販売機で購入したオレンジジュースを比良咲ひらざきに手渡す。コーヒー屋の娘ならコーヒーを選ぶべきというのはさておき、胡桃くるみにはレモンティーを差し出した。


「お前もほら、レモンティー好きだろ?」


「どうして分かったの?」


「そのくらい知ってるさ。何時間一緒にいると思ってるんだ」


 胡桃はレモンティーを好んでいる。今思えば、真由美さんがよくレモンティーを淹れているのは胡桃のためだったのかもしれない。

 まぁ逆に言えば、俺はそのくらいの事しか知らない。不登校の原因がまさにこのありさまだ。

 自分の分は慣れ親しんだ缶コーヒー。俺はカチャッと蓋を開け、二人が座るベンチの前にあるブランコの柵に腰掛ける。

 身体を落ち着かせるようにそれぞれ一口飲み込むと、比良咲が早速本題に入った。


「で、何があったのよ」


 胡桃は背筋を伸ばし、足を揃え、完璧な佇まいで手元のペットボトルを見つめながら語り始める。

 

「これは私が小学四年生の頃の話。──クラスで読書ばっかりしていた私に、初めて友達が出来た。二人の女の子。一緒にグループを組んだり、家で遊んだり、本にしか興味がない私を連れ回してきた。けど、ある日突然言われた。──私たちに付き纏わないでほしいって」


 途中まで何処にでもあるような幸せな友達関係のように思えたが、最後は残酷な切り口で俺と比良咲を唸らせた。


「何それ、絶交ってこと?」


 比良咲の疑問を払拭するように言葉を続ける胡桃。


「絶交はお互いに拒絶し合うもの。これは違う。相手側の一方的な拒絶」


 家が近所で同じ学校に通う幼馴染だったというのに、俺は胡桃に友達がいた事を今初めて耳にした。教室の隅で本を読んでいる。それがイメージしていた小学生の胡桃。それなら話が変わってくるだろう。


「心当たりはあるのか?」


「つまらない」


「つまらない?」


「その二人を筆頭にクラスメイトから、あなたといるとつまらない。何考えてるか分からない。ロボットだ、なんて言われるようになった。そしてどんどんエスカレートしていって、上履きを隠されたり、教科書に落書きされり、そんな子供染みた悪戯をされ始めた」


「──いじめか」


 胡桃は俺の言葉にペットボトルを握り締め、小さく頷いた。

 いじめ。

 どんな時代においても必ず学校の問題として挙がる生徒間の差別。いじめが原因で生徒が自殺するなんてニュースやSNSなどで目にした事が度々あるけれど、正直俺は現実味がなかった。漫画や小説の中だけの空想上のイベント。何を目撃として何を考えながらしているのか、バカらしくて理解出来ないからだ。

 しかし胡桃の酷く震えた様子を見た途端、そんな疑心は全て取っ払われた。無口で無表情な彼女だからこそ、口にしてくれた当時の状況が脳裏で想像出来てしまったのだ。


「だから私は他人に迷惑を掛けるくらいなら、自分が苦しい思いをするくらいなら、本当に大好きで信用出来る人としか関わらない。そう決めた」


 淡々と語られる最中、俺の頭でモヤついてきた謎が一つ一つ解かれていく。

 数年後ぶりの発見に俺は胡桃に何の言葉を掛けるのが正解なのか、分からなかった。気付けてやらなくてすまなかった、助けてやれなくてすまなかった、胡桃はそんなやつじゃない。いくらでも心の中では浮かんでくるのに、いざ口から出そうとすると何故喉で詰まる。


「思い詰めた顔で何を話すと思ったら、あんたバッカじゃないの」


 だが、こういう場面で頼りになるのがこの少女。比良咲は胡桃の想いすらぶった斬るように正面から否定した。

 

「何そんなしょうもない発言を真に受けてんのよ。あんたは十分面白いっての」


「どこが?」


 胡桃は呆れた色の溜息を吐いている比良咲をジト目で見つめる。


「そ、それは……メイド服を持参してるところとか」


「他には?」


「他? えーっと……口下手なところとか!」


「他には?」


「あんたもしつこいわね! とにかく面白いのよ! 細かい理由なんてあるわけない! 直感でそう思ってるんだから仕方ないでしょ!」


 疑心暗鬼になっている胡桃も迫り具合に比良咲は頬をピンク色に染めた。


「そもそも考えてもみなさい? つまらないって言うけど、それはその子たちのせいでしょ。なんで佐倉さんに全部押し付けてるわけ?」 


「違う。私のせい」


「なんでそこまで頑固なのよ。根岸くんもそう思うわよね?」


 比良咲は困り果て挙句、俺に理不尽なパスを回してくる。


「あぁ、全く通りだと思う。考え過ぎだ。俺たちのクラスの誰かにそう言われたのか?」


「決してそんなことはない。クラスのみんなは良い人ばかり。こんな私を受け入れてくれた」


「だったら気にする必要ないんじゃねぇーか? それにお前はもう一人じゃない。俺たちが付いてるだろ」


 当時の俺が胡桃のいじめを知って、何か行動に移すかどうかは既に過ぎている事なのだから見当も付かない。

 けれどもしこの瞬間に胡桃がいじめを受けているとしたら、俺は絶対見逃さないと断言しよう。

 幼馴染だから? 

 義妹だから? 

 メイドだから? 

 いいや違う。

 一人の友達として彼女を守りたいから。

 その想いに尽きるだろう。


「あと俺の身にもなってくれ。さっさと友達を作って、俺から離れてくれ。学校で俺がみんなからどんな目で見られてると思ってんだ」


「でも私は……」


「ここまで私たちに言わせといてまだくよくよしてるなんてほんと呆れちゃう。佐倉さんらしくないんだけど」


「私らしくない?」


「私が知ってるあんたは、不器用ながらもどこまでも真っ直ぐでひたむきで、頼りになる女の子。……ムカつくけどね」


 比良咲は見え見えの照れ隠しで終わりに悪口を付け足した。と、そこで何か名案を思い出したのか、勢いよくベンチを立ち上がる。


「よし、分かった。さっきあんた言ってたわよね? お礼に何かしてくれるって」


「それがどうしたの?」


「私と友達になりなさい!」


 そう言いながら比良咲は強気な表情でビシッと胡桃を指差した。

 提案を受けた胡桃はしばらく考え込んでから比良咲と同じように腰を上げる。ところが彼女の身体の向きは俺に向けられた。


「和音くんは、私と比良咲が友達になってくれたら嬉しい?」


「そりゃあ嬉しいさ。毎朝頭撫でてやりたいくらいだ」


「なら友達になる」


「「はい?」」


 思いもよらない即答に俺と比良咲は思わず声を出してしまうほど耳を疑った。


「和音くんが毎朝頭撫でてくれるなら、私比良咲さんと友達になる」


「いや冗談だからね⁉︎ ……比良咲さん? そんな汚物を見るような目で私を見ないでくれません?」


 胡桃の誤解を解かなければならないというのに、比良咲に殺意が完全に芽生えている瞳を向けられ、また予期せず誤解を生んでしまっている。


「まぁ、根岸くんの言葉を信じるとして、佐倉さん、ううん、胡桃。せっかくなら、これからは名前で呼ぶ合うことにしましょ」


「分かった、莉奈。私たち、友達」


 二人は固い握手を結んだ。

 比良咲が胡桃を異様にガン飛ばして伺っているのは多少気になるものの、一先ずこれで目標達成ってことになるのか?

 こうして第一次メイド解放計画は無事平和とまではいかないかもしれないが、胡桃と比良咲を友達にさせる事には成功したのだった。



次回 第三章

デート編突入

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