第15話 擬似メイド喫茶
バイトを始めてから一週間、俺はそれなりに仕事にも慣れ始めてきた。
ポジションはキッチン。注文された商品を作り、ホールに手渡す。今や至極単純な作業のようにこなせるようになったけれど、当初は商品を覚えるのに必死だった。
週三日。月、水、金がシフトで、基本的に学校が終わり次第喫茶店に赴いている。スタッフは俺、
そしてこの『サクラ喫茶』は大きな変革を迎えていた。
「
「りょーかい」
キッチンと客間を隔てる戸を開けて、比良咲が伝票の紙を手渡してくる。
「にしても、すっかりお前メイド服様になってるな」
「これも全てあの子のせい。……つまりあんたのせいなんだからね。一生呪い殺してやるわ、ふんっ」
暴言を吐き散らすメイドさんは、そう言いながら客間に戻っていく。
まずその変革の一つとしてあの日以来、女性ホールスタッフは全員メイド服を強制的に着せられるようになった。比良咲の母親である店長直々の指令である。
比良咲はヨーロッパ風なロングスカートタイプ、胡桃は秋葉原のメイドを想起させるミニスカートタイプ。互いに異なるメイド服を着用し、接客に当たっていた。
ちなみに俺を含めた他のスタッフは前々から使用していた茶色のエプロンを身に付けている。
「店長、これを見越して胡桃を雇ったんですか?」
俺はすぐ隣でコーヒーを製作している比良咲の母親に話し掛けた。
「いいや、予想以上だよ」
「絶対嘘だ。……だってこんなの喫茶店じゃなくて、メイド喫茶じゃないですか」
さらにもう一つの変革は、大幅な路線変更だった。
本来『サクラ喫茶』という店の形は近所に愛される昔ながらの喫茶店。主に年齢層高めな人ばかり来店してくるような場所だ。
しかしメイド服を取り入れて以降、徐々に若者の出現率が増えていた。店内を見渡すと、以前と比べ、中高校生や二十代の社会人がちらほら席に座っている。
ガラッと雰囲気が変化したのだ。
メイド服を着たスタッフが接客する。それをメイド喫茶と呼ばずして、他になんて呼べばいいのだろう。
「いいじゃないか。客引きの効果は絶大。もっと肌の露出をしたらさらに売り上げがあるに違いないわ」
「ここ喫茶店ですよね? 店長がそんなこと言って大丈夫ですか?」
悪徳領士かのような汚い形相を作る比良咲の母親。この人なら本当に実行しそうで心の底から心配してしまう。
「まぁ君が心配するのも無理ないな。あの子たち可愛いし、誰かに取られるかもしれないってソワソワしてるんだろ」
「そんなんじゃないですよ」
けれど変革を始めてから一週間でこんなにも反響があったのは、一重にメイド服を着ている被写体が胡桃や比良咲という、美少女だったからなのだろう。
その証拠たる所以は──。
「すいません、写真一緒に撮ってもらっても良いですか?」
店内を移動していた胡桃に二人組の女子高生が近寄っていた。
「構わない」
ピースしながら一人の女子高生が自撮りでパシャり。スマホで撮った写真を二人で確認すると、ありがとうございます! と言って満足気な表情で彼女たちは元の席に戻っていく。
こんな事がほぼ一日に何度も行われていた。そりゃあ知名度が上がって、話題性にも繋がるはずだ。
もはやアイドルだな。
「根岸くん、さっき注文された商品届けてくれる? すぐそこの席だから」
「分かりました」
そんな店内の風景を気に留めながら先ほど比良咲から受け取った伝票通り、俺は商品をトレイに載せた。基本は比良咲や胡桃に渡すのだが、俺は店長に指示されたため、致し方なくキッチンを離れる。
届けるべきテーブル席には二人組の男性が座っていた。二人とも眼鏡を掛け、猫背。俗に言うオタクだろう。
「なぁなぁ、あの子可愛くね。俺も写真撮ってもらうかな」
「俺はあっちのツインテールの子の方がタイプだな。メイド喫茶みたいになんかサービスないのか?」
「……失礼します。ご注文して頂いた商品をお持ちしました」
俺は無意識に圧を込めた
「あ、ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
トレイに載せていたパン二つとコーヒー二つをテーブルに移動させ、俺はその場から即帰還する。
ったく、女子はまだ許せるが、男子はこういう事があるから嫌なんだ。店長が暴走しないよう、俺が何とか規制を掛けておかねぇーと。
命名されたわけではないけれど、副店長のつもりで俺はこんな風にバイトを勤しんでいた。
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