第13話 メイド対メイド対一般人
そして二人が戻ってくると──。
「で、これからテストするのよね……?」
「あぁそうだな」
比良咲は衝撃のあまりにポカンと口を開けてしまう。信じられない光景なのか、二回ほど目を擦った。
「……佐倉さん? なんでメイド服なんて着てるの?」
何ということか、胡桃は制服エプロン姿ではなく、もはや見慣れてしまったミニスカートのメイド服で俺たちの前に堂々と登場したのだった。
こればかりは普段胡桃のメイド姿を家で目の当たりにしているとはいえ、比良咲と同様に驚いた。
「お母さんの仕業?」
「勘違いするな。この子が自ら望んで着用したんだ。そもそも、そのメイド服はこの子の持参だ」
「はい? そっちの方が驚きなんだけど。どうしてメイド服なんて持ち歩いてるわけ?」
「なんとなく」
胡桃は至極当然かのように佇んでいる。
「なんとなくで持ち歩いていい代物じゃないでしょ。いつ着る機会なんてあるのよ」
日常的にメイド服を着る。メイド喫茶や豪邸のメイドという、仕事として着る以外は基本的にあり得ない。持ち歩く以前の問題であった。
「根岸くんはあんまり驚かないんだね」
「そうか? かなり驚いてる方なんだけどな」
メイド服をいつも持ち歩いてるとは俺も知らなかったよ。
個人的な意見として、メイドは自宅の中だけ尽くしくれる存在だと俺は思っていた。料理や家事、その他諸々の世話をしてくれる担当係。要するに外に一歩出てしまえば、それは契約範囲外。身の回りの世話をされる事はないと思っていた。
けれどレストランで再開した時や転校初日にメイド服で登校しようとした時点である程度予測を立てておくべきだったかもしれないが、胡桃のメイドの概念はどうやら家の中だけではないらしい。
俺がどこに居てもメイドとしての責務を果たせるように、常に側にいる。その一貫でおそらくメイド服を持ち歩いているのだろう。
「お前は着ないのか?」
「まずメイド服を持ってるわけないでしょ。……まぁそうね、もしあったとして、どうしても着て欲しいって言うなら別に着てあげても良かったわ。私のメイド姿見れなくて残念ね」
「いや、うちに一着だけあるけど」
「……え?」
調子に乗って流暢に会話の先陣を切っていた比良咲だが、さり気なく呟いた母親の発言によってピシッと氷のような硬直した。
「むっふふ、我が娘よ。そう言ったからにはちゃんと実行してもらおうかしらね」
「………ッ!」
比良咲の母親が悪魔の微笑みを浮かべる。この瞬間を待ち望んでたかの如く、今にも無言で逃げ出そうすると比良咲の胴体を担ぎ上げ、彼女を強引に店の奥に引き
──数分後。
「ど、どうかな……?」
比良咲が恥ずかしさに侵され、自分の母親の背中に隠れながら服装を変えて再び店内の方へ帰還してきた。
先程の宣告通り、比良咲はメイド服に着替えさせられている。
しかし胡桃のミニスカメイド服とは種類が異なった。
長袖のシャツ、足の肉付きが全て隠れるくらい足元まで伸びたロングスカート、首元には赤色のリボンがチャームポイントとして主張されている。
胡桃が日本風だとすれば、比良咲は西洋風なイメージが強い清楚系のメイド服だった。
「そんなにジロジロ見てないでくれる? 恥ずかしいから」
両手を弄りながら頬を薄い赤色に染める比良咲は率直に言って可愛かった。
普段とのギャップがまた良いアクセントを効かせている。学級委員長で真面目な比良咲が到底着るとは思えないメイド服の組み合わせ。栗色のツインテールで整っている顔立ちは、胡桃とは別の可憐さを引き立たせていた。
「ほら
「わ、分かってるわよ!」
ニヤリと目を細める母親に煽られると、比良咲は羞恥心を取り除くように深い溜息を吐く。清々しい表情で俺と視線を合わせながら長いスカートの両端の裾を持ち上げ、優雅なポージングを取った。
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
愛らしい声色、まさに眼福で完璧なメイドらしいテンプレ表現。怒涛の勢いで俺の心をズッキューンと矢が撃ち抜いた。
おっふ。そうこれ。メイドと言ったらやっぱりこれですよ。あざとい仕草で癒しを与えてくれる存在! それがメイドだ! 胡桃の専属メイドになんか違和感があったけど、その正体はこれだったか。ようやくスッキリした。それにしても……けしからんな。
ニヤけずにはいられない。名女優ほどのメイドの演技を披露した比良咲が見せる照れた顔が一層俺の男心を揺さぶった。
「黙ってないで何か言いなさいよ」
「……とても似合ってます」
「そ、当然ね。……けどありがとう」
照れ隠しなのか、比良咲は後ろに振り返り、顔を両手で覆った。それでも耳が真っ赤に染まってる事だけは隠し切れていない。
すると突然、胡桃が無言で俺の耳をじわじわと引っ張ってきた。
「胡桃さん、痛いんですけど……」
「浮気はいけない」
「浮気の意味知ってるか? 恋人がいるのに違う異性とイチャイチャする行為を言うんだ。俺たちは元々恋人関係じゃない」
「恋人以上の関係でしょ? だから許されて良いはずがない」
そう言って今度は胸元からボールペンを取り出し、俺の目ん玉目掛けて攻撃を仕掛けてくる胡桃。
一センチもない距離で俺は何とかそれを阻止した。
「お前今何しようとした⁉︎」
「比良咲さんを見れないように目を潰しておこうかと」
「怖い怖い怖い過ぎる! 俺は吸血鬼でも自己修復能力を持ってる異能力者でもないんだから一発で死ぬんだが!」
「大丈夫。失った分、私があなたの目になる。これなら問題ない」
無慈悲にも力を入れ続けている胡桃の圧力は本気だった。本気で俺の目を潰しに掛かる勢いで迫ってきた。
「問題あり過ぎるだろ。……というか、お前のことも見えなくなるけどそれでいいのか?」
「……それはダメ」
初めて会話が通じ、胡桃の力が徐々に弱っていく。一先ず生存に成功した俺は肩の荷を下ろした。
「ねぇそこの二人、今からテストやるの忘れてない? いい加減始めたいんだけど」
騒がしい俺たちの空気を比良咲の母親は、イライラオーラを身体から出しながら鋭く睨みを利かせる。
「すいません、すっかり忘れてました」
「莉奈もシャキッとしなさい。お客さんが呼んでるからあんたは注文取りに行って来な」
「あ、はい! 今行きます!」
比良咲の母親は年寄りの夫婦が俺たちの様子を窺っているのを察したのか、娘に指示し、注文を受け取るように促した。
「ちなみにどんなテストなんですか?」
メイド服を着た比良咲の背中を見届けながら俺は母親に質問する。
「ん〜……それじゃあコーヒーでも作ってもらうか。豆の種類や道具は好きなのを使ってくれて構わない。私が味を認めたら、合格だ。……それと、テストは君も参加しなさい」
「どうしてです?」
「最近の男子高校生がどのくらいの腕前があるのか興味があるんだ。拒否権はない。あと不味いコーヒーを提供したら殺す。いい? 分かった?」
無茶振り過ぎる。この人絶対殺人犯したことあるだろ。
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