第12話 比良咲との秘密の作戦

「そういや自己紹介がまだだったわね。初めまして、比良咲ひらざき莉奈りなの母です。以後お見知りおきを」


 比良咲の母親と名乗る女性は、ドヤり顔をしながら挑発的に俺を見た。

 この人が比良咲の母親? 真由美まゆみさんと同じですげぇー若そうに見える。可愛い女の子の母親ってみんなそうなのか? 遺伝子って底知れないな。


「せっかく来てもらったんだからそういう態度するのやめて! 根岸ねぎしくんが怖がってるでしょ!」


「根岸……あぁ、君が根岸和音かずねくんか」


 親の醜態に恥じる比良咲の言葉を聞き、何かを見定めるように怖い表情で俺と目を合わせてくる比良咲の母親。


「僕のこと知ってるんですか?」


「ん? そりゃあ娘に色々と聞いてるからね。君への不満、文句、それから……」


「お母さん……? それ以上話したらその口使えないようにするけど……?」


 ツインテールを触手のようにウネウネと動かしながら比良咲は母親にイライラとした感情をぶつける。


「こっわ、はいはいすいませんね。……けど、まさかこんな平凡で普通な少年とは思わなかった。君、本当に店で働けるの? バイトとはいえ、私が求めているのはそれなりに料理が出来て、接客が出来る人材。到底出来そうとは思えないんですけど。見た目から捻くれてそうだし」


「確かに見た目はそうかもしれないけど、やれば出来る人よ。安心して」


 比良咲が自信満々に胸を張ってそう言い張った。比良咲母の発言を一部否定しているものの、遠回しに賛成している。


 そこは否定してほしかったなぁ。まぁ自覚はしてるけど……。


「あの、その件なんですけど、実は働かせてもらおうとしているのは自分じゃなくて……」


 俺は周囲が騒がしいというのに気楽にメニュー表を眺めている胡桃を横目に見た。


「……って、どうしてあんたがここにいるのよ!」


 自分の母親と俺にしか注意が回っていなかったのか、比良咲はそこで胡桃の存在を認識した。


「こんにちは」


「こんにちはじゃない! 私はあんたを誘った覚えはないんですけど!」


「莉奈、知り合いなの?」


「最近転校してきたクラスメイト。根岸くんの幼馴染よ」


 気に食わない腹立たしさを込めながら比良咲は俺の代わりに胡桃の説明をしてくれる。


「へー、幼馴染……やっぱり二人は付き合ってるの?」


「は⁉︎ あんたたち付き合ってるわけ⁉︎」


「付き合ってねぇーよ。なに勘違いしてんだ」


 比良咲の母親の読みは単なる思い過ごし。喫茶店に足を運ぶリア充カップルはどこかしらにいるだろうが、勝手にそんな扱いをされても困る。


「そう。私たちを恋人みたいな薄っぺらい関係じゃない。もっと濃厚で綿密な関係」


「そ、それってどういうことよ! も、もしかして……!」


 顔を真っ赤に染めて、比良咲は俺から一方後ろに仰け反った。何を想像してしまったのか、聞かなくても大体読み取れてしまう。


「断じて違う! 一般的な幼馴染だ! やましいことはない! お前もいい加減な事ってややこしくするな!」


「本当のこと。私は嘘を付いてない」


 言いたいことは分かるよ? 幼馴染でありながら義理の兄妹でありながら、半ば強制的に結ばれた専属メイドという。山のように結び付ける関係性があって、胡桃の言う通り、誰よりも濃厚で綿密な関係だ。

 ただ、今ここで言わんでもいいだろ! 転校初日の出来事もう忘れたのか⁉︎ これじゃあまたいつか二の舞食らう羽目になるぞ! 

 相変わらず平常心で口を開く胡桃に俺は大声で説教してやりたい気分だが、心の中でぐっと堪える。


「それよりバイト件、私事前に何も聞いていない。説明して」


「根岸くん、一体どういうことよ」


「比良咲、ちょっといいか?」


 俺は店内の端を指で差して合図し、比良咲と隅に誘う。胡桃には聞こえないように比良咲と打ち明け話を広げた。


「お願いがあるんだ」


「お願い?」


「単刀直入に言うが、あいつと友達になってほしい」


 ボソボソと囁くと、比良咲は明らかに嫌な顔をする。


「そんなに嫌か?」


「嫌よ。だって私あの子苦手だもん。考えてる事よく分からないし、それに……と、とにかく仲良くなれる気がしないわ」


 途中何かを言い掛けて、頬をピンク色に染める比良咲は首を横に振った。


「そこをなんとか」


「無理なもんは無理。というか、さっきのどういう意味よ。あんたが働いてくれるんじゃなかったわけ?」


「悪い、それ嘘。元々あいつを連れてこようとしてた。けど誰でも良かったんだろ? 互いの利害は一致してるはずだ。店は人手不足を解消するため、俺は幼馴染に友達を作るため」


「……誰でも良かったわけじゃないのに」


 頬を多少膨らまし、小さい声音で口にした比良咲の言葉は耳に入らなかった。虚言を吐かれた怒りに対する独り言だろうと俺は決め付け、そのまま会話を紡いでいく。


「比良咲だって知ってるだろ? あいつ、俺以外の奴の話そうと全然しないんだ」


「なにそれ、ラブラブ自慢?」


 比良咲の鋭利な眼差しが俺に突き刺さる。彼女の母親とは少しも似てないなぁと薄々思っていたけれど、不良っぽい母親とそっくりな眼光。流石親子だった。


「自慢だったらこんなお願いしない。ここだけの話、胡桃の奴元々不登校だったんだ。何かしらのトラウマがあるのか、友達を作ろうともしない」


「ならあんたにだけ固執する理由は?」


「小学生の頃からの幼馴染で、心を開ける相手が俺しかいないから。それ以外に考えられない。だから俺はあいつに他にも仲良く出来る人を作って──そして、みんなから注目を浴び続ける日々を脱出したいんだ」


 あわよくば専属メイドの廃棄、独占欲の束縛も解消したいところだ。


 比良咲は俺の説得を聞き、しばらく頭を悩ませる。

 相当、胡桃の存在が苦手なのだろうか。確かに二人の性格は真逆に等しい。それでも、相性が悪いとはとても思わなかった。先日の体育で目にした二人の会話然り、犬猿の仲に近い距離感で接している光景を俺は何度も見たことがある。

 比良咲なら任せてもいい。俺は彼女を信頼している。


「──そうよね、そうすれば私だって……」


 思考にのめり込んだ結果、比良咲はぶつぶつと独り言をし始める。


「比良咲?」


「ふん、そういうことなら仕方ないわね。学級委員長の私が責任持って務めてあげるわ」


 だからなんでいつも上から目線なんだ。さっきまでめちゃくちゃ嫌がってたじゃねぇーか。


「二人とも話終わった?」


 比良咲の母親は俺たちの会話を盗み聞きしていたのか、キリがいいところで間に入り込んできた。


「終わりました。やはり自分ではなく、その子が今日の主役です。……というわけで胡桃、この店でバイトしてくれないか?」


「なぜ?」


「比良咲がお前と友達になりたいんだとよ」

 

「あなたが?」


「え、えぇそうよ。私はあなたと仲良くしないの。だから一緒にこの店で働いてほしいなー」


 チラッと目線で後は任せたぞと伝えると、比良咲は棒読みで、ぎこちなく話の流れに合わせてくれる。


「ごめんなさい。私はそれに答えられない」


「ど、どうして……?」


「あなたと友達になるつもりも、この店で働くつもりもないから」


「そんな事言わずに……ね?」


「それに私、いつも和音くんに悪口を言う下品な女とは働けない」


「……ッ、大人しく聞いてればあんた何様なのよ! 一発引っ叩いても文句言う権利ないわよね!」


 下唇を噛み締めながら胡桃の本音を耐えていた比良咲だったが、ついに我慢の限界に到達。


「比良咲落ち着け! 冷静になれ!」


 俺は今にも殴り掛かろうとする彼女の首元の襟を掴み、行動を抑制した。


「別に私はどっちでもいいんだけどさ、その前に一旦テストをしようか」


「テストですか?」


 乱闘騒ぎの最中、比良咲の母親は口に咥えていたココアシガレットを噛み砕き、折れた切り口をタバコのように持つ。


「料理も掃除も出来ない無能な人間を雇えるほど、この喫茶店も裕福じゃないからね。仕事をこなせるかのテストだよ。……胡桃ちゃんって言ったかな? 私の娘もこう言ってることだ。合否関係なく、テストを受けながら一度考え直してみたらどうだ?」


 入団試験的なことか。いいや、胡桃を説得する猶予が生まれたと受けるべきかもしれない。


「せっかくだからやってみたら?」


「……和音くんがそう言うなら」


 こうして比良咲の母親により、第一の試練が幕を開けた。

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