第11話 喫茶店の鬼番長

 放課後、俺はホームルームが始まる前に胡桃くるみに声を掛け、一緒に学校を下校していた。


「それで、連れて行きたいところってどこ?」


「着けば分かるさ」


 胡桃には具体的な内容を説明せず、ただ着いてきてほしいとだけ伝え、とある場所に向かっている。そんなほいほい言うこと聞いちゃダメな気がするが、これも一重に相手が俺だからなのだろうか。すんなり誘いに乗ってくれた。

 まず発明した際、俺はこの作戦を第一次メイド解放計画と名付けた。

 比良咲ひらざきには既に言質を取っている。『どういう風の吹き回しなのよ!』と慌てた様子で断られるかと思ったが、『ふん! 仕方ないわね! 今日の放課後に店にいらっしゃい!』と承諾を得たのだ。

 仕事は比良咲の家が経営している喫茶店の手伝い。大雑把だが、ある程度は想像できるだろう。しかも胡桃との相性抜群。それなりの即戦力にはなるはずだ。

 まぁ本音を言えば、喫茶店の経営なんてどうでもいい。仕事をこなしていく中で、これを機に胡桃には比良咲と友達になってもらう。

 これが第一次メイド解放計画である。


 比良咲から送られた喫茶店の位置情報を頼りに、俺と胡桃は普段とは異なる細い小道を歩く。高校から最寄駅に向かう道から大きく外れているためか、他の生徒は見渡らなかった。


「ここか……」


 入り組んだ路地を抜けると、民間の中にそれらしき建物を発見した。

 全体的に茶色の塗装がされている建築物。一階の看板には木彫りで『サクラ喫茶』とレトロ風に彫られており、店の外装も看板に見合った誰もが喫茶店と言ったら思い浮かべてしまうようなビンテージもの。しかし二階と三階は新居のような光沢感があり、普通の住居らしい。


「サクラ喫茶……もしかして放課後デートというやつ?」


「放課後デートか。ふっ、人生で一度くらいは経験してみたいもんだな」


 俺が年齢=彼女いない歴というのは有名な話。

 悲しい現実を再確認しながらも、カランコロンとベルを鳴らして俺は喫茶店の扉を開けた。

 入店してすぐ香るコーヒー独特なフレーバーとともに、早速視界に入ったのは外装と同様に昔を思い出す味わい深い木製の机などのインテリア。

 そしてまばらにテーブル席に座るお年寄りの客、カウンター席の目先にはエプロンを着ている男の老人が哀愁深くカップを拭いていた。

 いかにも地元の喫茶店らしい風景である。


「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」


「あのすいません。比良咲莉奈りなさんの誘いで訪れたんですけど……」


「莉奈の誘い? ……あぁ、君たちがバイトの。メニューでも見ててくれるかい? 今呼んでくるから」


「はい、分かりました」


 店を訪れた経緯を説明すると、ダンディな老人は暖簾のれんを潜って店の奥に移動した。

 老人に指示された通り、俺と胡桃はカウンターに腰を下ろす。机に置かれているメニュー表を手に取り、目を通した。


「ここでバイト始めるの?」


 その横で胡桃はここに来てやっと状況を把握し、手を止めてそんな質問をする。


「始めるのは俺じゃないぞ。胡桃、お前だ」


「私?」


「あぁ、とにかく詳しい話は後。今は休憩がてら、一杯くらい注文しようぜ」


 比良咲がいた方が会話が成立すると思い、俺は胡桃の問いに深く答えず、メニューを閲覧していく。

 喫茶店とはこうあるべきだと言わんばかりに、俺が想像していた商品がずらーっと載っていた。よく分からないコーヒー豆の名前や組み合わせ方、煎じる方法みたいな文字がカタカナ言葉でその半数を占めており、正直、意味不明だった。


「君、どんな女の子がタイプなの?」


 じっーとメニュー表と睨めっこしていると、胡桃とは反対側の隣の席に肘を突きながら座る女性から突然声を掛けられた。

 目つきが鋭い若い大人の女性。それが第一印象。大きなシュシュで黒髪を一束に整え、ナチュラルメイクで装った美人さんの顔立ち。何より口にはココアシガレットという、別名タバコお菓子と呼ばれている駄菓子を咥えている。そんな外見が年上の女性感をより際立たせていた。


「……ぼ、僕ですか?」


「君以外に誰がいるんだよ。で、どんな女の子がタイプなのよ」


 見知らぬ女性に、しかもこんな意図が全く分からない質問を威圧されながら問われた。理解出来ない。もちろん、パッと答えられるほど俺は万能じゃなかった。


「……可愛い女の子、ですかね」


「つまんない。もっと他にないわけ?」


 無難な解答をすると、何故か女性は俺をギロッとガンを飛ばしてくる。


「えーっとじゃあ……年上とか?」


「何? ひょっとして私のこと言ってる? 大人を揶揄からかうとは良い度胸だ」


 え〜、この人と俺って初対面ですよね? なんて返事したら納得してくれるんだよ……。


 不良に絡まれるとはこういうことを言うのだろうか。無理難題を押し付けられ、金と活力を奪わられる。怖いったらありゃしない。


「チッ、まぁいい。彼女にカッコいいとこ見せようと思ってこの喫茶店に入ったならとっとと帰りな。ここはガキが来るところじゃない」


「お母さんちょっと待って! 私が誘った人っていうのがその人!」


 バダバタ。そのタイミングで勢いよく比良咲が店の奥から現れた。慌てていたのか、エプロンを最後まで着衣せず、一心不乱に慌てた仕草で俺に圧を向けていた女性に近寄っていく。


「お母さん?」


 店内には他に高齢者の客しかいない。ということは──。


「そういや自己紹介がまだだったわね。初めまして、比良咲莉奈の母です。以後お見知りおきを」

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