第9話 メイドがいない昼休み

「まさか和音かずねにあんな可愛い幼馴染がいるとは思わなかったですな〜」


「ふざけるな、お前のせいでこっちは散々な目に遭ってんだぞ……」


 昼休み、俺は斗真とうまと共に食堂に向かって廊下を歩いていた。


「いや〜、笑った笑った。やはり人がいじめられるのを見ると、面白くて仕方ない!」


「そんなところだろうと思った。俺で遊ぶのもいい加減にしてくれよ」


「でも──再婚相手の義妹、可愛い幼馴染。俺らからしたら羨ましい存在が、いると分かったらこうなるのも仕方ないだろ」


「……二人も、ね」


 斗真に自分の現状を叩きつけられ、俺はたまらず溜息を吐いた。


 胡桃くるみと俺が義理の兄妹であること、専属メイドという訳の分からない関係であることを隠しながら、俺は一通りの流れをクラスメイトに説明した。

 胡桃とは小学生の頃からの幼馴染であり、最近近所に引っ越してきた。再会したのはつい昨日のことで、俺自身も驚いている……的な発言を、一部を除き包み隠さず白状する。

 そしてその結果──俺には仲良い美少女がいるという、事実と湾曲した情報が認知された所で事なきを終えていた。


 何故こうなった? 俺はどこで間違えたんだ。余計に最悪な状況になり果てているんだが……。


 説明しているうちに気が付いた。

 男子生徒らは、俺には義理の妹がいると思っている。もちろん、その相手は胡桃なのだが、彼らはそれを知らない。

 よって胡桃とは別の存在すらしない義妹が他にいると勝手に解釈してしまったのだ。

 もういっそのこと全て説明し直そうとも考えた。

 しかしそれもそれで十分に彼らの批判を煽る動機になる事は間違いなかった。

 ましてや不確定な存在よりも、転校生の美少女が妹という場合の方が反感を貰いかねないだろう。

 八方塞がりとはこのことである。


「なぁなぁ、いい加減妹ちゃんの写真見せてくれよ〜。俺に紹介してくれてもいいんだぜ〜?」


 口をωのような形にしながら斗真は俺の頬を突いてくる。


「小学生だったらどうしてたんだ」


「小学生か〜。俺にはロリコンの趣味はないかな〜。胸が大きいお姉さんが好みです」


「お前の好みは聞いてない」


 冷たく言い返したものの、理解は出来る。男子高校生たるもの、母性溢れる年上の女性に好かれるものだ。


「連れねぇーな。……けど真剣な話、何歳にしろ妹は大変だぞ〜。アニメとかでさ『お兄ちゃんだ〜いすき!』みたいなキャラいるだろ? そんな妹この世にいないから。実際、俺の妹がそうだ。話すだけでクソ生意気なガキ。ウザくて仕方ない」


「そうか? 斗真の妹ちゃんめっちゃ良い子じゃん。お前に比べて全然真面目だし」


「それは和音前だけだっつーの。普段はイカれてだらしない乱暴なゴリラだ」


「散々な言いようだな……」


 斗真には今中学三年生で二つ下の妹がいる。何度か斗真の家に遊びに行った時に話す機会があったが、礼儀がちゃんとしている立派な女の子だった。見習ってほしいくらい誰かさんの妹とは違って、優しくて親切。


「で、写真は?」


「断る。本人のプライバシー」


「流石お兄ちゃん、判断が早いな」


 たわいもない会話をしているうちに、俺たちは食堂に到着した。空いている席を探し、とりあえず場所を確保する。


「今更なんだけど、それって何?」


 座ると同時に俺がテーブルに置いたランチバックを斗真は指差した。


「弁当だよ」


「弁当? なんで突然また……あ、分かった。もしかして新しいお母さんの手作り弁当だな〜。羨ましい羨ましい。愛されてますね〜」


 丸眼鏡の奥に映る瞳を細めながらニヤニヤ口元を緩める斗真。


「うるさい。だから今日はここで待ってるから、一人で買ってきてくれ」


「へいへい、今日は天丼にでもしようかな〜」


 呑気に斗真は椅子から立ち上がり、おばちゃんたちが並ぶ注文スペースに向かった。

 彼の背中を見ながら──どうして俺はあんな奴と親友になったんだろ、と良い意味で斗真らしい一面に笑ってしまう。


「ここ、座っていい?」

 

 するとそこへ入れ替わるように、栗色のツインテール少女──比良咲ひらざき莉奈りなが可愛らしいランチバックを持ちながら姿を現した。


「あ、あぁ別にいいけど……わざわざここに座る必要あるか? それにいつも友達と食べてるはずじゃ?」


 他にも席は空いているはずなのに、何故か比良咲は端に位置するこの場所を選んだ。しかも普段は教室で昼休みを過ごしているような生徒。こういう場面は早々起こらないと思うのだが……。


「友達が他のクラスの子と食べるから今日はいないのよ。べ、別にあんたと食べたいからとかじゃないわ」


 俺から一歩距離を離しながら比良咲は両手を組んで大きく胸を張った。


「だったら他の場所に座ればいいだろ」


「あ、朝の話! 朝の話をまだ聞いてなかった! それを私に聞かせない! 学級委員長として知っておかないといけないわ!」


 ツンとした態度で比良咲は俺の正面にドスンと腰を下ろす。けれどそれ以降、ランチバックを抱えたまま石のように固まってしまった。気まずさが後天してきたのか、彼女の視線が一点に留まらず、キョロキョロと周囲を見渡した。


「ねぇあの二人って付き合ってるのかな?」

「大勢の前でラブラブだね〜」


 更なる投下が落とされる。横を通り過ぎる生徒たちがまるでお見合いカップルを眺めるような眼差しで俺たちを注目していた。


「…………ッ!」


 比良咲の顔がトマトのように真っ赤に染まる。そこで秒針の針が動き出し、比良咲はゆっくりと弁当を広げ始めた。


 こいつは何がしてんだ? 恥ずかしいなら最初ならやめとくか、すぐここから離れればいいだろ。


 よほど一人きりにはなりたくないのだろう。そもそも弁当なんだから、普通に教室で過ごせばよかったものを。

 比良咲も斗真と同じく相当な変わり者なのは今から始まったことじゃない。俺の周りは一癖ある人間ばかり集まっていく。

 場を整えるように咳払いしてから比良咲は本題に入った。


「で、根岸くんの妹はどういう人なのよ」


「どういう人って言われてもな……」


 例の転校生で束縛が強いメイドとはとても言えない。


「まぁどこにでもいる女子高校生だよ」


「ふ〜ん、可愛いの?」


「さぁ、可愛いんじゃねぇーの?」


「ねぇもっと真剣に答えてくれる?」


 魂が抜けた声音を吐いていると、比良咲が今にも胸を掴んできそうな勢いで棘を差し込んできた。


「知らねぇーよ。というか、お前にいちいち教える必要ないし、知ってどうするだよ。友達にでもなりたいのか?」


「そんなわけないでしょ。あんたのために聞いてあげてるの。私のクラスメイトである限り遅刻は許さない。朝バタバタしてる原因がその妹にあるなら、相談受けてあげるって言ってるわけ」


「別に頼んでないんだけど……」


「なら感謝しなさい。この私が直々に解決してあげるんだから」


 やけに上から目線の比良咲に若干腹が立ちつつも、俺はランチバックから一般的な二段重ね弁当を取り出す。


「あれ比良咲じゃん。なんでこんなところにいるの?」


 と、その時、注文スペースに足を運んでいた斗真が宣言通り、天丼をトレイに乗せて戻ってきた。


「一人じゃ寂しいから俺たちと昼飯食べたいんだとよ」


「は⁉︎ 一言もそんなこと言ってないわよね⁉︎」


「へ〜、そうなんだ〜」


 比良咲の高圧的な態度を去なしている最中、斗真は彼女を嘲笑うかのように頬を緩めた。


「……何よ」


「いいや、比良咲も頑張ってんな〜っと思って」


「ふん、なんのことかさっぱり分からない」


 素っ気ない姿勢を示す比良咲に対して、斗真は依然と変わらない態度で俺の隣の椅子に座った。


「そういや、和音いいのか?」


「何が?」


「佐倉さんだよ。幼馴染なんだろ? 昼飯誘わなくて良かったのか?」


 意味不明にも比良咲は佐倉という言葉に異様に反応した。


「大丈夫だろ。あいつも子供じゃあるまいし」


 気にしてなかったと言えば嘘になるけれど、決して忘れていたわけじゃない。誘うかどうか悩んだ結果、放置した。それに、今日一緒に食べると弁当の中身次第でまた色々とややこしくなる可能性があるからな。具が同じだったりしてね。


「佐倉さんならクラスの女子と食べてたわよ」


「そうなのか?」


「えぇ、午前中通して、それなりに仲良くなったんじゃない?」


 比良咲の発言には信憑生がある。

 極度の人見知りだと思っていたが、俺の思い過ごしだったのかもしれないな。これならあいつの想いの正体を気付かさせてやれるのも、そう遠い話じゃない。


「比良咲教えてくれてありがとう」


「別にお礼なんていらないわよ。偶然見ただけだから」


 当たり前の如く発言を返す比良咲はランチバックから取り出した女の子らしい弁当箱を開けた。

 栄養バランス抜群の色とりどりな具が敷き詰められている。


「なぁ聞いてくれよ比良咲。和音の弁当今日再婚相手のお母さんが作ってくれたらしいぜ」

 

「そうなんだ。よかったわね」


「だから今度、比良咲も和音に弁当作ってあげたらどうだ〜? いつも自分で作ってるもんな〜」


「どうして私が作らないといけないのよ」


 明らかにわざと比良咲を挑発する斗真は甘い誘いを囁くように俺の肩に腕を回した。


「お前も比良咲の弁当食べてみたいよな?」


「ん? まぁ食べてみたい気はするけど……」


「そ、そうなの?」


 比良咲はさり気なく俺の反応を伺ってくる。


「どちらかと言えばな。同い年の女子の手料理を食べる機会なんてほとんどないから、単純に興味だ」


 特に胡桃の手料理との差を知りたい。どれほどあのメイドさんの腕前が凄いのか、同年代の手料理と比較すればきっとそれが判明する。

 返事に困っているのか、比良咲は弁当に手を付ける箸を一度休め、しばらく沈黙した。


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、ごめんなさい。今は無理だわ」


 明るさも鋭利さもない淀んだ表情で比良咲は予想外の結論を出した。


「今忙しいのか?」


「ちょっとね、私の家って喫茶店経営してるんだけど、最近バイトの子が辞めちゃって人手不足なの。それで代わりに私が入ってて、手間を取る時間がない」


 俺の問いに答えてくれた内容は初耳だった。拍子抜けに隣を見ると、斗真も俺と同じような反応を示していた。


「この際聞くけど、二人ともどう? うちで働いてみる気ない?」


「「パス」」


 間髪入れずに俺と斗真は即答である。


「そこは働くって答えるところでしょ⁉︎」


「だってめんどくさいし」


「だって俺バイトしてるし」


 俺に続いて斗真が理由を述べると、比良咲は頬を膨らませ、ご機嫌斜めのご様子でおかずを口に運び始めた。

 ひと段落が付き、俺も胡桃から受け取った弁当箱の蓋を取る。

 二段目はおかず類、そして一段目にはLOVEと丁寧に海苔でトッピングされた白米が詰まっていた。


「お前の母さん可愛いな」

「ラブ……ぷぷぷっ」


 まぁ、これは甘酸っぱい思い出として一生忘れないでおこう。胡桃も新しい友達出来たみたいだし、この転校をきっかけに俺なんか忘れてしまうほどきっと意識を変えてくれるはずだ。

 誰かに好意を向けられ、振り回される良い経験だった。

 

 そう思い、俺は短い期間だけでも自分に尽くしてくれた胡桃を思い浮かべ、弁当に手を付けたのだった。


 うん、美味しい。

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