第7話 ツインテール少女と丸眼鏡の親友

「クソ! お前のせいで遅刻しそうじゃねぇーかよ!」


和音かずねくんが着替えを手伝ってくれなかったせい」


「手伝えるわけないだろ! 自分が女子ってこと忘れたのか⁉︎」


「和音くんにしかこんなこと頼まない」


 俺と胡桃くるみはとにかく学校に向かって走っていた。

 メイド服のまま登校しようとしていた胡桃を家に引き返した以降、かなりの時間が経過している。

 どうやらメイド服という衣類は着るのにも脱ぐのにも少々手間が掛かるらしい。

 着替えたうちの学校の女子制服は、白色をベースに水色の布が混じるキュートなセーラー服。

 外見は男目線で愛らしい。雪のように透き通った肌や炭のように黒い髪の毛との相性が良い。

 また、メイド服と違ってセーラー服は身体の形状が分かりやすくなるため、胸元やくびれが一層生々しく露出していた。

 そして何とか時間ギリギリに俺たちは高校の正門を通り、下駄箱付近に到着した。


「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」


 両手を膝に突き、荒い息を吐いしてしまう。

 こんなにも自分の身体が高齢化しているとは思わなかった。過呼吸気味で、汗がだらりと流れ出る。全力疾走をしていたわけでもないのにここまで消耗しているとは……年だな。


「疲れ過ぎ。おじさんみたい」


「うるせぇ。お前がおかしいんだよ……」


 対して胡桃は汗一つかかず、平然とした様子を保っていた。背筋がシュッと伸び、もの静かにスクール鞄とトートバッグの取手を両手で掴んでいる。


「和音くんが運動不足なだけ。私は平常運転」


 スポーツ選手じゃあるまいし、女の子がそんな体力あるのは普通じゃない。これもメイドの修行で身に付けたもんなのか?


「で、胡桃は何組なんだ?」


「分からない。登校したら職員室に来てって言われてる」


「ならこっからは別々だ。職員室は右の階段上がってすぐ右手にあるから、くれぐれも迷子になるなよ」


「和音くん、はいこれ……」


 自分のロッカーがある場所に向かう手前、胡桃がそっと距離を詰めてくると、トートバッグから取り出したランチバックを押し付けてきた。


「もしかして弁当?」


「お父さんから聞いた。いつも購買で昼飯を済ましていると。それじゃあ栄養が傾いてしまう。だからこれからは毎日私が弁当を作る」


「嬉しいけど、別にそこまでしてくれる必要はないんだぜ? 流石に毎朝は大変だろ」


「心配いらない。私がそうしたいの。自分が作った食事で和音くんの身体を生成し、私の存在無くして生きられなくしてあげる」


「いや怖いよ。お前はマッドサイエンティストか……」


 狂気染みた思考にはいつも驚かされる。


「それに昨日と一昨日を通して、お前は家事を色々とやり過ぎてる。正直、父さんと真由美さんには自分達の娘に何させてるんだって思うよ。子どもには楽させてほしいよな?」


「違う。それは私が……」


「分かってるよ。だからこそこれ以上仕事を増やしてほしくないんだ。せめて週三にしてくれ」


 本当はただクラスメイトに嫌な勘繰りをされたくないからだけど……。


 しかし建前でありながらも、俺は本気でそう思っている事もまた事実である。

 胡桃は常にメイド服を身に纏い、家族のために、俺のために何かしている事が多い気がするのだ。

 もっと自分の時間を増やしてほしい。

 自分の意志を持ってほしい。

 そういう積み重ねによって、俺に対する依存度が緩和されてくるはず…‥多分。


「和音くんがそう言うなら……でも、毎日の朝食は必ず私が作る。私が作った物以外は口に入れてはダメ」


「お前がいなかった時はどうすればいいんだよ……」


「そんな場面が訪れる事はまず有り得ない。メイドとして失格。もし約束を破ったら、縄で縛って襲う」


 なんちゅー制約でなんちゅープレイだ。


 普通の人なら冗談だと笑って流せるものの、彼女ならやりかねない。シュチュエーション的には萌える展開かもしれないが、もっと具体的に想像すると恐怖しか思い浮かばないだろう。

 けれどそれ以上に胡桃の束縛衝動を間近で感じても、少しずつ慣れてきてしまっている己の感受性に俺は恐ろしさを痛感した。



 ***



 胡桃と下駄箱で別れ、教室に向かっている最中にホームルーム開始のチャイムが校内で鳴り始めた。

 誰もいない廊下を駆け抜け、俺はようやく教室のドアを通り抜ける。

 幸運にも担任の先生がまだ到着していないらしく、クラスは談笑で賑わっていた。


「よう和音、今日は随分とギリギリだな」


 窓際列の前から三番目の席に腰を下ろすと、正面の椅子に座る男子生徒が声を掛けてきた。

 

「あぁ、朝から少しバタバタしててな」


「もしやこの前言ってた再婚が原因だな。ひょっとして手が焼ける可愛い妹でも出来たとかか?」


「近いようで遠い」


「え、本当に妹出来たのか……?」


「そう……だけど……」


 目を点にして絶句する男子生徒の名前は、古島ふるしま斗真とうま

 無差別に散らばった茶髪のボサボサヘアー。弛んだ瞳。トレンドマークと言わざるを得ない異様に丸い眼鏡を掛け、友達として何だが、見た目からからしてバカそうな少年である。

 斗真とは中学から付き合いがあり──いわゆる親友と呼ぶべき友達。コミュニケーション能力がものすごく高く、クラスの盛り上げ担当的な立ち位置。男からは計画(悪事)を企てるリーダーと支持されたり、女子からは変態と罵られ、変態と呼ばれる事も多々あり、想像的に見ると行動が予想出来ない人物だ。


「斗真?」


「ちなみにその妹って可愛いのか? それと年齢は?」


「年齢は俺たちと同い年で、外見は……まぁ可愛い方……かな?」


「……そうか」


「それよりそんな事聞いてどうするんだよ」


 斗真は突然黙想するように顔を真下に向けていた。訴え掛けても反応が返ってこない。ところがその代わり、スマホを取り出し、何やらキーボードを打ち込み始めた。しばらくすると、クラスの男子生徒のみが参加するグループに斗真のメッセージが送信されてきた。


『我同胞たちよ。先日、根岸和音の父親が再婚した。そして同い年の妹が出来たそうだ。しかも可愛いらしい。意見を聞きたい。どう処理するべきか』


 その途端、教室内にいる男子生徒の視線が一気に集中砲火された。まるで漫画の演出かのように彼らの瞳が赤色に光って俺には見えた。


「待ってくれ! さっき言ったよな⁉︎ 今日の朝バタバタしてたのはその妹のせいだって!」


「残念ながら通用しないんだよ。義理の妹に振り回されるってだけで十分幸せな展開じゃねぇーか」


「いいやそんな事ない! 精神的にも肉体的にも疲れ切ってるんだぜ⁉︎」


「ならラッキースケベ的なシュチュエーションがなかったとお前は言い切れるのか?」


「そ、それは……」


 面白おかしく目を細める斗真の言葉に俺は喉を締める。

 思い至る節はいくらでもあった。甘々しいラブコメから、恐怖を植え付けられるホラー要素まで。三日間でカウントすると濃密な発生率を叩き出している。


「ふふっ、後でゆっくり聞かせてもらうからな。和音くんよ」


「ちょっとあんたたち何してるのよ」


 斗真が不敵な笑みを浮かべていると、横入りで俺たちに向かって高圧な態度を取る少女が現れた。

 

「比良咲か。お前は朝から元気だな」


 比良咲ひらざき莉奈りな

 クラスの学級委員長。栗毛のツインテール。重めの前髪。両手を腰に当てて仁王立ちしながら、鋭利な目元が俺たちを睨み付けている。古臭く思われるかもしれないが、王道ツンデレっぽい佇まい。お柄かに膨らんだ身体のラインはくっきりと浮き出ており、このクラスの中でもっと容姿に優れていると言っても過言ではない。

 胡桃が清楚系ならば、比良咲は理想の女子高生ならではの可愛い系である。


「根岸くん、遅刻してきたくせによくそんな態度取れるわね」


「遅刻はしてないだろ、先生がまだ着てないじゃないか」


「チャイムがなった時点でアウトよ。……全く、あんたはいつもそんなんだからだらしないの。もっと真面目に出来ないわけ?」


「比良咲ってほんと和音にだけ厳しいよな。もしかして好きなのか?」


「そ、そんなわけないでしょ! 私は風紀を乱している生徒を正してるだけなんだから!」


 比良咲は斗真の煽りに頬を真っ赤に染めながら全力で否定した。


「そこまで否定しなくてもいいだろ。そんくらい言われなくたっても分かってる。美少女にモテるほど、俺も自惚れてねぇーよ」


「美少女……ふんっ! 分かってるならいいわ!」


 首を横に振る比良咲。彼女は俺のことを不良と思っているらしく、何故か四六時中絡んでくる。直接どこが不良だと説明してもらいたいものだ。どう見ても真面目で優しい優等生ではないか。


 と、その時──前方のドアがガラガラと開き、女性の担任が到着した。

 

「あとで古島くんと一緒に話聞かせてもらうから! くれぐれも逃げないでよね!」


 比良咲はそう言い残しながら駆け足で俺たちの元から去っていく。

 彼女を筆頭に立っていた生徒たちも自分の席に座り、先生が教壇に立つと、ホームルームが始まった。


「出席を取ります──と言いたいところだけど、今日はみんなに大きなニュースがあります。転校生です。入ってきていいわよ」


 大きなニュース?


 先生は前方のドア付近にいる誰かに話しかけるように合図を送る。

 すると人影が現れた。黒髪のストレートボブヘアー。真っ白な肌。一つでもピースを外したら儚く消えてしまいそうな容姿端麗さ。

 転校生となるとざわつきそうなのだが、クラスメイトの誰もがその少女に魅了され、言葉を失っていた。


「び、美少女転校生来た〜!!」


 真っ先に雄叫びを上げたのは斗真だった。

 徐々に生徒の活気も取り戻していく。男女問わず、黄色い歓声で溢れ返り、盛大に盛り上がった。


「みんな静かに! じゃあ自己紹介お願いしてもらってもいいかな?」


「はい、胡桃。親の都合によりこの学校に転校し──そして根岸和音くんと同じ屋根の下で暮らしてます」


 しかし転校生の初っ端の発言によって、一瞬で凍り付いた。

 一斉にクラスメイトの視線が俺に集まる。

 そして手元にあったスマホに何件もの通知が入った。


『処刑』

『殺す』

『呪う』

『地獄へ堕ちろ』


 などなど、男子専用グループに悪意に満ちたコメントがだらーっと送信され続けている。


 終わった。

 よりによって同じクラスかよ。

 平穏な高校生活はもう諦めるしかないのか。

 いっそのこと殺してくれ。


 涙を流したいほど俺はまたしても神様を恨み、本気で呪い殺すと心に誓った。

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