第6話 メイドの朝は忙しい
俺はいつも通りスマホのアラームを止め、起床した。
階段を降りて、洗面台へ向かう。顔を水洗いし、軽く
そこには仕事として雇っているわけでもないのにミニスカメイド服を着た少女が台所に立っていた。
「
鉄仮面的な表情に、肩に触れない程度に伸びた黒髪ストレートヘアーの少女。
俺の義妹であり幼馴染──胡桃が朝食の準備をしている最中だった。
「父さんと
「二人とも仕事に出掛けた」
「真由美さんまで? 専業主婦じゃなかったのか?」
父親は良いとしても、真由美さんはてっきり仕事をしない人だと思っていた。
決して悪口ではない。
聖母のように包み込んでくれる包容力で、見た目からして専業主婦っぽいからだ。
「昔の知り合いが経営する花屋にバイトとして働くらしい。そもそもお母さんは不器用で、家事や料理を全く出来ない人だから専業主婦は無謀」
「……それもそうだな」
自分の母親に対してあまりにも酷すぎる発言だが、俺は否定出来るほどの材料を持ち得ていなかった。
やがて朝食が運ばれ、俺はここ二日間の出来事を思い出しながら食べ進めていく。
まず真由美さんはとにかくドジっ子だった。
まさしく不器用という言葉が当てはまる。
食器を落としたり、料理を作って失敗したりと家事全般がほとんど出来ない。
しかもほとんど無自覚なのだ。
真由美さんは周囲を思って行動しているのだろうが、自分の不器用さが仇となり、言っちゃ悪いが足を引っ張っている。
なら逆に真由美さんは何なら出来るのかというと、それは場の和ませ。
会話の中心になって、俺たちを強引にでも結び付ける家族の心。お節介人間である。
きっと父親の再婚相手が真由美さんでなければ、俺はこんなにも早く新しい母親と仲良くなっていなかったのだろう。
そしてそんな真由美さんと対極な存在感を放つ胡桃は、母親と比べて優秀だった。
洗濯、料理、掃除、裁縫など、家事全般をそつなくこなす、文句なしのエリートメイド。
加えて就寝の時間帯以外は常にメイド服。
この数年でどんな修行をしたのかと興味が生まれるほど、一周回って恐怖すら感じていた。
ただし胡桃は母親と比べて、言わずもがな性格面において難がある。
機械のように精密な感情と時々垣間見せる束縛気質。
専属メイドを受け入れたとはいえ、やはりその点だけが気になって仕方がない。拷問でもされそうな胸騒ぎが止まらないのだ。
しかし全く性質が異なる二人でも、血が繋がっている親子だなと思う時が時々ある。
それは母親にも関わらず、真由美さんが胡桃に甘える時。足りない物をお互いに補っているような関係で、見てるだけでほっこりした。
パーッと朝食を食べ終え、食器を台所に戻す際、二階に上がっていた胡桃がリビングに戻ってくる。
「和音くん、制服。アイロンを掛けておいた」
胡桃は両手で綺麗に折り畳まれた俺の制服を抱えていた。
元々制服は俺の部屋のクローゼットの中に閉まっていたはず。つまり胡桃は勝手に持ち出したということ。まぁ善意でしてくれた行為と信じて文句は言うまい。
「お、おう。ありがとう」
受け取ろうとして手を差し向けるものの、胡桃はなかなか制服を手渡してこなかった。
「な、なに?」
「脱いで。私が着替え手伝ってあげる」
メイドの格好で言われると、胡桃が本物の使用人のように錯覚する。
「子供じゃあるまいし、それくらい一人で出来る。いいから早くよこせ」
「私は和音くんの専属メイド。だからこれは譲れない」
胡桃の瞳は揺らぎがなく真っ直ぐ俺に向けられた。
「……ん〜、じゃあ上着だけ頼む」
反抗心を燃やしたところで無意味だということを俺はすでに思い知らされている。
結局またこうなるのか……。
一応これでも俺は胡桃の兄で、メイドの主人? のはずなのだが、どうも立場が低い気がする。自由がない気がする。先日の物理攻撃や手錠が良い例である。男としては悔しい話だが……。
ていうか、メイドって主の命令に絶対服従じゃねぇーのかよ。全然服従してないし、明らかに逆らってるだろ。
小さく頷く胡桃を他所に俺は寝巻きの上着を脱いだ。
その光景を胡桃は真剣な眼差しで見つめてくる。恥ずかしがったり変態と罵ったり、もう少し反応を示してほしいものだ。
いつもなら裸くらい誰に見られても恥ずかしくないはずなのに、今回はものすごく羞恥心が湧き出てくる。
明日からは朝飯の前に制服着替えよ……。
新たな習慣が追加されているうちに、俺は肌着を一枚着衣し、胡桃はワイシャツを広げた。
どうにか気を紛らさないかと思い──。
「それより今日転校初日だろ? 準備は大丈夫なのか?」
「昨日の夕飯後、就寝前、それから今日の早朝に確認したからおそらく大丈夫」
「すげぇー入念だな」
それなりに緊張してるのかもな。不登校だったのにいきなり通い始めるんだ。人との接し方さえも忘れてる可能性も……。
真由美さんに胡桃の話を聞いてから、自分なりに色々と考えてみた。
どうすれば彼女を変えられるか。
もし他の人にも視界が広がれば、俺に対する依存度もなくなるのだろうか。
その結果、俺は一つの答えに辿り着いた。
「一先ず──お前は学校で友達を作れ」
胡桃に両腕をワイシャツに通してもらいながら、端的に今後の目標を伝える。
「友達?」
「あぁ、一緒に遊んだり下校したり、毎日学校で話すような相手を探せ。高校に通う以上、一人ぼっちっていうのは悲しいだろ」
「いらない。祖母の家から通っていた高校の時も、私は友達を作らなかった。私には和音くんがいれば良い」
「通ってたって……」
そういえば、引っ越してからの話を俺が真由美さんから聞いた事を胡桃は知らないのか。
伝えるべきか?
いや、隠そうとしてるんだから無理に触れない方がいい気がするな。こういうのは本人の口から説明されないと意味ないだろうし。
「だとしてもだ、絶対作った方が──」
「意志は変わらない。必要ないと言った」
胡桃が初めて棘が刺さる威圧をしながら俺の言葉を途中で遮った。
大抵の事は平然とした態度をし続けているにも関わらず、心なしか、胡桃に睨み付けられているように感じる。
明確な地雷を踏んでいる瞬間だった。
「と、とにかく、小学校の違って高校はずっと一緒にいるわけにもいかないだろ? 周囲はそういうお年頃なんだ。ラブラブカップルと認定されかねない」
「それは好都合。私たちのラブラブを見せびらかそう」
「どうしてそうなる。俺はそう思われたくないんだけど……」
ラブラブカップルと思われた時点で、俺が今まで作り上げた普通の学校生活が失われてしまう。平穏な暮らしを俺は送りたいだけなのだ。
「もしかして和音くん、私のこと嫌いなの?」
胡桃は突然懐から手錠と
恐怖と脅迫によって背筋が凍った。
「ッ……めっそうもうないです! 大好き! 世界一愛してるから!」
生理的危機感が発動し、大分誇張した表現を放ってしまった。
「そ、なら問題ない」
俺の言葉を聞いて安心したのか、殺意が消えた胡桃に俺はホッと肩を撫で下ろす。
「お前もそろそろ学校の支度しろよな。遅刻するぞ」
「うん、今から始める」
その後、俺たちは別々に学校への登校準備を始めた。
そして一足先に身支度を終えた俺は家の扉を開け、出発しようとする。しかし思わず足を止めて溜息を吐いた。
本当は一緒に登校することもあまりしたくないんだが、転校初日くらいは付き添ってやるか。
でだ、胡桃がああ言ってたとはいえ、真由美さんの話が事実だとしたらあいつには友達という心を開く事が出来る相手が必ず必要だ。
そうすれば、俺に対しての依存性も低くなるはずだし、好きだとも、専属メイドになるとも言わなくなるはずだ。
胡桃が不登校になった理由は分からないが、一先ずあいつの固定概念をぶち壊す。
美化された俺への恋心が本物の想いではなく、偽物だと気付かせる。
そのためにはまず当面の目標は強引にでも胡桃に友達を作らせよう。
大変な道のりになりそうだ。
密かな野望を掲げていると、家のドアがガチャリと開いた。
「よし、早速歩いて学校に──っておい……まさかお前メイド服で登校するつもりか?」
身支度を整えたかと思えば、胡桃はミニスカートのメイド服のまま外に出てきた。
「ダメ?」
「ダメに決まってるだろ」
こんなにも疲れた朝は初めてで、これから先卒業までずっとこのような日々続くと思うと、天を見上げて神様を呪いたい気分になった。
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