第4話 少年だけを見ているメイド
そうして俺は
まずはインテリアの配置から始まる。
胡桃指揮官の元でベッド、勉強机、本棚、タンスなどの大きめな家具を好みの場所に移動した。
次に段ボール箱を漁っていく。
手順としては二人で頑丈に貼り付けてあるガムテープを一気にカッターで切り裂き、一つ一つ順番に片付けていった。
箱を開封しているのだから中身は当然毎回確認しているので、たまに見てはいけない物を見てしまったりする。
一つ目は、メイド服。
そして二つ目は、手錠や
前者は良いとして……なんだこのイカれた小道具。不気味にも程があるだろ。
「これ何に使うんだ?」
「内緒。乙女には一つや二つ、秘密があるもの」
流石に俺には使わないよね?
単なる参考書的なあれだよね?
こんなドSな趣味を変態じゃないよね?
なんて事を思い、本人に問いただそうかと迷ったけれど、嫌な予感しかしなかったのでやめておいた。
とにかくパンドラの箱を開けているような感覚で、感情の起伏がおかしくなった事だけは事実である。
「
「順番とかは?」
「右から恋愛、ミステリー、その他」
「りょーかい」
しかしほとんどの段ボール箱の中身を占めていたのが小説だった。
小説といっても俺がよく読んでいるライトノベル系ではなく、純文学といった少し硬派なジャンルが大半を占めている。
唯一ライトノベルがあるとすると『メイドの彼女が恋するまで』などいった、またしてもメイドに関係するタイトルばかり並んでいた。
服といい、小説といい、本当にこいつはメイドが好きなんだな。
ひょっとすると、今女子高生の中で
タピオカ的な? 不良男子的な?
今度学校で聞いてみるか。
胡桃に言われた通り、俺は巻数とジャンルを揃えて黙々と作業に打ち込んだ。
対して胡桃はクローゼットやタンスに衣類を収納し始めた。ほとんどがメイド服。胡桃が着ているミニスカの他にも様々な種類のメイド服がずらっと並べられていき、異様なまでに徹底しているメイド愛である。
「そういや、今までどこに住んでたんだ?」
先日のような微妙な空気にならないように俺は胡桃に話を持ち掛ける。
「神奈川県の海沿い。ここを引っ越してから、祖母の実家に暮らしてた」
「ということは、高校はどうするんだ? 流石にここから通うわけにもいかないだろ」
「来週から和音くんの高校に通う。お父さんから聞いてない?」
「……聞いてねぇよ」
何から何まで情報の伝達が遅い気がする。
父親は胡桃とかなり前から顔を合わせていたようだし、よっぽど息子の俺に伝える勇気が必要だったのだろうか。
にしても毎回毎回新しい事実が発見されるのは俺も困るというのものだ。
いい加減やめてほしい。
「それにしても、小学校の頃不登校だった胡桃が高校に通うって言い切るなんて……成長したもんだな」
胡桃は小学生時代、家に引きこもるような不登校児童だった。
始業式や終業式、運動会。もちろん普段の授業も含め、学校に登校することはほとんどなかったのだ。
何だが泣けてくる(嘘)。昔俺は面倒を見てあげるような兄貴的立ち位置だったから、寂しいような嬉しいような。
まぁ、一番問題視するべき性格が変わってないことだけは気掛かりなんだが……。
「転校する直前、少しだけ登校するようになった気がするけど」
賞賛したつもりだったのだが、胡桃は食い付くように反論してきた。
「ちゃんと覚えてるよ。俺の背中に隠れておどおどしていたのが懐かしい限りだぜ」
「心外。私は怖がってないし、ただ和音くんの側にいたかっただけ」
「強がりはいいっての。だから成長したなって話だよ。あれ以降、転校した先でも登校し続けてたんだろ? 素直に感心した」
「……もちろん、私を侮らない方がいい」
動揺するように目の色を変え、目線を外しながらそう囁く胡桃に俺は多少違和感を持ちつつも、会話を続行する。
「とりあえず、俺たちの義理の兄妹という関係。これについては学校で秘密にしてくれ」
「どうして?」
「色々と勘違いされるかもしれないだろ」
「色々と?」
「胡桃には分からないかもしれないが、そりゃもうたくさんあるってもんだ」
ここだけの話。これからの学校生活が不安で仕方ない。
見ての通り、胡桃は相当可愛い部類の女の子だ。男女問わず同級生、いいや学校中の生徒がきっと彼女に注目するに違いない。
そんな彼女に一緒に暮らしている同級生の男がいたと分かればどうなるだろうか。
明らかな殺意が間違いなく向けられる。それだけは確実に避けたかった。
「俺は周囲から目立ちたくない。ひっそりと普通の高校生として生活したいんだ。いいな? これは約束だ」
「……和音くんがそこまで言うなら分かった。でも、話し掛けるのはいい?」
「ん〜、まぁそのくらいなら……」
「やっぱり和音くんは優しい人」
「そうか?」
「昔からずっと変わってない。だから私はあなたが好き」
頬を赤く染めもせず、唐突に愛の告白を言い放つ胡桃。
問答無用に俺の心臓から小っ恥ずかしさが襲い掛かってくる。
「あのな、そういうのは冗談でも良くないぞ」
「冗談じゃない。私は本気。もしかして信じてない?」
「信じられるわけないだろ。……昨夜のキスだってその一つだ。専属メイドにしてほしいってどういう意味だよ。好きな人にしか
「その通りだけど、何かおかしいこと言ってる?」
胡桃はまるで自分が当たり前のことを口にしているかのように首を傾げた。
「言ってるよ! 専属メイドってなに⁉︎ そもそも俺のこと好きになるイベント発生してたか⁉︎ 身に覚えがないんだが!」
「発生している。小学生の頃」
「いつの話してるんだ……」
胡桃はいついかなる時だって表情を崩さないから嘘か本当かの見破りが出来ないが、もし小学生の頃何かしらのイベントがあったとしよう。
だとしてもおかしい。幼き故の単純な感情でおそらく美化されている。
そんな気持ちは偽物でしかないのだ。
「とにかくお前を俺の専属メイドにさせる気はない。というわけで、残りの作業は一人でも出来るだろ? 俺は自分の部屋に戻らせてもらうわ」
顔が妙に熱い。
ここに居続けていたら羞恥心に侵され、頭がおかしくなりそうだ。
「待って」
胡桃に呼び止められたものの、俺は振り向かない。
ところがトテトテと乾いた足音が近付き、なんと後ろから胡桃が抱き付いてきた。
彼女の両手が俺の脇腹を通り、背中には柔らかい物体の感触が濃厚に浴びせられる。
「そんなことされても俺は騙されないぞ」
と言いつつも、美少女に抱き付かれて悪い気分になるわけもなく、一瞬正気を失い掛ける。
しかし──カシッという何かを
「胡桃、今何した?」
左手首にリングのような形をした金属が装着されている感覚があった。
恐る恐る視線を下ろすと、いつぞやの手錠によって俺の左手首と胡桃の右手首が結ばれていた。
「なんだいこれは?」
「愛の結晶。これで私と和音くんは離れられない。ちなみに外すにはこの鍵が必要」
胡桃が鍵を取り出した瞬間、俺は神速の速さで右手を伸ばす。
けれど胡桃が繰り出すそれ以上のスピードで交わされてしまった。
「外してほしいなら、私を専属メイドに」
「だから嫌だって言ってるだろ」
「そこをなんとか。どんなことを命令されたって構わない。あんなことやこんなこと、それこそエッチなことだって和音くんなら」
「ダメダメ! 血が繋がってないとはいえ、俺たちこれから兄妹になるんだぜ⁉︎ 許されるわけないだろ!」
「血縁関係がなければ、結婚は可能。法律的には問題ない」
胡桃の殺風景な表情に相手のペースに飲まれそうになりながらも俺はなんとかこの状況の打破を狙う。
「父さんや
「その点も問題ない。二人にはちゃんと了承を得ている」
なんで認めちゃってるわけ⁉︎ あの人たち胡桃さんに甘過ぎやしませんかね!
こんなにも世界は自分に不利な環境だったのかと、俺は新しい真理を発見してしまう。
クソッ、こうなったら。
他に打開策はないと判断した俺は強引に奪い取る覚悟を決めた。
恥ずかしさのあまり胡桃との間隔は空けて接していたが、俺はその邪念を振り払い、彼女の懐目掛けて再び奪取を試みる。
けれどまたしても軽々しく回避されてしまう。
その時、俺は自分の左腕に手錠を課せられていることをすっかり忘れていた。
立て直す気満々でいたのだが、勢い余った体重を上手くコントロール出来ず、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
──ドンッ!
その結果、胡桃の体幹も崩れた。
俺が床に寝そべり、胡桃がその上に覆い被るような体制になった。ほんのあと少し近寄れば、唇と唇が触れ合いそうな距離。
「二人とも今日の夕飯何が……」
そしてそこへ俺たちの母親──真由美さんの入場。タイミングも俺たちを見た真由美さんの赤面な顔も、王道ラブコメイベントに匹敵するほどの大惨事だった。
「邪魔しちゃってごめんなさい! こんなに早く二人の関係が進むとは私思ってなくて!」
「ちょっと真由美さん! これには深い理由が……!」
これには深い理由がありましてと言い終わる前に真由美さんは扉を強く閉めて、全力疾走で階段を降りていった。
「和音くん、続きする?」
能天気に胡桃は今にもキスする勢いで距離を詰めてくる。
「分かった! 降参! 降参するから早くこの手錠を解いてくれ!」
俺の敗北の声音が根岸家に響き渡った。
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