第2話 メイド服の幼馴染兼義理の妹
「では、失礼致します」
今度こそ注文を終えると、本物のウェイターが俺たちに一礼し、この場を離れた。
そこでようやく両家族向き合いながら早速顔合わせ、いいや数年ぶりとなる幼馴染の集まり会が行われた。
「なに……?」
「何でもない」
無意識にメイド姿を眺めていたせいか、
「もしかしてお前、胡桃ちゃんに惚れちゃったのか?」
「そんなじゃねぇーよ」
「素直じゃねぇーな。けど気持ちは分からんでもない。やっぱり胡桃ちゃんはメイド服がほんと似合うな〜。おじさんてっきりここの従業員と勘違いするところだった」
キャバクラに通う中年親父のような語り口で、父親は再度胡桃のメイド服を確認する。
「当たり前じゃないですか。なんて言ったって、私が作ったメイド服ですよ? 可愛いに決まってるわ。ねぇ〜胡桃〜!」
「私は特にこのカチューシャがお気に入り」
既に家族の間柄のような光景を目の当たりにするが、俺一人だけどうも会話に馴染めない。
いやなに? 確かにすごい似合ってるよ?
だけどそれ以前の問題だ。
根本的にこの状況がおかしいだろ。
実際、俺は久しぶりの幼馴染との再会に不覚にもドキッとした。
黒く透き通った髪、長いまつ毛、雪のように白い素肌、平均以上には膨らんだ胸、細身の体なのにムチムチな容姿。
しかもそんな彼女が男なら誰もが一度想像するであろうメイド服を着ているのだ。
ミニスカと呼ばれる部類のジャパニーズメイド服。白いソックスからはみ出る太ももが色っぽく印象付けている。
俺だって男だ。
こんな美少女を目の前にしたら父親の言う通り、惚れてしまう。魅了されてしまう。
しかし一瞬の出来事だった。一瞬でその感情が冷めた。
場所がコミケや家ならまだしも、ここは高級レストラン。メイド服を着た客なんて前代未聞ではないだろうか。
「父さん、この状況を説明しろ」
佐倉家側に聞かれないような大きさで隣に座る父親に耳打ちした。
「何の説明だ?」
「分からないのか⁉︎ どうして胡桃がメイド服着てんのかって話だよ!」
「なんだそのことか。胡桃ちゃんはメイドが好きみたいで、普段でもよく着てるらしい」
「知ってたのか?」
「なんだ? 羨ましいのか?」
ニヤケ顔で事の本心に全く気にもしていない父親に、俺は唖然とせざるを得ない。
この人たち本気で言ってんの?
やばいどうしよう。
もしかして俺がおかしいのか?
これを親バカと呼ぶのだろうか。
倫理的価値観から二人ともずれ過ぎている。
「……何か用?」
胡桃は小さな声で会話する俺たちを見ながら乏しい感情のまま首を傾けた。
「えと……その……どうしてメイド服なんて着てるのかなと思いまして……」
彼女の無表情が攻め立てられているように感じてしまい、敬語で話す俺の額から冷や汗が湧き出る。
「メイド服は私の勝負服。だから着てきた」
勝負服って、本物のメイドじゃあるまいし。
「どう? 似合ってる?」
「に、似合ってるんじゃないか?」
「そう、ありがとう」
感謝する時も胡桃は笑顔一つ溢さなかった。常にクールに、頬を動かさない。まるでロボットのようだ。
無口で無表情なところ、小学生の頃と全く変わってねぇんだな。
いきなりギャルで現れでもしたらどうなることやらと考えてた自分が恥ずかしくなるわ。
「それより胡桃と
真由美さんに指摘されて今更ながら気付いた。
この二人が再婚するということは、俺と胡桃は血縁関係がなくても義理の兄妹になるということ。
強制的に姉、もしくは妹と呼ばなければならない状況が訪れるかもしれないのだ。
「私は妹がいい」
胡桃は事前に決めていたかのように即答だった。
「いいのか?」
「問題ない。それに私の誕生日は九月十七日。和音くんの誕生日は七月二十一日。生年月日的にも私の方が年下」
「よくそんなこと覚えてるな」
「幼馴染として、小学生の時転校してからも和音くんを忘れた事は一度ない。和音くんは?」
「……も、もちろん覚えていたさ! そりゃあ愛する人を思うレベルで!」
今さっき思い出したなんて絶対言えねぇー。
冗談を言うように表情を引きずりながら虚言を吐くと、胡桃にじーっと眼差しを向けられる。
逸らしたい気持ちは山々だったが、ここで逃げたら嘘だとバレかねないため、必死に喰らい付いた。
「よかった」
胡桃自身から遠退いたところで俺は肩の荷を下ろす。
「じゃあ和音くんがお兄ちゃんで、胡桃が妹ちゃん。今日から私たちは一つの家族。頑張っていこうね。根岸家、ファイト〜」
気合いを入れた真由美さんが緩く拳を突き上げる。
父親はすっかり気を楽にしたのか、掛け声に呼応するようにファイトーっと共に拳を天に掲げた。
周囲の注目を浴びながらも今日だけはと思い、自分達の世界を形成する。
こうして根岸家と佐倉家の初顔合わせは無事に終わり、真由美さんが母親に、幼馴染の胡桃が俺の妹になった。
***
外はすっかり夜に老けていて、冷たい風が肌をそそった。夕方頃と比べて、街中が綺麗な街灯や車のライトで輝きを放っている。世界が変わり、俺はその荒波に飲まれて存在感を失っていた。
「では明日、
「はい分かりました! 当日が待ち遠しいです!」
タクシーを待つ間、新婚ラブラブの二人の会話を邪魔しないように俺と胡桃は少し離れたところでその様子を見守っていた。
「まさかこういう形で再会するとは思ってなかった」
「私も」
「母親の再婚、驚いたか?」
「別に……私はお母さんが幸せならそれで構わない」
「奇遇だな。俺も同感だ」
「………」
「………」
気まずい。
二人きりになった途端、急に会話が続かなくなった。
先程まで真由美さんというコミ力お化けがいたおかげで何とか場が成立していたが、久しぶりの再会。その上、お互いに自分から話しかけるような達者な口を持っていない問題点が影響しているらしい。
「……メイド、好きなの?」
必死に一つ話題を見つけた。
「好き。でも、
「たとえばどんな人?」
「好きな人」
「……好きな人いるんだ」
見た目はメイド服でふざけているかもしれないが、胡桃も立派な高校生だ。そりゃあ好きな人がいてもおかしくない。
しかし何故か、胡桃の事が好きなわけでもないのに胸の奥がもやっとした。
「和音〜! そろそろ帰るぞ〜!」
どうやら俺と父親が乗るタクシーが来たようで、やっとこの沈黙の時間から逃げ出せる時が訪れる。
「和音くん〜、最後に私のこと母さんって呼んでほしいな〜」
タクシーに乗って今にも出発する寸前、真由美さんが子供の遊びの如くチラチラと目配りしてきた。
「……か、母さん」
「きゃ〜! 和音くんに母さんって言われちゃった〜!」
自分で言わせといてその反応はずるいだろ。
テンション爆上げの真由美さんの側で心の底から羞恥心が込め上げている最中、胡桃と目が合った。
「胡桃も最後に挨拶しないさい」
真由美さんにそう言われると、胡桃は一歩タクシーに近付く。
「なら私からも一つお願い」
「お願い?」
聞き返したその次の瞬間、胡桃がタクシーの窓から乗り込んで、俺の頬に柔らかい唇を当ててきた。
プニッという感触と洗剤の良い香りが同時に襲い掛かる。
「い、いきなりお前何するんだよ!」
「私の気持ち。義理の妹と同時に、私をあなたの専属メイドにしてほしい。返事は今度聞かせて」
「……は?」
間抜け声音を漏らす俺が反応に困っているうちにタクシーの窓が閉まっていく。
やはりこの場面でさえも胡桃は相変わらずの澄ました顔で、今さっきいきなりキスをした人間とは到底思えない。
これが新しい家族との最初の思い出、そして胡桃との数年ぶりになる再会だった。
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