連れ子の少女は無口で無表情なメイドさん

くるみ

第一章 連れ子の少女は無口で無表情な幼馴染

第1話 再会

 たわいない高校での日常を終え、俺は自宅に帰宅した。


和音かずねくんおかえり」


 ドアを開けると、一般家庭ながらもメイドが俺を出迎えてくれる。

 基本に忠実な白黒のミニスカートメイド服。黒髪ストレートボブ。落ち着いた声音と無表情な顔色はいつも通り彼女らしい佇まいである。

 

「あぁただいま」


「ご飯にする? お風呂にする? それとも私とエッチなことでもする?」


「三番以外で頼む」


「あらそう。やっぱり欲求不満なの」


「三番以外って言っただろ……」


「確かにそう言った。でも欲求不満である事に変わりはない」


 俺が反論しようとも、やはり彼女の態度は微動だに揺るがない。冷徹に平然とした言葉遣いと表情で居続けていた。

 今になって始まったことじゃないが、いつになっても慣れない。けれど落ち着いた性格の持ち主だからなのか、弄ばれている気分にはならなかった。


「あのさ、ドアの前で出迎えてくれるのはありがたいんだけど、やっぱり無理しなくていいんだぜ? お前だって大変だろ?」


「心配いらない。私は和音くん専属メイド。毎日お見送り、そしてお出迎えは私の仕事。故に和音くんも浮気は許さない。あなたの全てを独占する。それが正真正銘の私だから」


「どういう理屈だ。そもそもお前は俺のメイドじゃないって何度言えば気が済むんだ」


 断じて彼女は男の夢を詰め込んだような専属メイドなんていう存在ではない。

 佐倉胡桃は同い年の幼馴染。

 そして何より俺たちは両親の再婚をきっかけに、数週間前から義理の兄妹になった関係なのだから。

 

***


 これは高校二年生になって約二ヶ月経ったとある日の事。


「はぁ⁉︎ 再婚する⁉︎」


 休日の真昼間、思わず俺──根岸和音は家のリビングで叫んでしまった。


「そんなに驚くことかよ。もしかして反対なのか?」


「あ、いや、別にそういうわけじゃ……」


 再婚という言葉を耳にしたら、息子ならば誰しも驚愕してしまっても無理はないはずだろう。

 しかしそれは父に対する冒涜というわけでもない。

 単純に知人が恋人の関係になった時の祝福感と驚きが同時に溢れてくるような、喜びに近い感情だった。

 中学一年の時、俺の母親は亡くなった。

 それから父親は俺を男一人で育ててくれたのだ。

 仕事で疲れて帰ってきたとしても、料理や裁縫などの勉強をしたり、欲しいものはなるべく買ってくれたり。

 それもこれも全て俺のため。

 良い父親の元で生まれたなと最近になってつくづく思う。

 だから父の発言を拒絶する気には一切なれなかった。


「いいんじゃねぇーの? 母さんもきっと未練たらしくうじうじされたた方が嫌だろうし、さっさと新しい人を見つけてもらった方が本望だろ。……それになんだ、俺は父さんを信じてる。だから息子として、どんな人が新しい母さんになっても認めてやるよ」


 心の中で思うだけなら簡単なのだが、こういざ口に出して伝えると、妙に恥ずかしかった。

 無意識に頭を掻きながら視線を逸らす。

 拍子抜けに父親の様子を伺うと、ほんのり瞳から水滴が生まれていた。

 ダンディな顔付きに、適度に髭を生やす良い大人がみっともない。絶妙に噛み合わない組み合わせがどうも心をむずむずさせてくる。


「おい泣くなよ」


「す、すまん! なんか急に嬉しくなっちゃった!」

 

 久しぶりに父がこんな感情的に笑い、涙を流しているところを見た気がした。

 母さんが亡くなった時以来だろうか。

 それを見ると、ようやく昔のだらしなくてカッコ悪い父親に戻ったのかと錯覚してしまう。

 けれど今の俺は父親のことを、男として素直にカッコいい。

 そう思っている事だけは確かだ。


 ***


 数日後、俺と父親は再婚相手と顔合わせをするためにタクシーに乗って夜の街を移動していた。


「何今更になって緊張してんだ。初めて顔を合わせるのは俺なんだけど……」


 チラリと右隣を見ると、気合が入ったタクシードに腕を通す父親が不安な表情を浮かべている。


「仕方ないだろ。こういう場、俺だってなかなかないんだ」


 まぁ気持ちは分かるけどよ。


 俺もそれなりに身体をじっとしていられないのだが、ここは父親として余裕を持った態度を示してもらいたいものだ。

 俺は今学校の制服を着ている。

 もう一着タキシードの用意があったらしいのだが、あくまで俺は結婚する人間の息子。主役じゃない。それも高校生。

 しかし着慣れている制服でも事前にアイロンなどをして、完璧に近い状況まで入念に手入れ済み。

 息子なりの誠意を示しているつもりである。


「そういや、お前に言い忘れた事があるんだが……」


「ん?」


「再婚相手は幼い頃近所に住んでいたお隣さんだ。苗字は佐倉。覚えてるか?」


 能天気に口にした父親のセリフに、一瞬思考が止まった。


「……いやいやちょっとまて! そういうのはもっと初めに言うもんじゃねぇーのかよ!」


「だから言ったろ? 忘れてたって……」


 自分の愚かさを自覚した父親は明らかに俺と目線を合わせないように窓の外を眺める。


 よりによって、知人と新しい家族になるのかよ。心構えがまた変わってくるぞ。

 つーことは、あいつもいるのか……。


 佐倉家。

 まだ俺が小学生だった頃、母親が生きていた頃、近所で仲が良かった母親と娘だけの家族だ。

 父親はいなかった気がする。

 当時はその事について深く考えもしなかったが、今思えば、あの親子にも色々とあったのだろう。また、苦労もしていたのかもしれない。

 佐倉家の母親はとにかく天真爛漫な人のイメージが強い。

 それこそ父親がいないという欠点すら見せないほどの明るい人。

 対して娘は同い年の無口で無表情な子だった。

 いわゆる幼馴染。

 俺が遊んでいる所を見たり、無言で参加してきたり、とにかく感情を表に出さない。

 そんなイメージだ。

 

 久しぶりの再会……ね。


 再会したら金髪のギャルになっていたらどうしよう。不良になっていたらどうしよう。実は男だったらどうしよう。

 そんな不安を抱きながら父親の緊張が移ってしまったのか、途端に俺の心臓がざわめき始めた。


 ***



 到着した場所は、新婚の顔合わせらしい高級レストランだった。

 テレビでしか見た事がない落ち着いた雰囲気漂う受付を訪れると、すでに相手側か到着しているようでそのまま店内に進んだ。


「あ、康仁やすひとさん!」


 ホールの人に案内された席には、一人の女性が笑顔を振り撒き、俺たちに手を振りながら座っている。


「佐倉さんお待たせしました」


「私のことは真由美と呼んでくださいと何度言えば分かるんですか? 私たちはもう家族なんですよ?」

 

「ハハハ、そうでした。真由美まゆみさん、今日はよろしくお願いします」


「はい! こちらこそ!」


 男らしくもなく低い姿勢で挨拶を交わす父親。それに比べて自分を真由美と名乗り、明るく振る舞う女性は、やや幼さが残りつつも大人の色気を放っていた。

 ふさふさな茶髪セミロング、完璧に決まったメイクから繰り出される顔と母性溢れるお姉さん的容姿。

 これが父親の再婚相手で、新しい母親だと認識するのに一苦労してしまうほどの美人であった。


「どうぞ座ってください」


「じゃあ遠慮なく……」


 言葉に甘えさせてもらい、父親から順に俺たちは隣同士で椅子に腰掛ける。


「久しぶりね和音くん、私のこと覚えてるかしら?」


 正面に座った真由美さんは微笑みながらそう尋ねてきた。


「佐倉さんですよね、幼い頃よく遊ばせてもらっていた」


「覚えててくれたんだ。なんか嬉しいわ〜。それにしてもこんなにカッコよくなっちゃって昔が恋しくなるわね」


「いやいやそんなことないですって。僕こそ父さんの再婚相手が佐倉さんだとは思わなかったですよ」


「あれ? 知らなかったの?」


「今さっき知ったもので僕もかなり驚いているんですよね。……な、父さん?」


「その説は申し訳ありませんでした」


 俺がしつこく睨み付けると、今回は頭を下げる父親。真由美さんの前では正直になってしまうらしい。


「そ、そういえば、今日胡桃ちゃんはいないんですか?」


 一度咳き込んでから父親は罪から逃げるように話題を変えた。


「いますよ。今お手洗いに行っ……あ、帰ってきた」


 俺と父親の背後にある手洗い出入り口から娘の姿が見たのだろうか、真由美さんは目を細めながら娘の帰りを待つ。

 後ろを振り返って確認しようかとも考えた。

 けれどいさ本番に直面すると、どうやら俺は父親以上に緊張しているようで正面を向いたまま静止してしまう。

 喉が渇き切っていたため、喉をゴクリと音を鳴らす。

 するとその時、右の視界にメイド服を着た女の人が立ち止まった。

 白い長ソックスにミニスカート。

 メイド服の中でも最も王道な形状である。


 ホールの人か?

 

「あのすいません。とりあえずお茶だけ頼んでもいいですか?」


 注文しながらその女の人がいる方向に顔を向けると、どこか懐かしい瞳と視線が合う。

 黒髪で長めのボブヘアー。引き込まれてしまいそうな奥が深い眼差しに、平然としている無表情。真っ白い肌。人形みたいに整った容姿をしている美少女。

 初めて対面したようには思えなかった。


「私は……注文を受け取りに来たわけじゃない」


 え? じゃあ、なに? 


「和音くんその子よ」


 真由美さんに言われてハッとする。


「まさか……お前胡桃か?」


 俺は困惑を隠し切れなかった。

 しかし数年ぶりの再会で幼馴染がこんなにも別嬪さんになったとか、そういう幼稚的な考えが原因ではない。

 何故公共の場でメイド服を着ているのか。

 ただその場違い感が、俺の頭を覆い尽くしたのだ。



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