3割

 競馬の主役といったとき、多くの人がまず思い浮かべるのは馬ではなかろうか。しかし、馬の上、つまり騎手のことも忘れてはならない。その乗り方は千差万別で、競馬ベテランの中には乗っている姿勢だけでどの騎手かわかる人もいるらしい。自分はそこまでの域には達していないが、素人目にもわかりやすい特徴の乗り方をする人もいて面白い。そこで、騎手の方たちの「騎乗理論」など専門的なことは全くわからないながらも、レースを見ていて気づいた点をまとめてみた。(以下敬称略)


 騎乗スタイルを表すものとして目につきやすいのは、最終直線での「追い方」だろうか。

 日本のトップ騎手の中でも「美しいフォーム」として有名な武豊は、とにかく上下動が少ない。競り合いになった時にフォームを乱してしまうというのはよくあることらしいが、彼は白熱した展開でも全身をあまり動かさず、まさに無駄もブレもない追い方をする。見た目に派手なアクションではないのにスーっと確実に馬が伸びてくるのは芸術的ですらあり、いかに馬が走りやすいかがよくわかる。

 そして、今日本で一番勝つ最強の騎手、クリストフ・ルメールの乗り方もまた美しい。武豊よりは全身を動かして追うのだが、彼もまた馬をグイグイと動かすような追い方ではなく、馬の動くポイントを的確に抑えて促している感じだ。そして、上半身と下半身の連動が滑らかで、どんな大舞台でもフォームを崩さない冷静さも素晴らしい。

 一方、ルメールと同じヨーロッパ出身の騎手でもライアン・ムーア、ランフランコ・デットーリなどはアクションの大きい追い方をする。むしろ欧州ではこういった激しい乗り方のほうが主流でルメールのほうがレアケースではないかと思う。とはいえ、一口に大きいアクションといっても人によってかなりの違いがある。

 R.ムーアは足をかなり動かす。膝から足首にかけての部分を使ってかなりタイトに馬体を挟み込み、鎧を振り子のように動かしたりしてとにかく足で馬を前に押し出す。激しく押す。上半身も動くのだがほとんど下半身の方で馬を動かしているような印象を受けるほどで、重心は後ろよりに見える。

一方、L.デットーリはむしろ足やお尻はそれほど動かさず、上半身を非常に深く折りたたんでガシガシ手綱をしごく。動きとしては馬の首の動きに合わせてヘッドバンキングをしているといえば近いかもしれないが、腰から下を固定してあれだけ上体を使えるというのはほとんど神業だ。それ前見えてる?というレベルで上半身から頭にかけてを馬の首に密着させるこちらは重心が前よりで、ムーアとはある意味対照的かもしれない。

 日本人の騎手においても欧州風のダイナミックな追い方をする人がいて、代表的なのは岩田康誠や内田博幸をはじめとした地方競馬出身または所属の騎手だ。地方競馬の深く、パワーのいる馬場で中央より平均的なスピードもスタミナも瞬発力も一枚劣る馬たちを叱咤し、もうひと伸び動かすためというのが大きな理由の1つと思う。ムーアの乗り方と系統が似ているが、馬の上での上下動が大きくスクワットのような感じでお尻が馬の背中にトントンと当たることから「お尻トントン」と呼ぶ人もいる。そのような乗り方は馬の動きを邪魔してしまうのではないかとすら思えるが、反応の鈍い馬などハマる馬にはすごくハマるし、トップレベルの騎手だと大概の馬は走らせてしまうので何か「動かす」と「邪魔しない」を両立するコツがあるのかもしれない。ただ、例えば岩田康と内田博でも馬の伸び方の種類が違う気がするので似た乗り方のように見えて一人一人個性があるようだ。

 そしてなんといっても地方競馬といえば大井の帝王・的場文男を忘れてはならない。現在の彼の乗り方は「的場ダンス」といわれる、地方競馬界の中でも特に馬上での上下動が大きいスタイルで、これが彼の膨大な勝利の秘訣なのかと思いきやそうでもないらしい。昔は綺麗に乗っていたが、年齢を重ねる中でそれが難しくなり今の「ダンス」に行き着いたと度々本人が口にしている。ではその綺麗だった頃の騎乗とはどんなものかと気になって映像で見たのだがこれが物凄い。足で馬体をしっかりと締めて押し出す!それでいて馬の背中に吸い付くようにブレない!速射砲のように鋭く何度も振り下ろされる鞭!そして面白いようにゴール前でグイーっと伸びる馬!7000以上の勝ちを積み重ねるのも納得だ。

...本当はまだまだ紹介したい騎手がたくさんいるが、それを列挙するにはこのページは狭すぎるようなので(嘘、これ以上文章にする力量がないだけ)この辺りで。


 さて、競馬では「馬7割、騎手3割」といわれたりもする。しかし騎手の技術には挙げてきたような直線での追い方だけにとどまらず馬場読み、ペース読み、ポジショニング、折り合い、ゲートの出し方など数え切れないほどの要素がある。たとえ「騎手3割」が本当だとしても、もし騎手の3割がなければ馬の7割の方も0になってしまうほど重みのある3割だ。

 レースを見るときにはどうしても馬の方に注目しがちだが、鞍上のテクニックの応酬にも目を向けてみるといつの間にか騎手の虜になっているに違いない。


追記:武豊騎手、朝日杯FS初制覇おめでとうございます!やはり美しいフォーム!

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