奇跡の世代

 ラヴズオンリーユーの香港カップ制覇で2019年クラシック世代牝馬の輝きが一層眩くなった。

 桜花賞を勝ったのがスプリント・マイルの二階級制覇を成し遂げた絶対王者、G1・5勝グランアレグリア 。

 オークスを勝ったのが海外G1年間3勝の金字塔を打ち立てた、G1・4勝ラヴズオンリーユー。

 秋華賞を勝ったのがグランプリ3連覇、まさにグランプリの鬼、G1・4勝クロノジェネシス。

 牝馬三冠路線のタイトルを異なる3頭が獲り、その全てがこれほどまでに活躍した例はほとんどない。なんといっても3頭が異なる路線で道を極めたことが面白い。しかし、どの馬も決して順風満帆に頂点に上り詰めたわけではない。


 グランアレグリアは新馬戦、サウジアラビアRCとデビューから2戦連続で驚異的なパフォーマンスを見せると牝馬限定G1・阪神JFではなく牡馬牝馬混合G1・朝日杯FSに向かう異例のローテを歩む。しかし、そこで圧倒的人気を裏切り3着に破れ、評価を落としてしまう。直行で迎えた1冠目、桜花賞では2番人気に甘んじるが、これが本来の力だと言わんばかりのレースレコード圧勝により信頼を取り戻した。その後、オークスではなくNHKマイルCに向かうこととなり、同じマイルの舞台なら負けるはずもないだろうということで1.5倍の圧倒的1番人気を背負う(余談だが、このとき個人的にはオークスになんで出ないのか!?と思ったのを覚えている)。多くの人が勝ちを確信する中、なんと複勝圏内すら外す5着惨敗、しかも1着は朝日杯で破れたアドマイヤマーズだった。この敗戦によって一部では「牡馬相手のG1では怯むのではないか」などという疑問が上がったとか上がっていないとか…というか自分は少し思っていた。とにかく、朝日杯とNHKマイルCでの走りはそれほど「らしくない」ものだったといえばお分かりいただけるだろうか。

 秋は流石に秋華賞じゃないかと思っていたら1200mのG1・スプリンターズSでの始動が予定され、しかし結局脚部不安から年末の1400mのG2・阪神カップまで復帰がずれこんでしまった。このレースがとんでもない楽勝で、一体どれが本物のグランアレグリアなのかと頭を抱えた(個人の感想)。ただ、この前後の数戦が一番彼女への評価が低かった時期ではないかと思っている。年が明けて4歳、スプリントマイル路線という方針が固まったか高松宮記念に出走し、重馬場の中で後ろから強烈に追い込むも間に合わず2着で、とりあえずスプリントでも戦えることがわかった一方、2着に甘んじたことも事実。次戦の安田記念では圧倒的一番人気の最強馬、アーモンドアイと前年の春秋マイル王インディチャンプに次ぐ単勝12倍の3番人気で、実際まあ3番手かな、という感じの評価だったように思う。しかしこのレースで絶対王者を下して優勝、まさに完勝というべき内容で衝撃をもたらした。三度名誉を取り戻した怪物・グランアレグリアはここから秋初戦のスプリンターズSをレース史上最高では?と思ってしまうレベルの末脚でぶち抜き2階級制覇。続くマイルCSは直線でライバル馬たちによる封じ込め(結果的にそうなっただけだが)に完全にハマり、万事休すかと思ったが残り200mでようやく外に出すと異次元の瞬発力でいつの間にか差し切ってしまい春秋マイルG1連覇。これで短距離界の絶対王者に君臨した彼女は5歳になった今年、マイルG1の合間に中距離にも挑戦し、惜しくも勝てなかったが好走したことで改めて能力の高さを示した。そして11月、マイルCSで大外一気を華麗に決めて連覇。有終の美を飾った。


 ラヴズオンリーユーは遅めのデビューからアクシデントもあって桜花賞の出走は叶わなかった。そこで、オークス出走に目標を切り替えて桜花賞当日のリステッド競争・忘れな草賞に出走、これを万全ではない状態ながらも勝ち、陣営の懸命の仕上げもあってオークスを迎えた。この舞台が初めての重賞、そして多頭数と色々な課題もあったがなんとレコード勝ちを収める。しかし、秋は脚のトラブルにより秋華賞を回避、エリザベス女王杯に向かうも3着に破れた。ここからこの馬の苦難の道のりが始まった。

 新型コロナウイルスの影響で年明け初戦のドバイシーマクラシックが現地到着後に中止となり帰国、ヴィクトリアマイルに出走するも7着惨敗。1月後のG3・鳴尾記念でメンバー的にも勝って当然と思えたが僅差で2着。秋初戦のG2・府中牝馬Sは5着とピリッとしない戦いが続いた。そしてエリザベス女王杯では復調の兆しを見せたか3着に奮闘し、有馬記念に向かうも10着といいところがなかった。この1年はボロボロとは言わないまでも、全盛期は過ぎてしまったのかと思われて仕方ない成績で、今考えればマイルが合わなかった、有馬は長過ぎた、など適性外の舞台が続いたということだったのかもしれない。

 そして5歳を迎えた今年の初戦G2・京都記念、騎手がM.デムーロから川田将雅に乗り変わったこの舞台でついに久々の勝利をつかんだ(ちなみにこの時は圧倒的1番人気で、なんだかんだ皆諦めきれていなかったのか、もしくは前年のエリザベス女王杯で復調の可能性を感じていたのか…)。ここから前年の忘れ物を取りにドバイシーマクラシックに参戦し、激戦の3着と一定の戦果をあげて香港のQE2世Cに転戦すると三冠牝馬のデアリングタクトら相手に優勝を果たし、完全復活を印象付けた。その後、叩きの札幌記念は2着するも、アメリカに遠征してG1・BCフィリー&メアターフを凄まじい瞬発力で抜け出し日本馬初のBCレース優勝の快挙を達成する。そして12月、引退レースのG1・香港カップでは決して楽な展開ではない中、素晴らしい根性で接戦を制して優秀の美を飾った。


 クロノジェネシスはデビュー2連勝のあと、G1・阪神JFで2着に敗れると、3歳になってクイーンカップで重賞初制覇を果たす。しかし、その後桜花賞3着、オークス3着と善戦続きの歯がゆい成績となってしまった。堅実さは抜群だがG1に届くかどうか、あと一歩足りないような…と感じたが、秋の最後の1冠・秋華賞でついにG1初制覇。しかし、続くエリザベス女王杯では複勝圏内も外す5着に敗れてしまう。

 4歳初戦の京都記念では重馬場のなか完勝し、続く大阪杯でもスムーズなレース運びで勝てるか!?と思った矢先に先輩女王・ラッキーライラックの猛追に屈する。いよいよ善戦ホース感が強くなってきたが、上半期の総決算のグランプリ・宝塚記念にて度肝を抜くパフォーマンスを見せつけることになる。雨の影響で渋った馬場の中、最終コーナーで大外を回って直線に向くと伸びる伸びる、終わってみると6馬身差の圧勝劇であった。重馬場の京都記念での勝利もあり、道悪を苦にしないタフさが改めて印象付けられた。秋は天皇賞・秋から始動し、最強馬アーモンドアイの3着に敗れるも鋭い末脚を見せて強さを示すと年末の大一番、グランプリ・有馬記念では見事に優勝し、春秋グランプリ連覇を果たした。

5歳になる今年は凱旋門賞を見据えてか海外遠征を敢行、ドバイシーマクラシックは激戦の末惜しくも2着となったが帰国して迎えた宝塚記念では完璧なレース内容でグランプリ3連覇の偉業を成し遂げた。そして正式に凱旋門賞出走が発表され、レース本番も悪くはない走りだったが7着に敗れた。重馬場の鬼とはいえあまりにも雨が降りすぎたことも不幸だったかもしれない。


 上に挙げた3頭以外にも最強の2勝馬にして天皇賞・春にも挑んだ牝馬、カレンブーケドールなど本当に個性も才能も豊かなメンツが揃っている。そんな世代のトップを張る3頭の凄さは計り知れない。


 しかし、そんな夢のような時代も緩やかに終わりを迎えようとしている。グランアレグリア とラヴズオンリーユーは優秀の美を飾り、カレンブーケドールも怪我で残念ながらターフを去った。3冠を分け合った3頭ももうクロノジェネシスを残すのみとなり、彼女も有馬記念がラストランとなる。この奇跡の世代の頂点の一角として最後の貫禄を見せつけることができるか。今年の有馬記念が楽しみだ。

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