再起

 競走馬が走っている時の輝きは人を魅了する。しかし、その輝きの裏には怪我がつきものだ。復帰できることもあれば引退に追い込まれることもあり、最悪の場合には命すらも落とす。よしんば復帰できたとしても競争能力を大きく損なっているということが珍しくない。怪我は全ての馬が向き合わざるを得ない、ある種残酷な平等さといえる。


 今年の5月、2020年の競馬界を強烈な才能で彩った一頭である、3冠牝馬デアリングタクトの故障が報じられた。4歳となって迎えた初戦、そして2戦目の海外遠征で牝馬三冠を獲ったときのような爆発力が感じられず、いやいや国内G1に戻って巻き返しだと思っていた矢先の一報にひどく落胆した。というのは、その怪我がかなりの休養を必要とする繋靭帯炎だと知ったからだ。

 繋靭帯炎は競走馬にとって深刻な疾患の1つで、古くはメジロマックイーンなどの名馬が引退に追い込まれた。そして個人的に衝撃を受けたのがルヴァンスレーヴの例だ。2018年、圧倒的な実力で瞬く間にダート界の頂点に上り詰めたルヴァンスレーヴだったが、繋靭帯炎を発症。その時は何ヶ月か休めば治ると勝手に思っていたが、再発もあり結局復帰には1年半を要した。そして復帰後あの凄まじい才能は見る影もなくなり、2戦して引退となってしまった。とても同じ馬とは思えないほどの変わりようが繋靭帯炎の恐ろしさを脳に刻み込んだ。

 何が大変かといえば、症状が治まるまではもちろん症状が治まっても再発の危険があるため、かなり長い期間十分なトレーニングを積めないということだ。デビュー前から年単位で作り上げたG1馬の肉体と精神が大きく失われ、そしてそれを再び練り上げる。しかも怪我の再発にも気を配らなければならない。あまりにも遠い、遠すぎる道のりだと素人目にもわかる。時間がかかるだけならばまだマシかもしれないが、果たして競走馬としての「旬」はそんなに待ってくれるのだろうか?

 デアリングタクトの所属するクラブが月に2、3回ほど近況報告をHPにあげてくれていて、故障発覚から現在までの経過をたどることができるのだが、写真や馬体重を見るだけでもかつての馬体を取り戻すのにどれほど時間がかかるのだろうと気が遠くなる。また、テレビ局などがYouTubeにアップしているプールトレーニングや馬房での様子を見ると心なしか三冠を獲ったときよりも優しい目になったと感じた。トレーニングによってかつて見せた強烈な勝負根性は取り戻せるのだろうか。

 本当に勝負の世界に戻ってくることができるのだろうか?


 …王者・デアリングタクトの復活への望み。ルヴァンスレーヴのようになってしまうのではないかという不安。それほどの苦労をなぜさせるのか、栄光の記憶とともに引退させたほうがいいのではないかという葛藤。いやそもそも馬主でも関係者でも馬自身でもない自分がそんなことを考えること自体が失礼だという申し訳なさ。しかしファンの方が先に音を上げてしまってどうするんだという思い。

 たくさんの心情が湧き上がり、複雑に絡み合う。それでも最後には、もう一度デアリングタクトが走るその姿を見たいという心が全てに勝る。レース走る輝き。どれだけの時間がかかろうと、その時を待つ。

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