名勝負製造機
キセキは強い馬だ。31戦4勝2着6回3着6回、うちG1は1勝、2着4回3着1回。最近の馬としてはかなりの数を走っているし、掲示板もあまり外さない。タフという意味でも強い。しかし、この成績からはこの馬のもう一つの側面が自ずと浮かび上がってくるだろう。
善戦マン。巡り合わせが悪いとか、時代が悪かったとかそういう言い方のほうが適切かもしれない。現時点で唯一のG1勝ち鞍は極悪の天候と馬場で行われた2017年菊花賞で、ある意味衝撃的なレースなのだからこれがこの馬の代名詞になってもいいはずだし、もっとG1馬としての印象が強くてもおかしくはない。しかし、ベストレースは?と聞かれたら別のレースを挙げる人も多いはずだ。例えば自分は2018年のジャパンカップと答えたくなる。
あの年、つまり菊花賞を勝った翌年は、下半期から逃げて強靭に粘るスタイルにシフトし、毎日王冠と天皇賞・秋の2戦続けて3着と確かな手応えを掴んでいた。そしてジャパンカップ、スタートから緩みないペースで逃げると、驚くべきことに1000mを通過してさらに加速ラップを刻んでいく。直線に入ってもさらに伸びる、はっきり言って負けようのない完璧なレースでゴールを駆け抜けた。だが2着だった。追走するだけで潰れるような加速ラップを2番手で構えて直線で楽々と交わせる馬、いやUMAが存在するなんて…。ちなみにアーモンドアイの勝ちタイムが超絶レコードということは有名だが、キセキだって従来のレコードをぶっちぎっているのだから強すぎる。それもほぼ単走で。東京2400mをトリッキーさのかけらもない逃げでこのパフォーマンスができる馬が過去に存在したのかも怪しい。
翌年の大阪杯では2番手追走から直線で伸びたがアルアインにクビ差屈し2着。たぶんこれがG1・2勝目に一番近かったレースだと思うし、今考えると2着となったG1の中で一番相手関係が普通のG1っぽかったのでこれを落としたのは痛かったかもしれない(アルアインももちろん強いけど他が異次元すぎる)。次走の宝塚記念ではハナを奪い、普通に勝てるレース運びのはずだったが怪物・リスグラシューがよりにもよってここで覚醒して2着。秋はゲート難が発症し始めて凱旋門賞7着、有馬記念5着で終わる。
6歳シーズンはゲート難が極まったりそれをクリアしても折り合いを欠いたりと春の2戦を惨敗するも、宝塚記念で腹を括って後方で控え、大外ぶん回しからの直線でも伸びるという非常に強い競馬を見せた。しかし後にグランプリ3連覇を達成するクロノジェネシス伝説の始まりに遭遇し2着。馬場も悪く他の馬が伸びなかったのでやはり例年なら勝てたような…。
その後も走り続け、G1でも入着を重ねる堅実さは相変わらずだがさすがに年齢もあってか勝ち馬に肉薄するとか、後続の馬は突き放しているとかそういったレースは減った。今年の京都大賞典は惜しかったが。
そうした最近の成績もあってか、去年や今年のジャパンカップの暴走などの方をもっぱらに取り上げて「ネタ馬」とか「大道芸人」とかそういう呼び方をする人たちもネットなどにちらほら現れるようになった。今回はどんなクレイジーなレースをしてくれるのか?大逃げか?大マクり暴走?といったビックリ箱のような、もっといえば「迷馬」的な愛し方をしているのかもしれない。最近のレースを見ればその気持ちは理解できる。
しかし、キセキは本当に強い!その王道ともいえる実力の高さでこそ魅了してきた馬であり、だからこそ不運としかいえないレベルの相手に不運としか言えない頻度であたりまくるその姿がネタになる。2018年のジャパンカップも、2019年、2020年の宝塚記念も、名勝負の場には常にこの馬がいた。いや、この馬の実力こそが名勝負に仕立てあげたと言い切りたい。
だから、相手が悪すぎてネタになるのはいい。しかし今年のジャパンカップのような不出来なレースでネタになるのはもう十分だ。
ようやくというか遂にというか、来てしまった引退レース、有馬記念。既に全盛期は過ぎたかもしれない。ゲート、折り合い、不安は尽きない。先のジャパンカップだって騎手のせいとは思わないし、今回も騎手にとって非常に難しい仕事だろう。しかし、長かった現役生活の終着点のこの舞台でキセキの今の実力の全てで魅せてくれることを今から願っている。そして、名勝負の主役になることも。
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