第160話 エピローグ

 空を見上げると、そこには七色の光が舞っていた。それも複数である。そしてその姿にはどこか見覚えがあった。リリアと同じように、背中に二枚の透き通った羽が生えている。


「あれって、もしかして妖精?」

「ちょっと、今さら来ても遅いわよ、あなたたち!」

「そんなこと言われても……」

「そんなことを言われても困るのだわ! ついさっき妖精王様の気配を感じたのだわ!」


 そうだそうだと騒ぎ出す妖精たち。どうやら俺は助かったようである。最悪、絞り出してでもリリアたちに魔力を与えて帰ってもらおうと思っていたからね。


「ああっ! マズイのだわ、良くないのだわ。妖精王様が消えかけているのだわ!」

「急いでお運びするのだわ。妖精界にお運びするのだわ!」

「急げ、急げー!」


 妖精界。本当にそんな場所がこの世界にあるだなんて。どうやら妖精たちはその妖精界からここまでやって来たようである。この世界はまだまだ俺の知らないことだらけだな。


「ちょっと、フェル! しっかりしなさい! ほら、早く連れて行きなさい! 急げ、急げー!」


 リリアの叫び声が聞こえたところで俺の意識は途切れた。




 足下には花の絨毯がどこまでも続いている。その所々に大きなつぼみがあり、その一つ一つが妖精の家になっている。妖精界の天気は妖精たちの気分次第だ。どうやら今日は晴れ時々曇りのようである。


「そろそろここでの生活にも慣れてきたかしら?」

「そうだね。大きくなったリリアにもそろそろ慣れてきたころだよ」


 色とりどりの花で作られた玉座に座る俺の腕に、人間とほぼ同じ大きさになったリリアが絡みついている。その豊かな胸がその存在感を激しく主張していた。


「ああっ! また妖精王様が妖精王女様とイチャイチャしているのだわ」

「また家族が増えるのだわ。楽しみなのだわ!」


 キャイキャイと元リリアサイズの妖精が周囲を飛び回っている。本当に妖精はおしゃべりが大好きだな。

 妖精王となり妖精界に連れて行かれた俺は、妖精界に戻るとすぐに、大きくなったリリアと結婚した。妖精たちによると、リリアは妖精王女になったため大きくなったそうである。


 妖精って不思議な生き物だと改めて思った。そして妖精王女になったリリアのたわわに実る胸を見て妖精たちが驚いていた。そりゃそだよね。右を見ても、左を見ても、みんなペッタンコだもんね。

 どうやら妖精は恋をすると胸が大きくなるようだ。リリアの胸が少しずつ大きくなっていたのはそのためだったのか。


「ちょっと、イチャイチャしただけで子供は増えないわよ。誤解を招くような発言はやめなさい!」

「そんなこと言って、きっとまたすぐに卵を産むのだわ」

「楽しみなのだわ」


 否定できないと思ったのか、リリアが「ぐぬぬ」みたいな顔になっている。王女様がしていい顔じゃないな。そんなリリアをなだめていると、ピーちゃんたちが戻って来た。


「兄貴、地上界は異常なしですよ」

「飛行船も順調に数を増やしているようですな。アーダン殿たちから早く現場に復帰するように言付けを頼まれておりますぞ」

「そう言われてもねぇ……」


 鳥の姿をした精霊たちには地上界の巡回をしてもらっている。あれから「この星」がうごめいているような気配はない。大丈夫だとは思うが、念には念を入れておかないとね。せっかく世界が落ち着いてきたのだから。


 あれから目を覚ますとすぐにアーダンたちに連絡を取った。伝令にはピーちゃんたちを使った。精霊なら地上界と妖精界を自由に行き来することができるからね。

 妖精界は妖精界で大変なことになっていた。支柱である妖精王がいなくなったことで花は枯れ、妖精たちの姿も見られなくなっていたのだ。


 俺は妖精界を立て直すために当分の間は妖精界から出ることができない。それに少なくなってしまった妖精たちを増やさなければならない。それはつまり、リリアと子作りに励まなくてはならないということだ。まさか妖精が卵で増えるとは思わなかった。


「子作りで忙しいから無理だって言っておく」

「ちょっとシルキー、やめてよね!」

「何よ、事実じゃない。みんなはあなたたちの元気な姿が見たいのよ」

「そうかも知れないけど、リリアとの時間も大事にしたいんだよね」


 トパーズが言うことも分かるけど、地上界に戻ったらどんな騒ぎに巻き込まれるか分からない。リリアと楽しく過ごすのも難しくなるかも知れないし……リリア?

 いつの間にかリリアが腕に抱きつくのをやめて、自分のおなかを触っている。まさか。


「リリア? おなかをしきりに触っているけど……」

「産まれる」


 リリアが真顔でそう言った。どうやら冗談ではないみたいだ。


「ちょっと、リリア!? 急いで、急いでクッションを持って来てー!」

「あわわ! また産まれるのだわ」

「急げ、急げー!」


 慌ただしく妖精たちが散っていった。きっとすぐにフカフカのクッションを持って来てくれるはずだ。


「リリア、すぐにクッションが来るから、それまで我慢して」

「無理……産まれる……」


 リリアがすでに苦しそうな顔をしている。


「ちょっと、どうするのよ!?」


 トパーズがアワアワしている。俺もアワアワしたい。リリアが落ち着いている様子だったので卵が産まれるまでにはまだ時間があると思っていた。まさかこんなことになるなんて。


「旦那様が受け止めるしかない」

「ちょっと、シルキーさん!? いや、みんなの羽毛をむしって集めれば……」

「旦那様のエッチ」


 みんなの方を見ると、すでに手が届かない場所まで離れていた。この薄情者!


「う……あ……フェル! 受け止めて、フェル! もう無理!」

「え、ちょ、ちょっと心の準備が……」

「お母様、ヒッヒッフーなのだわ、ヒッヒッフー!」


 騒ぎを感じ取った子供たちが集まって来た。子供たちにとっては新しい姉妹が生まれるからうれしいんだろうな。だがしかし、今は卵を産むのを止めて欲しかった。




「三つ産まれたわね。やれやれだわ」


 無事に産まれてホッとしたような表情になっているリリアの頭を優しく何度もなでてあげる。


「お疲れ様。今度からはいつも近くにフカフカのクッションを置くようにしておこうね」


 三つの卵が、ほんのりと呼吸をするかのように淡い光を点滅しながらクッションの上に置かれている。みんなは卵と呼んでいるが、見れば見るほど卵と言うよりかは「妖精のマユ」である。


 あとはこれに俺が魔力をそそぎ込むことで卵がふ化し、妖精が生まれるのだ。そして妖精は生まれてからすぐに妖精の姿をしている。子供時代など存在しない。なぜなら常に子供なのだから。


「ちょっとフェル、ボーッとしてないで早くふ化してあげてよ。みんな待っているわよ」


 卵の周りにはいつの間にか妖精たちが集まっていた。新しく生まれる家族を祝福するためだ。仲間が増えるよ、やったね妖精たち。

 魔力を卵に集中させる。焦らず、一つずつ丁寧にふ化させないとね。


 卵が一際大きな光を放つ。それが収まると、そこには手のひらサイズの妖精の姿があった。


「お父様、お母様、おはようなのだわ!」

「おはよう。この子は服の色が全体的に赤い色だね」

「火属性が強いみたいね。ほら、次、次」

「はいはい」


 今まで知らなかったのだが、どうやら妖精には得意な属性が存在するらしい。そして得意属性は身につけている服の色で大体分かるのだ。


「おっはよー、なのだわ」


 次は黄色を基調とした服を身につけている。当然のことながら、妖精にも色々な性格がある。陽気な性格だったり、慌て者だったり、イタズラに特化していたり……。リリアはイタズラ特化型だな、たぶん。


「おふぁよー。眠いのだわ」


 そう言うと、最後にふ化した妖精がパタリと倒れ込んだ。どうやらお寝坊さんな性格をしているようである。どの子も表情がとても豊かだ。無事に生まれてきてくれて本当にうれしい。

 もっともっと俺たちの家族を増やさないといけないな。世界が争うことなど馬鹿らしくてやめてしまうくらい楽しくしないとね。




「なあ、最近やけに妖精の姿を見かけないか?」

「ああ、確かにそうだな。フェルとリリアがそれだけたくさん子供を産んでいるってことなんだろう」

「二人がどこかで生きてるって証拠なんでしょうけど、ちょっと頑張りすぎなんじゃないの? あ、コラ、やめなさい!」


 世界にあふれた妖精によって、人間たちはお互いに争うのをやめてしまった。

 それもそのはず。争い事をしようと思っても、武器が、食料が、服が、お金が、いつの間にか無くなってしまうのだ。

 これでは戦うことができない。

 こうして少しだけ、世界はみんなに優しくなった。



 ――Fin

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無能を装って廃嫡された最強賢者は新生活を満喫したい! えながゆうき @bottyan_1129

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