第159話 妖精王

 俺たちはひとまず飛行船へと戻った。みんなにも報告しておかなくてはならない。

 まだ魔石を砕くことができる可能性はある。そのことはハッキリとさせておかないと。


「俺だけの力じゃ傷一つ入らなかったよ」

「そうか。良いところまではいっていると思うんだけどな」

「それよりか、あの加速はすごかったな。余波で飛行船がかなり揺れたぞ」

「そうなの!?」


 みんながそろってうなずいた。どうやらリリアたちもかなりの強風を受けたようである。何も言わなかったから何ともないと思っていた。これならもっと離れなければならないな。


「さてどうするか。フェルとリリアの魔法で一人ずつ大陸まで運んでもらうっていう手もあるな。時間はかかりそうだがな」

「船を捨てることにもなるし、それは最終手段だね」

「まだ何か方法があるのか?」


 俺に注目が集まった。もちろん手はある。俺一人の魔力で足りないのなら、他のみんなから魔力を集めれば良いのだ。都合が良いことに、精霊たちには先ほど与えた魔力がまだ大量に残っている。もちろんリリアの中にもだ。


「リリアと精霊たちから魔力を分けてもらおうと思っているよ。そうすれば、もっとたくさんの魔力をオリハルコンの槍に込めることができる」

「なるほど、それなら魔石を壊すことができるかも知れないな」


 やってみる価値はあると思う。これでダメなら先ほどアーダンが行っていたように一人ずつ運ぶ方法になるだろう。

 さいわいなことに食料は十分にある。休み休みでも問題なく運びきることができるはずだ。


「そんなわけで、みんなには協力してもらいたいんだけど、良いかな?」

「もちろんよ」


 リリアが真っ先に手を上げてくれた。ピーちゃんたちがそれに続いた。


「任せて下さい、兄貴」

「殿、それがしもお供しますぞ」

「一緒に行く」

「もちろん、私も行くわよ」


 トパーズも含めて全員が了承してくれた。みんなの魔力を一つにすればきっとあの魔石を砕けるはずだ。でも、ついてくる必要はなくて、魔力をオリハルコンの槍にそそぎ込んでくれるだけで良いんだけど。


「それじゃ、六精合体ね!」

「え? それって大丈夫なの!?」


 俺が止める間もなく、精霊たちが鳥の姿から光の球になった。それぞれ、赤、青、緑、黄色の光の球である。それは俺の周りをゆっくりと回り、俺の胸の中に入っていった。

 同化したときとは違う。何だか本当に一つになったような気分だ。みんなの意識は感じない。これはまずいやつなのではないだろうか。


「フェル、その背中の羽は……」

「え?」


 アーダンに言われて振り返ると、リリアの背中に生えている羽と同じような、七色の透き通った羽が生えていた。それも二枚ではなく、八枚ほど生えているようだ。


「リリア」

「ほら、男は度胸! やるわよ」


 リリアが目を閉じた。閉じた目から一筋の涙がこぼれ落ちたのを俺は見逃さなかった。

 逃げちゃダメだ。みんなの思いを受け止めないと。きっとみんなは自分たちが消え去ってしまうことになっても、この世界を救って欲しいと思っているはずだ。

 リリアと口づけを交わす。


「フェル……」


 完全に一つになった俺たちを見て三人の顔がゆがんでいる。何だかこれで今生の別れみたいだな。みんな大げさなんだから。


「俺が飛行船から飛び立ったら全速でこの場から離れて欲しい。魔石を破壊することができなくても、足止めくらいはできるはずだ。その間に逃げることができれば、大陸まで戻ることができるはずだよ」

「フェルたちはどうするんだ?」

「軽く『この星』をたたきのめして帰って来るよ」

「そうか。任せたぞ、フェル」


 三人に別れを告げて飛行船から飛び立つ。今では一人で自在に空を飛べるようになっている。これなら高速飛行中でも方向転換することもできるだろう。まあ、そんな必要はないだろうけどね。


 飛行船が速度を上げて遠ざかって行く。それに合わせて「聖なる大地」も速度を上げているようだ。こちらにとっては都合の良い展開だな。

 オリハルコンの槍を握りしめた。腕のしびれはすでにない。もう一度、先ほどと同じように突っ込むだけだ。

 俺は再びオリハルコンの槍に魔力をそそいだ。


 オリハルコンの槍が輝き出した。もっとだ、もっと。もっと魔力を込めないと。太陽のようにオリハルコンの槍がまばゆい光を放ち始めると、「聖なる大地」の動きが止まった。どうやらさすがにまずいと気がついたようである。だが、気がつくのが遅かったな。こちらは準備ができている。


 少しでも魔石を砕く確率を上げるために、先ほどよりも速い速度で飛び出した。端から見ればファイアー・アローが飛んでいるように見えるかも知れないな。


「!?」


 何かを貫いた手応え。これは……どうやら「この星」は先ほどとは違い、シールドの魔法を使っているようだ。まさかゴーレムのような性質を持つだけでなく、魔法を使うこともできたとは。何重ものシールドの魔法を貫きながら一直線に魔石へと向かって行く。


 先ほどよりもずいぶんと遠く感じられたが、ついに目の前に巨大な魔石が近づいて来た。突っ込んで来る俺の姿に驚いたのか魔石がほのかに虹色に輝いた。だがそれも一瞬のことで、すぐに見慣れた黒色へと変わった。


 槍と魔石が再びぶつかり合った。だがしかし、今度は跳ね返されなかった。ギチギチという何かが擦れ合うような音が聞こえている。槍の先端がほんの少しだけ魔石に刺さっている。


 いける。あともうちょっとだけ魔力があれば――帰りのために温存しておいた魔力をオリハルコンの槍にそそぎ込んだ。これで全て出し切った。


 もっと魔法の訓練を積んでおくべきだったな。もっとリリアから魔法を教えてもらって、ピーちゃん、カゲトラ、シルキーからも精霊魔法を教えてもらって。それからトパーズからも知らない魔法を教えてもらうんだ。


 ミシミシと音が聞こえてきた。それは魔石の表面に亀裂を作ってゆく。オリハルコンの槍はさらに深く突き刺さって行く。それにつられるかのように、魔石の全面にヒビが入る。


「これで!」


 ギィィン! というまるで「この星」が悲鳴を上げるかのような甲高い音が鳴り響いた。それと同時に魔石はバラバラに砕け散った。それでも俺の勢いは止まらずに、魔石を貫いて突き進んだ。


 振り返ると、浮力を失った島がまるで核を破壊されたゴーレムのようにボロボロと崩れ落ち、海の上に白いしぶきを作り出していた。


「やったわね」

「うん。でももう空っぽだよ」

「あたしも空っぽよ」


 海面に着水した俺は水面を浮かぶ流木の代わりにオリハルコンの槍にしがみついていた。


「どうやらオリハルコンの槍も空っぽみたいですね」

「ふむ、どうやら魔石を破壊するときに、槍に込めていた魔力が相殺されたようですな」

「みんなの魔力はもうゼロよ」

「オリハルコンの槍の重さは魔力の重さだったのね。初めて知ったわ」


 リリア、ピーちゃん、カゲトラ、シルキー、トパーズは俺の頭の上に避難している。俺の頭は完全に鳥の巣状態である。そのうち卵を産まれるかも知れない。


「オリハルコンの槍って水に浮かぶんだ。おかげで助かったけど、それも時間の問題かなぁ」


 魔石を破壊することには成功したが、「聖なる大地」があった場所からはかなり離れている。この状態の俺たちを飛行船から見つけるのは困難だろう。エリーザがアナライザを使えるが、広範囲を長時間索敵するのは不可能だ。せめて何か目印になるものでもあれば良かったのに。


「いたのだわ!」

「見つけたのだわ!」

「妖精王様なのだわ!」


 何だか周囲が騒がしくなってきた。今度は一体何事!?

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