第157話 壊すしかない

「あの島、俺たちの後ろをつけてきて何をするつもりだと思う?」

「そりゃもちろん、どこかの大地に落ちるつもりじゃないの?」

「人がいる場所に落ちたらとんでもない被害が出るぞ」

「それだけじゃないわよ。あの巨大な魔石を使って、大地震を起こすつもりよ。あの魔石の出所が土の精霊の魔力だってことを忘れちゃいけないわ」


 リリアの指摘に言葉が詰まった。リリアの目にはあの魔石に含まれる魔力が、土の精霊の持つ魔力と同じものに見えているのだろう。それなら大地震を起こすことができるはずだ。


「どのくらいの規模の地震になるのかな?」

「うーん、巨大竜巻を作っていた魔石の十倍はありそうだから、大陸が一つ沈んじゃうんじゃないかしら?」

「それはまずい」


 大陸がある場所まで『聖なる大地』を引き連れて行くわけにはいかない。かと言って、このまま飛行船で飛び続けるわけにもいかない。


「あの島、壊せると思う?」

「あたしたちなら壊せると思うけど、壊しちゃって良いのかしら?」

「だがこのままじゃ、いずれこちらが力尽きるぞ。食料には限りがあるからな」


 アーダンの言う通りだ。だが飛行船の運航速度を上げて『聖なる大地』から逃げることができたとしても、空を移動するあの島はいずれどこかの大陸にたどり着くだろう。

 いずれにせよ、時間の問題だ。


「あの魔石に『この星』の意識が宿っているはずよ。だからあの魔石を壊すことができれば『この星』を倒すことができるかも知れないわ」

「魔石を使ってボクたちを操ることができたのは『この星』が明確に意志を持っているからでしょう。だとすれば、どこかに本体がいるはずです」

「さよう。そして『この星』の意識を受け止められるのは、あの巨大な魔石くらいであろう」

「間違いない」


 シルキーが羽の一部を立てている。たぶん、親指を立てているつもりなのだろう。この顔は自信に満ちていた。これまでの経験からそう判断したようである。


「それじゃ、どうやってあの魔石を壊すかだけど、これまでのように魔力を消費させて枯渇させる方法で良いのかな?」

「そうね。まずはやってみましょう。フェルがさっき言ったみたいに、まずは島を壊してみましょう」

「これまでと同じなら、壊してもすぐに元の形に戻るんだろうな」

「確かにな。見方によっては、あの島は巨大な島の形をしたゴーレムとも言えるからな」

「島の形をしたゴーレム……さすがに規模が大きすぎるんじゃないかな」


 巨大な魔石を核にした巨大ゴーレム。それなら、いくら壊しても元の通りに戻ることになる。そしてそのときの魔力の消費はごく僅かである。せめて生き物の形をしていれば、元に戻るのにより多くの魔力を消費するのに。


「方針は決まったか? 速度はまだまだ出せるぞ」

「まずはあの島を破壊してみます。速度はこのまま、付かず離れずでお願いします」

「任せておけ!」


 さすがに飛行船の上から島を破壊できるほどの魔法を放つことはできない。飛行船の速度に合わせて空へと飛び立った。


「さて、どうしたものかな。空を飛びながら強力な魔法を使うのはちょっと厳しいかも知れない」

「心配は要りませんよ。先ほど魔力をいただいたので、ボクたちが空を飛ぶのを手伝います。ですから兄貴は魔法に集中して下さい」

「本来なら我々も攻撃に参加した方が良いのでしょうが、魔力の無駄遣いは避けた方がよろしいかと思います」

「カゲトラの言う通り。何かのときに備えておく」


 俺の周りを精霊たちが取り囲んだ。トパーズは何をすれば良いのか分からないのか、オロオロしていた。先ほどまでの堂々とした態度がウソのようである。


「それじゃあたしは魔力の流れをしっかりと確認しておくわ。あなたはどうするの?」

「え? えっと……応援? ちょ、待って待って! こんな姿になったのは初めてなのよ? どうすれば良いのか分からないわ」


 リリアににらまれたトパーズが俺の後ろに隠れた。ピーちゃんたちが普通に受け入れていたからあまり気にしていなかったけど、精霊たちにとって実体を持つのはとても刺激的な体験だったのかも知れない。安易に鳥の形にしないで、モヤッとした状態にしておけば良かったかな?


「それじゃ、一緒に何かのときに備えておく」

「わ、分かったわ」


 トパーズは一つうなずくと、シルキーの隣に並んだ。どうやら同じく魔石化したもの同士、気が合うようである。同じ女の子タイプみたいだしね。

 魔法による影響を最小限にするために飛行船から少し距離を取る。


「この辺りなら大丈夫かな?」

「ちょっと『聖なる大地』に近いような気がするけど、贅沢は言っていられないわね。念のため、バリアを使っておくわ」

「飛行船は……エリーザがバリアを使ってくれているみたいだね」


 飛行船が淡い光に包まれている。長時間、バリアを維持するのは無理だろう。様子見などせずに最初から全力でやろう。俺は魔力を集中させた。周囲の大気が揺れている。リリアやピーちゃんたちが俺にしがみついた。


「フレア・ランス!」


 触れたものすべてを灰にするかのように、巨大な炎の槍が『聖なる大地』に突き刺さる。岩石が溶けているのか、血のように赤くなっている。今の攻撃で島の三分の一が切り離された格好だ。これをあと何回か繰り返せば、島をバラバラにすることも――。


「見てよ! 島がくっついて行くわ!」

「リリア、魔力の流れはどうだ!?」

「うーん、中央の魔石から出てるみたいだけど、魔力の流れはそれほどでもないわね。大量に消費しているようにはとても見えないわ」

「やっぱりか」


 あれは島型の巨大なゴーレムと見た方が良いだろう。たとえ島を粉々にしたところで、魔石の魔力を大きく削ることはできないはずだ。そうなればやはり、直接魔石の魔力を削るしかなくなるだろう。だが、エナジー・ドレインを使ったとしても、枯渇させるまでにはかなりの時間がかかるはずだ。


「あの魔石を壊すしか方法がないと思うんだけど、何か良い考えはない?」

「ミスリルの剣でもダメだったし、全力で魔法をぶつけてみる?」

「そうだね。試しに……」

「ダメよ! 逆に魔力を与えることになりかねないわ。あの魔石は私の魔力を集めて作られたものなのよ」


 トパーズが即座に否定した。どうやら『この星』が乗り移った魔石には魔力を吸収する効果があるようだ。なるほど、あの島の地中に魔力がほとんどなかったのは『この星』が吸収していたからだったのか。

 そしてどうやら、地表を覆っていた魔力がトパーズが頑張って島を浮かせていた魔力だったようである。


「どれだけ時間がかかるか分からないけど、エナジー・ドレインで地道に削っていくしかないか」

「危険よ! 今、あの島は完全に『この星』のものだと思った方が良いわ。大量のゴーレムを送り込んでくるかも知れないし、魔法で攻撃してくるかも知れない」

「いくら殿が強いとは言え、さすがに無制限に来られてはさすがに分が悪い。それにエナジー・ドレインに対する対策がなされていないとは思えませんな」


 カゲトラの言うことはもっともだな。一番警戒しているのはエナジー・ドレインによって魔力を失うことだろう。それについての対抗策くらいは講じてあるだろう。


「万事休すか……」

「せめてオリハルコンの槍でもあれば……」

「ん? オリハルコンの槍なら持ってるよ?」

「え?」


 トパーズが鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る