第156話 罠
これはまず土の精霊をなだめるところから始めないといけないな。そのあとはお互いの意見の食い違いを埋めなくてはならない。
どうやら土の精霊はこちらに向かってずっと話しかけていたようだ。
「まずは落ち着いてよ。君はこちらに向かって話しかけていたようだけど、こちらには何も聞こえていなかったよ」
「そんなバカな」
「こちらからも話しかけていたのですが、ボクたちの声は聞こえていましたか?」
「……何も聞こえなかったわ」
俺も何となく嫌な予感がしてきたぞ。さっきシルキーが「まさか」と言ったのは、俺が今感じている「まさか」と同じなのではないだろうか。まさか……。
「罠」
「俺もシルキーと同じ意見だね。『この星』にはめられたのかも知れない」
「くっ! 早くここから逃げて!」
「君も一緒だよ」
飛び立とうとしていた土の精霊をグッとつかむ。どこに行こうと言うのかね。魔石から切り離された今、戻る場所はないはずだ。
「離して! 私はフェルに頼まれているのよ! この世界を代わりに守ってくれって! ……って、えええ! フェル、生きてたの!?」
目をまん丸にして、口を開いた土の精霊。口の中から舌が飛び出そうになっている。大丈夫かな? その発言を聞いたリリアが俺の顔にベッタリとクラーケンのように張り付いた。これは簡単には引きはがせないぞ。
どうやら土の精霊の怒りはどこかへと吹き飛び、冷静さを取り戻しつつあるようだ。口をパクパクさせている。
「えっと、大丈夫?」
「大丈夫……なわけないでしょ! どうなってるの? 私に残りの魔力を全部託して消滅したはずなのに」
「あなたが、あなたがフェルを殺したのねー!」
「リリア、落ち着いて!」
今まさに飛びかかろうとしたリリアを全力で捕まえる。なおも捕まえた手から逃げ出そうとするリリア。
そのとき、大地が不気味に揺れた。
「おい、なんだ、この揺れ? 悪い予感がするぞ」
「同感だな。早くここから逃げた方がいい。話はあとだ。飛行船まで戻るぞ!」
言い終わるよりも早く、ジルはエリーザを抱えていた。揺れが段々と大きくなってきた。慌てて飛行船へと急ぐ。
すでに異変を察知していた飛行船は離陸しており、俺たちが飛行船に登って来ることができるように、地面に向かって長いロープが垂らしてあった。
「急いだ方がいい!」
「これでよし、おい、引き上げてくれ!」
ジルの合図でロープに結びつけられたエリーザが飛行船へと釣り上げられて行く。アーダンとジルは別のロープを使って器用に上へと登って行った。
俺たちは当然、空を飛んで飛行船へと向かう。エリーザの引き上げを手伝い、全員が登り切ったところで飛行船が島から離れるように動き出した。
「全員無事だな?」
「やっぱり空を飛べるのはずるいわね。私も二人みたいに自由に飛べたら良かったのに」
「もっと練習しておくべきだったな」
飛行船に乗り込み、安心したようである。少しだけ軽口を言えるようになっていた。だがしかし、それはほんの少しの時間だった。
「大変じゃ! 『聖なる大地』が動いておる!」
「何だって!? どっちに向かって?」
「ワシらと同じ方向だ。このままだと一緒に大陸へ向かうことになる。もしかして、ワシらの後ろをついてきておるのか!?」
船内が慌ただしくなった。まさかそんなことが。それを確かめるために色々と進路を変えてみたが、どうやら本当にこの飛行船の後ろを追いかけているようだった。
「どうする? このままだと、あの島が大陸までついてくることになるぞ」
「それよりも、あの島はどうなっているんだ?」
注目が土の精霊に集まった。この中で一番事情を知っている可能性があるのは彼女だろう。
「えっと、まずは名前を付けないといけないわね。女の子みたいだから、トパーズで良いかしら?」
エリーザの問いに反対意見はなかった。というよりも、名前について議論をしている暇はないと思うんだけど。
「その名前で構わないわ。私の名前はトパーズよ」
立った今、エリーザに付けてもらった名前なのに、「昔からその名前でした」みたいに堂々と名乗りを上げる土の精霊。その隣でリリアが「ゴリアテで十分よ」とつぶやいていた。抑えて抑えて。今は争っている場合ではない。
「それでトパーズ、今、どんな状態なの?」
「かいつまんで話すと、さっきまで私が『この星』の動きを封じ込めていたのが、切り離されたことで動き出したのよ」
「それって、悪いのはフェルなんじゃ……」
「そうよ。あなたたちのせい……と言いたいところだけど、どうやらそうじゃなさそうだわ。私たちの声を聞こえないようにしていたのはたぶん『この星』の仕業よ。きっと邪魔な私を取り除くためにそうしたんだわ」
再びプリプリと怒り始めたトパーズ。どうやらかなり腹に据えかねるところがあるようだ。怒りが再燃したトパーズは話を続けた。
「私の体が魔石化し始めたのはもうずっと前からよ。百年前から先は覚えてないわ。そしてそれが『この星』の仕業だということにすぐに気がついたわ。そして私の体を乗っ取ろうとしていることも……」
「そんなに昔から動き出していたんだね。気がつかなかった」
「それはそうよ。世界に影響が出ないようにするために、『聖なる大地』として世界から切り離していたもの」
なるほど、「聖なる大地」ができたのはそういう経緯があったのか。そうなると、あの島を作ったのは土の精霊ということになる。
「それじゃ、古代人に『聖なる大地』を見つけるためのコンパスを渡したのはトパーズなの?」
「そうよ。この島を指し示す特別な石を渡したわ。あなたからもらった魔力は膨大だったけど、島を永遠に空に浮かべておくことはできない。いつの日か、私に魔力を補充する必要があったのよ」
古代人はそのときに備えて準備をするつもりだったはずだ。だが、受けた被害が大きすぎて立ち直ることができなかったのだろう。だから次の時代の人たちに希望を残すために、ダンジョンにコンパスを、遺跡に飛行船を隠しておいた。
「魔力を補充し続けることで、『聖なる大地』を世界から隔離し続けるつもりだったんだね」
「そうよ。でも誤算だった。自然界を漂っている魔力を操り、魔石を生み出しているのではないかと疑っていたけど、まさか私自身を魔石化してくるだなんて。あのままだと、いずれ完全に意識を乗っ取られていたわ。それでも、あと百年くらいは時間があったと思うけど」
う、やっぱり俺が原因じゃないか。俺が何もしなければあと百年は大丈夫だったはずなのに。ここで何とかしないと、俺がそれを早めたことになってしまう。
「どうしてあなたは封印されなかったの? 他の精霊たちはみんな封印されていたのに」
「それは私が『この星』の意識を封印することを任されたからよ。妖精王にね」
「フェル、どう言うことなのかしら?」
「落ち着いて、リリア! 俺にも何が何だか」
汚物を見るような目でこちらを見るリリア。浮気とか、そんなんじゃないんだからね! まったくの無実だ。
「なるほど、それで妖精王が残りの全ての魔力をトパーズに託したのですね。そこまでやらないと、封印することができなかったというわけですね。ボクたちを封印するときに力を使わなければ、消滅することはなかったのかも知れません……」
「ピーちゃん殿、それは違いますぞ。我々が『この星』から切り離された状態で封印されていたからこそ、あの地で『この星』を封印することができたのであろう」
「きっとそうだわ」
何だか良く分からないけど、精霊たちは合点が行ったらしい。置いてけぼりの俺たちはただただ顔を見合わせるしかなかった。
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