第155話 確かな手応え

 エナジー・ドレインで魔石から魔力を回収しているが、今のところ特にこれといった手応えはない。そして周囲にも変化はなかった。


「何も起こらないわね」

「そうだね。絶対に何か起こると思っていたんだけど、気にしすぎだったのかな? それにしても、本当に土の精霊が混じっているのかな。どれが土の精霊の魔力なのか分からないや」

「フェルは魔力の流れが良く見えないものね。そうだ! 合体したら見えるようになるかもよ?」

「それは……最後の手段に取っておこう」

「そうね」


 残念そうに口をとがらせたリリア。正直に言わせてもらえれば、二度とやりたくはなかった。あのリリアが自分の中で徐々に消えていく感じ。実に嫌な感じだった。

 だがリリアにしてみれば、あの溶けてゆく感じがたまらなく快感だったようで、「ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」と夜に迫って来ることが何度かあった。もちろんその度にお断りしたけどね。


「みんなは何か変化はない?」

「特に何も……恐らくはまんべんなく魔力を吸い取っているのだと思いますよ」

「それじゃ、土の精霊救出作戦はうまく行っていないということだね。エナジー・ドレインを使っている限りでは、この魔石にはまだまだ大量に魔力が蓄積してあるみたいなんだよね」


 俺たちが話す声が聞こえたのか、アーダンたちが集まって来た。


「それじゃ、この島が落ちることは当分なさそうだな」

「そうなると、『この星』が暴れ出す恐れもないってわけか。そうなるころには俺たちは生きていないんだろうなぁ」


 どこか遠くを見ながらジルがそうつぶやいた。確かにそうかも知れないが、その時代の人たちは絶望の淵に立たされるんだろうな。できればそんなことにならないように自分たちができることをやっておきたい。


「土の精霊はずっとこのままになるんだね。意識がない状態なら良いんだけど、そうでないなら苦しいだろうな」

「そうね。あたしは本の中で眠っていたから、外に出るまではあっという間だったけど、ずっと起きていたらと思うと……たぶん壊れてたわね」


 ブルリとリリアが震えた。土の精霊からの反応がないので眠っているのだと思うが、本当のところは分からない。何とかそれを知る手がかりがあれば良いのだが。

 リリアの言葉に思うところがあったのか、ピーちゃんたちがしきりに魔石を触っている。無事なところを見ると、どうやら本当に「この星」に意識を奪われることはないようだ。これも俺と同化しているからなのだろう。


「何となくですが、魔石の表面に土の精霊の存在を感じるような気がします」

「それがしも同じ意見ですな」

「たぶんこの表面を覆っているのが土の精霊」


 他の二人に比べて、シルキーはどこか確信がありそうだった。以前に自分が魔石の中に捕らわれていたからだろうか? 自分のときとは何かが違うと感じたようだ。


「それなら、この表面だけをうまい具合にエナジー・ドレインで吸収すれば、土の精霊を取り戻せるかも知れないってこと?」

「そうかも知れない」


 確定ではないが、このまま当てもなくエナジー・ドレインを使っていても、何の手がかりも得られない可能性が高い。それなら試してみる価値はありそうだ。


「よし、試してみよう。その前に、今のところ吸収した魔力をみんなに分けておくね」


 三人に平等に魔力を分け与える。姿はそのままの小鳥状態である。だが何となく体を覆っている火、水、風の勢いが強くなったような気がする。

 言われた通りに慎重に表面の魔力をこそぎ取るようにエナジー・ドレインを使う。これは思った以上に繊細な魔力のコントロールが必要だぞ。


「ねえ、フェル、なんか魔石の色がさっきよりも黒くなってない?」

「確かに。本来の魔石の色に戻っているような気がするね。ということは、うまい具合に土の精霊の部分だけを回収できているかも知れないぞ」

「兄貴、何か体に変化はないんですか? 例えば頭の中に声が聞こえるとか」


 ピーちゃんにそう言われたので、心の中で土の精霊を呼んでみる。しかし答えは返って来なかった。俺が首を振ると、精霊たちは肩を落とした。きっと自分たちみたいに、土の精霊にも再生してもらいたいのだろう。四大精霊の中で、土の精霊だけが仲間外れだもんね。


 魔石の色はどんどん黒くなっている。最初に見えていた、暗い茶色の部分はほとんど見えなくなった。そして、何かがプツリと切れた感触があった。

 もしかしてこれは、土の精霊と魔石が完全に切り離された手応えなのではないだろうか?


「うまくいったかも知れない!」

「おお、やりましたな、殿!」

「早く、早く元の姿に戻してあげて」


 バタバタと羽をバタつかせるシルキー。元の姿とは、今のシルキーと同じ、鳥の姿のことを指しているのであろう。でもその姿は俺が勝手に創造したものなんだけど……元の姿と認知しちゃって良いのかな? 精霊たちが良いならそれで良いんだけど。


 俺は体内に渦巻いている、自分とはどこか違う魔力を体外へと押し出した。リリアと合体した経験が生きたな。自分の中の、自分とは違う何かの存在に敏感になっているようだ。

 目の前に黄色の魔力が集まって来た。それは徐々に形を変えていき、ついには見慣れた鳥の姿になった。黄色のゴツゴツとした羽を持つ鳥だ。


「やった! 成功し……」

「ちょっとあんた、私の声が聞こえなかったの!? 自分が何をやっているのか分かっているの!?」

「え?」


 いきなり怒られた。何が何なのか分からないが、腰に羽を当てて、プリプリと怒っているようだ。その様子はどこか怒ったときのリリアに似ていた。リリアよりもツンが強いような気がするが。


「ちょっとあなた、いきなり何よ! フェルにケンカを売るならあたしが相手になるわよ!」

「ちょっとリリア、落ち着いて……」


 飛びかかろうとしたリリアを慌てて捕まえる。今はケンカをしている場合ではなく、まずは土の精霊の話を聞くべきだろう。


「あんたたちもあんたたちよ! 私の声が聞こえなかったの? あれだけ忠告したのに!」

「えええ! ボクたちには何も聞こえませんでしたよ。ねえ?」

「うむ。ピーちゃん殿の言う通りですな。それがしにも、そなたの声は聞こえませなんだ」

「何度も呼びかけた。でも何も聞こえなかった。まさか。……」


 まさか何なのシルキーさん!? 俺たちがワーワーと騒がしくしていることに気がついたアーダンたちがこちらにやって来た。


「どうした? 何か問題ごとか?」

「あ、その小鳥、もしかして土の精霊なのかしら? ねえ、名前は何にするの? タイタンにする? それともトパーズかしら?」

「おーおー、ついに精霊を全部集めたな。何かご褒美でももらえるんじゃないのか?」


 今日の目標の一つであった「土の精霊の回収」が達成できたと見て、エリーザとジルが喜んでいる。だが、アーダンは何か不穏な空気を察してくれたようである。


「それが、ちょっと問題がありそうなんだ」

「ちょっとどころじゃないわよ!」


 土の精霊が吠えた。

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