第154話 土の精霊

 眠たい目をこすりながら寝袋から出ると、すでにみんなは活動を開始していた。どうやら俺たちが最後のようである。ちなみにリリアはまだ眠っているので、同じく眠っている精霊三人衆と共に寝袋の中に入れたままにしてあった。


「おはよう、フェル。眠れなかったのか? 起きてくるのが遅いのは珍しいな」

「おはよう、アーダン。今日のことで緊張していたのか、なかなか寝付けなくてさ」

「そんな日もあるさ。体調が悪いなら、明日に延期しても良いんだぞ?」

「大丈夫だよ」


 もちろんそんなことはない。目を閉じると、俺の鼻に口づけするリリアがまぶたの裏に浮かんで眠れなかったのだ。すまん、アーダン。心配をかけてしまって。

 俺たちが支度をしている間にリリアたちも起きてきた。まだ頭が働いていないのか、フラフラと俺の頭にたどり着くと、そのまま動かなくなった。俺の頭は鳥の巣ではない。


「フェル、お前……」

「きっとみんな疲れているんだよ。今はそっとしておいてあげて」

「お、おう、そうだな」


 引きつった笑顔を浮かべるジル。もしかして三人衆は俺が夜の間にリリアにイタズラしないか見張っていたので、いまだに起きてこないのではなかろうか? さすがに三人がいる前でそんなことはしないぞ。そのくらいの理性はある、と思う。


「今日は予定通り、あの巨大な魔石を調べることになる。何か異変があったらすぐに言うように」

「見張りは俺とアーダンが担当するから、魔石の調査に集中していいぞ」

「頼んだよ、ジル。エリーザはどうするの?」

「私は研究員たちの手伝いをするわ。さすがに二人は飛行船に残ってもらわないといけないからね。人手が足りないみたいなのよ」


 エリーザの発言を聞いて、昨日、くじ引きに外れた研究員たちが不服そうな顔をした。きっとみんな行きたかったのだろうな。でもこれはしょうがないね。


「無駄になるとは思うが、各種装置も持って行く。なぁに、万が一壊れても問題ないものばかりだ。最悪、捨てていっても構わんのでそのときは遠慮なくそう言ってくれ」


 そのとき、とは不測の事態が起きて逃げなければならないときだろう。なるべくならそうなって欲しくないところだが、魔石に触れると何が起こるのかは未知数だ。あらかじめ大まかな方針を決めておく必要があった。


「フェルはあの魔石に触れるつもりなのか?」

「そのつもりだよ。土の精霊だけを分けることができないか試してみたいと思ってさ」

「危険じゃないの?」

「危険だと思う。だからやるなら最後にするよ。そのときは全力で逃げる準備をしておいてね」


 俺が冗談交じりにそう言うと、研究員たちの顔が真っ青になった。アーダンたちはもう慣れたのか、やれやれ、みたいな感じで笑っていた。

 やるのならば、測定が終わった研究員たちを飛行船に戻してからになるだろう。


「飛行船はいつでも飛び立てるようにしておくからな」

「よろしくお願いします」


 これでもし土の精霊を魔石から分離することができれば、「この星」がやろうとしていた「地表の大掃除」を防ぐことができるかも知れない。存在自体がなくなるまで「この星」と同化した土の精霊なら、俺たちが知らない情報を持っている可能性がとても高い。


「それじゃあたしは魔石に何か変化がないかをしっかりと観察しておくわ」

「ボクたちは土の精霊からの反応がないかの確認と、同時に呼びかけを行います」

「頼んだよ。土の精霊が暴れ出す前に何とかするんだ。そうすれば、他の精霊のときみたいに、倒さなくてもすむかも知れないからね」


 研究員たちの間では火の精霊、水の精霊、風の精霊は俺たちによって倒されたことになってる。帳尻を合わせるためにも、精霊に関する話題には細心の注意を払う必要がある。

 さいわいなことにそのことには気がついていないようで、それもそうだとうなずいている。


 朝食を終えると、まっすぐに魔石のある場所へと向かった。そこには昨日と全く変わらない様子で巨大な魔石がたたずんでいた。


「さっそく計測を開始しよう。妖精様、地上に出ている部分と同じくらいの大きさが地中に埋まっているのですよね?」

「うん。そうよ。同じくらいだわ。縦長の魔石ね」


 できれば正確な情報が欲しいのだろうが、さすがに今の段階であの魔石を引っこ抜くのは無理だろう。それにあれだけの大きさの魔石をどうにかするには、「あのときのピーちゃん」を一回り大きくしたものが二人は必要になるだろう。


 警戒しながら研究員たちが魔石に手を触れた。しかし何も起こらない。何度か慎重に魔石を触ると、何も起こらないものと判断したようだ。さっそく測量機器を取り出して計測を始めた。その間、俺たちは何が起こっても良いように警戒だ。


「何にも起こらないわね。退屈」

「何か起こるよりかは退屈な方がずっと良いと思うけどね。気が緩まないと良いんだけど」


 本当に何も起こらない。硬度を確認するために研究員たちがガンガンと魔石をたたき出したときにはさすがに何か起こると思っていたのだが、何も起こらなかった。

 さすがに首をひねった。


「今までは魔石に何かあったらすぐに魔物が襲いかかって来たのに何もない。何だか妙な感じがする」

「あたしもそう思うわ。みんなも何も反応がないって言っているし」


 そう言って精霊たちの方を見た。三人ともそろって首を左右に振っていた。やはり何の反応もないようである。

 研究員たちの作業は午前中で完了した。王都に戻ればこの測定結果を元に、魔石に残存する魔力量を測定するための装置が作られることになるだろう。


 昼食を食べながら午後からの話をする。研究員たちを送り届けたら、いよいよエナジー・ドレインで土の精霊を回収する作業に入るのだ。


「自分たちも見たいって言っていたね」

「そうだな。だがあの魔法は秘密なんだろう?」

「そうだね。おそらく精霊しか使えない魔法なんじゃないかな」

「そうよ。だって精霊魔法だもん」


 リリアが当然とばかりにそう言いながら、果物を搾ったものを飲んでいる。今のところ、精霊たちを除けば、精霊魔法を使えるのは俺とリリアだけである。エリーザに教えようとしたのだが全く使えるようにならなかった。


「それじゃ、飛行船まで戻ってもらうしかないな。それに今度こそ、何が起こるか分からない。足手まといになりそうなものは排除しておかなければならないからな」


 厳しいようだがアーダンの言う通りなのだ。研究員たちが元冒険者とかなら良かったのだが、運動神経は人並みである。緊急時には足を引っ張ることになるだろう。

 研究員たちを飛行船まで送り届けて戻って来た。何があってもすぐに飛び立てるようにしてある。


「それじゃ、始めるよ」

「気をつけろよ、フェル。周りは俺たちが見ておくから、作業に集中しろ」


 ジルがそう言って励ましてくれた。俺は一つうなずくとエナジー・ドレインを使った。俺と魔石が魔力の線でつながった。魔石がある部屋は不気味なほど静かだった。

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